怒声より怖いもの
奏芽さんは事務員として勤めている会社で奇妙な体験をしたという。
「事務員なんて言っても何でも屋なんですけどね、アレには参りましたよ」
あの時は社長の宮崎が私に倉庫から資料を撮ってきてくれと言うんです。まあそのくらいなら、そう思ったんですが、社長は第二倉庫にあるからと言ってくれましたよ。
第二倉庫ってのは始めにビルにあった倉庫が手狭になって来たので、空いている部屋を倉庫にしたんですけどね、その部屋、出るって有名で誰も近づかないんです。そんな所によくまあ行かせるものだと呆れましたよ。
で、その倉庫へ渋々ながらも向かったんです。エレベーターを待っている間、『嫌だなぁ』とか『面倒くさいなぁ』なんて思いながらね。
別に幽霊が出そうな事件があったわけでも無いしと自分を納得させて倉庫に向かったんです。
エレベーターに乗った時点で照明がチカチカしていて嫌な予感はしていたんです。でも行かないわけにもいかないじゃないですか? 仕方ないのでエレベーターを二階で降りて倉庫の部屋に向かったんです。
ただ、倉庫として使っていただけあって、部屋の扉からは光が全く漏れ出していないんです。まあ外から見てもいつもカーテンが掛かってますし、直射日光は書類によくないですから、電子化しろという正論はさておき、部屋のドアノブを回しました。
キィとロクに開ける人がいないのが丸わかりな音を立ててドアは開きました。そこまではよかったんです。でも部屋の中に入ると途端にバタンとドアが勝手に閉まったんです。いきなり真っ暗になるからビックリしましたよ。
ドアがきちんと開くのを確かめてから、スマホのライトで中を照らしながら探しました。エコだのなんだのと言った聞こえの良い言葉で、その部屋の電気はブレーカーから切られているんですよ。
さっさと頼まれた資料を探そうとしましたよ。そうしたら割とあっさり見つかるんですよね。普通に年代ごとに資料が分けられていたので、目的の年代の棚を調べればすぐに見つかりました。
ただ……その資料を見つけてスマホを動かしたときに見えたんです、棚の上にお札が貼ってあるんですね。お札ですよ? 不気味でしょう?
やめとけばいいのに部屋の上の方を照らすと、市松模様のように規則的にお札がびっしり天井に貼られているんです。どう考えても普通じゃないですよ。
その時にカツ……カツ……と革靴かヒールの足音が聞こえて来たんです。もう怖くなって大急ぎで逃げることにしましたよ。部屋を出ようとしてもスマホのライトだと足下がおぼつかないんです。足下を照らしながら必死に足音から逃げて、やっとの思い出第二倉庫を出ました。鍵がかかっていなかったのは本当に幸いでしたよ。この手の怪談のお決まりみたいにドアが開かなかったらどうなってたか……
それで社長に資料を届けたんですが……私、耳が良いんですよ。社長に資料を手渡して部屋を出るとき小さな舌打ちと『帰って来れたのか……』と小さく呟いたのがはっきり聞こえたんですよ。
あの会社、あそこで何かあったんだとは思いますけど、知りたいとも思いません。あんな目に遭った後すぐ最低限の引き継ぎだけして辞めちゃいましたから。
幸い次の就職先も見つかって、今もそこで働いているんですが、時々気になるんですよ、あの部屋にいた何かは一体なんだったのだろうとね。知ったところで、いい結果にはならないのは目に見えているんですけどね。好奇心ってやつは厄介ですね。
彼女は今の職場では頼りにされているそうだ。オフィスに怒声が飛ぶときでも、その声よりあの足音の方が怖いので気にならないのだという。まわりからは肝が据わっているという評価を受けて元気に働いているそうだ。
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