田舎の奇祭

 最近六十を超えた近藤さんの話だ。


 彼が子供の頃、近所の寺で今でも理解できない儀式が行われていたと言う。


 近藤さんの友人に武雄という男の子がいた。その子とはよく遊んでいたのだが、ある年、武雄は『俺は次の祭りの主役だから』と言い、突然連絡を絶った。


 おかしいことに小さな村でのことだというのに、三ヶ月ほどの間武雄と出会うことは一度も無かった。まだ小学生の頃で、村を出たとは考えづらい。となると村の中で何かあったということになるのだろうが、狭い村で完全に隠れるのが可能なのかどうかは怪しいものだ。


 しかし武雄も元気らしいと両親が事あるごとに言うので、触れてはいけない話題というわけではないようだった。ただ、話にはいくらでも聞くのだが、村の少ない子供の中で武雄を見たと言う子は一人もいなかった。


 では大人だけが見られるどこかに隔離されたのだろうか? ただ、大人は気軽に見ることが出来るのに、子供は決して会うことのできない場所というのがあるのかは友人たちとの話題に度々上った。


 そうして武雄がいないのが当たり前になって三ヶ月ほどした頃、夜に家の外が明るいのに気が付いた。街灯もついていない時代だというのに妙に明るい光があって、ソレが磨りガラスごしに見えている。


 これが何か関係あるのだろうと思ったが、真っ暗な夜道で、用水路に蓋すら無い場所を探し回るのは危険だった。そこで部屋の窓を少しだけずらし、そこから外の様子を観察した。


 昼間には絶対に無かったはずなのだが、寺の敷地の方に何か舞台のような物ができていた。近藤さんは『祭壇だ』と直感したらしい。


 関わってはいけないと本能が告げているのに目が離せない。しばし見ていると祭壇に一人の少年が登っていく、それは紛れもなくしばらく会っていない武雄だった。かなりの距離があったのに何故武雄だと理解できたのかは分からないが、とにかく友人の一人が何かただならぬ事に巻き込まれているのは確かだった。


 祭壇の周囲に焚かれている炎が光源であることはすぐに分かったのだが、もう一つ光源が出現した。武雄が光っているのだ、理解が追いつかなかった。


 ただ友人が大変なことになるという事だけは分かった。だが怖くて家を出られない。


 冷や汗を掻きながらじっとその祭壇を見ていると、武雄はそこに立って手を広げ、光がひときわ強くなってパタンと倒れてしまった。そこで村人たちから満足げな声が聞こえた。子供が倒れたんだぞと言いたかったが、それからすぐに立ち上がると村人たちは更に盛り上がっていた。


 翌日、学校に行こうとすると武雄と出会った『久しぶりだな』と自分でも白々しい言葉をかけると、武雄は静かにコクリと頷いた。


「久しぶり、随分長いことあってなかったような気がするな」


「そうだな、でも安心しろ、俺は当分ここに居るよ」


 そう言って二人で学校に向かった。


 武雄はそれからめきめきと成績を上げ、クソガキと呼ばれそうな言動をしていたのが品行方正になり、学校でも立派な優等生となった。しかし教師連中は武雄を褒めたりせず『ありがとう』と感謝の言葉を述べていた。


 何が『ありがとう』なのかは分からなかったが、武雄は付き合いが悪くなり、次第に交流が減っていった。


 不思議な事に、武雄は高校受験をせず村に残ることを選んだ。良い成績を取っているのだからと友人たちは高校に行けと言っていたが、本人は全くその気がないようすをしていた。


 それから子供たちのほとんどが就職なり進学なりで村を離れたのだが、それから帰省時に武雄を見ることは一切無かった。


「今になって思うんだがなあ……あの儀式の時に武雄は消えたんじゃ無いかと思うんだよ。それから武雄の中にいたのは全く別の何かじゃないかと思ってる。俺もいい年だし、気味悪がって村に帰らない連中も多いから真相なんて確かめようは無いんだけどな」


 そう言う近藤さんはどこか寂しそうな顔をしていた。

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