ミカゲ様

「私の故郷の話なんですけど、ミカゲ様って言うお地蔵様があって、それを近所のみんなでお参りしていたんです」


 そんな言葉から恵那さんの昔に体験したことを話してくれた。


 そのお地蔵様なんですけど、変なんですよ。首から下は普通の石のお地蔵様なんですよ、そこまでは普通なんですが、首から上が黒曜石のような真っ黒な石で出来ているんです。


 全部が同じ素材だったらおかしくないんでしょうが、二色に分かれているのがなんとも不気味な感じを出していました。近所の子供とミカゲ様について話していると、一人が『首から上は後付けなんじゃねーの?』なんて言ってました。でも後付けだとしてもアレだけ違和感のある石材で作る意味が分からないんですよ。


 通学路にあるので学校に行く途中に必ず見かけるんですが、その時にミカゲ様が不機嫌そうな顔をしていたらその日に雨が降るんですよ。


 ああ、ミカゲ様って顔が……表情が変わるんですよ。当時はそういうものだと思っていましたが、今思うと何もかも不気味ですね。


 小学生の間は別にそのくらいで被害があるわけでも無いんですけどね、中学に上がってから事件が起きたんですよ。


『恵那ちゃん! 起きて!』


 その声は私のおばあちゃんのものでした。おばあちゃんは足腰が弱くなって家の中を歩くのにも一苦労していたはずなのに、私の部屋まで来て起こすんですよ。


『なぁに?』と寝ぼけて言うと、『今揺れたから! ミカゲ様を見てきてちょうだい!』と焦って言うんです。


 私は『今夜中だよ?』と言ったんです。それに地震が起きたと言っても私が気づかない程度の揺れですよ? 寝ていたのを加味しても無視していいと思うじゃないですか?


『ほら、これあげるから! お願いよ!』


「わかった」


 おばあちゃんが差し出してきたのは一万円札でした。中学生にとっては結構な金額ですからね、お地蔵様を見に行くだけでもらえるなら迷わず行きますよ。


 玄関を音を立てずに開けてミカゲ様のところに向かいました。夜中なので誰もいないですし、そもそも地震が起きたのかどうかさえ怪しいですしね。少なくとも体感できるような地震は起きてなかったですし、昔なので地震の警報がスマホに届くようなことも無かったですし。


 で、ミカゲ様のところに行くとゾクリと背筋に寒気がしました。ミカゲ様の首が落ちているんです。首と胴が綺麗に素材の境目でぽろっと落ちているんです。どうしようかと少し考えてから、私は落ちているミカゲ様の頭をそっと胴に乗せて何もなかった風にしたんです。持ち上げれば一発でわかる小細工ですが、今を誤魔化せればそれでいいと考えたんです。


 家にこっそり帰ってから、おばあちゃんの部屋に行って『何も無かったよ』と言うと『そうかい、ありがとね』と言ってスウッと寝てしまいました。


 それで……これはおばあちゃんにも話してないんですが、あの時首を持ち上げるとポタポタと何か水みたいな物が靴にたれていたんです。帰ってから明かりの下で見ると、それは赤黒い血のようなものでした。お地蔵様ですよ? 石の塊のはずなのにそんな物がたれているはず無いじゃないですか?


 靴についたそれは少し水道で流すと綺麗に落ちたんですが、それ以来ミカゲ様が怖くなったんです。近所の子たちがあの不思議なお地蔵様をどうこう言っているのが怖くなったのでその話に混じるのはやめました。


 それと……これは偶然だと思うんですが、おばあちゃんが揺れたから見てこいって言った数日後にちょっと大きな地震が起きたんですよ。偶然だとは思うんですけどねえ……証拠なんて何も無いですし、おばあちゃん世代がどんどん亡くなっていって、ミカゲ様の世話をする人がいなくなったときに、あのお地蔵様は撤去されたんですよ。


 だからまあ……確かめようのない話なんですが、あまり良いものだとは思えないんですよね。どうしてアレが崇拝されていたのかは結局謎のままです。


 そう言って彼女は話を終えた。一応ローカルの信仰問題なので具体的な場所の特定は避けるように書いてくださいといわれ、一部名称を変更されていることをご了承いただきたい。

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