泣く子と偉丈夫

 仁木さんが子供の頃に体験したことだそうだ。


「ホントに、今の見た目からは信じらんないかもしれないですけど、体が弱い時期があったんすよ」


 そう語る仁木さんは、どこからどう見ても偉丈夫の健康体で、とても体が弱かったとは思えない見た目をしている。


「ま、こんなナリだからって怖がらんといて、信じられんかも知れへんけど、こっちもいろいろあったんすよ」


 それから彼の体験談を話してくれた。


 昔、まあ体が弱かったころっすね、その頃、小学生に上がる少し前、幼稚園時代に親とケンカしたんですよ。理由はケータイを持たせてくれってごねたからなんですよ。今ならスマホになるんでしょうが、当時はケータイでしたね。


 もっとも、ケータイを持っている友人だってほとんど居なかったんですけどね、でも、そういう中で持っているのがステータスってやつじゃ無いですか。今にして思うと少しくだらねーかもしんないっすけどね。


 それで夜中まで親に泣きついて力じゃ勝てないんで泣き続けたんすよ。泣く子と地頭には勝てないって言いますけど、幼稚園児なりにその言葉を理解してたんすかね?


 でもそこは幼稚園児の浅知恵で、親の方も必死になだめすかして寝させようとしてくるんすね。名前は忘れましたけど、なんか夜泣きに効くとかいうよく分かんない薬まで飲まされましたよ。


 でもまあこっちは悲しいとか本能とかそう言う理由で泣いてるわけじゃなく、ゴネるために自分の意志で泣いているんすから効くはず無いんすよ。で、ごねまくった結果、小学校で素行と成績が良かったら買ってやると言質を取ったんです。


 喜び勇んで寝たんですが、早速その約束が無意味になりかけました。体が弱いのに夜遅くまでごねて泣き続けたんですけどね、体力の方が持たなかったのか翌日に風邪をひいたんすよ。で、そこから少し記憶が曖昧なんすけどね、どうも風邪をこじらせたと後から聞いたんです。意識がはっきり回復した時って意味ですよ。


 で、揉めまくった論争はそっちのけで、入院騒ぎになったんすけどね、どうもその時に俺も結構危なかったらしいんすよ。なんでも肺炎寸前だったとか。


 それで両親つきっきりでの看病……今の病院じゃそう言うの無理なんでしたっけ? まあとにかくそうして心配をかけていたんですけど、本当に危なそうなときに俺がベッドの上に上半身を起こしたそうなんすよね。意識なんて無いですし全く記憶に無いんすよ。でも両親ともに、息も絶え絶えの子供がいきなり体を起こしてビックリしたそうですよ。


 それで起こした上半身で『やっちまえ』とか『いけいけ!』とか『チャンスだぞ!』とか言ってたらしいんですよねえ。記憶に無いんですけどね。


 問題はその時見ていた夢なんですよ。河川敷を黒服の大人に手を引かれて歩いてる夢を見ていたんです。まだ小学生にもならないガキが力で勝てるはず無い相手で、力一杯引っ張るので抵抗のしようがなく、そのまま歩かされていたんです。これに連れて行かれるのは良くないと本能で分かったんですけど、分かったとこでどうしようも無いんですよ。


 そこで突然、黒服の足がピタリと止まったんです。そっと目を上に向けるといかついおっさんが黒服の前に立ってファイティングポーズをしてるんすよ。黒服は手であっちへ行けと合図しているようでしたが、構わずその人は黒服の男を殴り飛ばしたんですよ。


 で、不思議な事に男が黒服を一発殴る度に意識がはっきりしていって、最終的に首根っこを掴んでおっさんが引きずっていったところで意識が戻ったんです。なんとなく言わない方が良いんだろうなと思って黙ってたんですよ。


 で、その人を再び見たのは中学に入ってからでした。親戚の一人が亡くなったので遺品を整理しようという話になってかりだされたんですよ。で、その人の家の整理を手伝わされたんですけど、その中にアルバムがあったんですよ。そのアルバムにあのおっさんの写真があったんでポカンとして見てたんすよ。


 そうしたら親戚が集まってきて『この人は力ばっかり強い人でねえ……』『悪い人じゃ無いけど乱暴なのがなあ……』とか言われてました。どうも親戚の間でも粗暴な人間として札付きだったようです。


 その方は戦中に無くなったそうで、白黒写真しか残ってませんでしたね。それを聞いて私も体を鍛えようと思いまして、おかげで今は立派な力持ちになりましたよハハハ――


 ああ、ケータイですか? 高校に入る頃に買ってもらいましたね、その頃はスマホもポツポツ持っている子もいたし、私がケータイでいいと言ったのを疑問に思っていたようですがね、やっぱり人間、体が資本なんすよ。健康で力があればある程度なんとかなるってあのおっさんが教えてくれましたから。


 そう言い、彼は豪快にビールを飲み干し夜の町へ消えていった。謝礼はキャバクラで指名をするのに使うのだと言っていた。彼と連絡がつかなくなって随分になるが、私はどこかで、彼は元気でやっているのだろうと確信を持っている。

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