分かってしまう人

 三原さんは、人とは何を考えているか分からないから怖いのですと私に切り出した。


 彼によると、人間関係では苦労が絶えない人生を送ってきたのだという。何が辛いか尋ねてみた。


「世の中にはね、可哀想な人ってよくテレビや本で取り上げられるじゃないですか? 私はああいうのを見るとなんとなく悪意のようなものを感じるんですよね。ほら、やらせとかってあるじゃないですか、私は見ていると『あっ、ウソだ』って分かっちゃうんですよねえ……」


 その能力があるのなら便利なものではないのかと思うのだが、案外そうでもないようだ。


 何しろ嘘つきが見れば分かるっていうのも辛いですよ。昔、日暮れの後、子供が公園で泣いているのを見まして、親のところに送ってあげようと思い声をかけたんですよ。『大丈夫かい? お母さんのところまで送ってあげよう』と言ったんですがね……


 その子、一応笑顔にはなるんですが、『道が分からないから』と断るんです。その少年はランドセルを背負っていて、住所がしっかり書いてあるんです。だからそこに送っていけば良いかと思ったので『○○の子なんだ』と世間話のつもりで言うと、彼はコクリと頷くんです。


 ただ……その子が何か嘘をついているのは分かるんです。嫌な予感はしましたが、物騒な世の中ですから、日の落ちた公園に子供を置いておくわけにもいきません。そこでその子を送り届けたんですが……


 その子の家についてチャイムを鳴らすと『はーい』と呑気な声が聞こえてきました。まだ若い母親が少年の事を見て『ありがとうございます』と言って手を引いてドアを閉めたんです。その時にあの母親の『ありがとうございます』がウソであるとピンときたんです。


 でもどうしようもないじゃないですか。何かがあるんでしょうが答えなんて出ませんしその日は帰ったんです。でもね、数日後の新聞に虐待をうけていた子供が保護されたと書いてありました。身元こそ書かれていませんでしたが、あの子なんだろうなと直感したんです。


 一番嫌だった思い出なんですが、私、母親がもう他界しているんですよ。人間ドックで検査をしてもらったときに身内の人に来てもらってくださいといわれたそうです。それで私が選ばれたんですよ。


 一応検査結果を聞くと言うことでしたが、先生に面会した時点で『あ……だめなんだ』って分かったんですよ。その医師は出来るだけ平静を装っていましたが、私には会った時点で、大体結果は分かりました。肝臓癌だったそうです。私がその話を聞いたときに、医師が私がしれっとしているのを見て少し驚いたようでした。


 私はね、わかんなきゃ分かんないでその方が良いことだってあると思うんですよ。分かった結果がアレですよ? だったらはじめから知らなきゃどれだけマシかって思いますよ。


 彼はビールジョッキを傾け、ゴクゴクと飲んでそう言う。


「俺はねえ! さっさと酒で体が壊れないかなあって思ってんのにさあ! 何時まで経っても壊れやしない! 無駄に頑丈な体だよ」


 酔って酩酊している彼が寝てしまったので、タクシーで彼の住所を告げて送ってもらった。私は安い酒を飲みながら彼には私がどう見えていたのだろうかとどうでもいいことを考えていた。

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