特殊詐欺の受難

 耕作さんが社会人になったときのことだ、ある日、彼の祖母から連絡があった。彼によるともう年なので電話の操作も忘れつつあったようで、電話をかけてきたことにも驚いたそうだ。


「耕作? アンタ大丈夫かい?」


 やけにはっきりとした声で祖母が話しかけてくる。年のせいではっきり喋れなかったとは思えない明瞭な声だった。


 どうしたのかと聞くと、少し前に耕作さんの名前を騙って電話があったのだという。用件は会社の金を使い込んだので訴えられないようお金を用立てられないかというものだった。どう考えても特殊詐欺だった。


「でさあ、俺もすぐに『絶対に渡しちゃダメだからな』と言ったんすよ。ただねえ……」


 お婆さんは『安心しんさい、ばあちゃんが全部ええようにしたげるから』と言う。警察に言うしかないかと電話を切って警察に電話をかけようとした。そんな時だ。


 スマホが電話を切ったときに鳴った。表示されているのは母親の番号だ。仕事中にかけてくるようなことはなかったはずなので妙な胸騒ぎがした。


「耕作……いい、落ち着いて聞いてね、おばあちゃんが病院で亡くなったの」


 その時思いだした。祖母は久しく病気を患って入院していたのだ。どうなっている? 病院から詐欺の電話が来たのか?


 混乱しつつ電話を聞き、上長に事情を話して早退させてもらった。幸い忌引きもきちんと取れたので、実家まで車を走らせた。実家には意外なことに警察がいた。


「耕作! よく帰ってきたね、この人達が話を聞かせてくれと言ってるんだけど話すだけ話しておいて」


 ワケも分からず紹介された男性二人組と話をすると、どうやら刑事さんらしい。実家で説明のつかないことが起きたのでどうにか事情を聞きたいそうだ。


「実は……私たちも少々混乱しているのですが、この家に特殊詐欺の受け子が来たんです。ただ……その受け子二人組が何故か正気を失っていまして、こちらがどんな声をかけようと反応しないんです。何かあったのだとは思いますが、ご両親共にこの家を空けているときの出来事だったそうで、何か心当たりはありませんか?」


 正直心当たりは祖母の件しか無い。しかし老人の言うことをどこまで信用していいのか? そもそも入院中で話が出来る状態ではなかったはずだ。


 刑事さんに断ってお手洗いに行くといい、トイレでスマホを取り出して着信履歴を見た。削除をした覚えは無いが、祖母からの電話がかかってきた記録は見事になかった。こんな与太話を信じてもらえるはずもなく、答えようのないことなので諦めて刑事さんには「分からないですね」と言っておいた。


 そして、あまり考えたくないのだが……嫌な話を聞いた。なんでもこれが事件かもしれないと思っている理由は、その受け子の財布が誰かに奪われた形跡があるそうだ。そして中から現金が抜かれ、倒れて気を失っていた体の上に、財布だけポンと投げられていたらしい。


 どうしても祖母の『ええようにする』と言う言葉が浮かんできてしまう。現金が足りないと言われた、そして現金を撮りに来た二人組がいた。足りるはずない金額なのだろうが受け子から現金を奪った。


 これらが全て偶然で片付くのだろうか? それは不明だが、とにかく詐欺の心配は無くなった。


 受け子が正気を失った件はいくら調べても答えが出ず、今では捜査が続いているのかも知らないそうだ。


 少なくとも、お婆さんの四十九日が終わっても正気に戻ると言った都合の良いことは起きなかったと言うことだけは知っているそうだ。

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