文字で魂が分かる

 中本さんの母親は書道教室を開いていた、そんな中本さんに起きた出来事だそうだ。


「この時代になにを言ってるんだって思われそうな話なんですけどね……」


 彼女はしみじみとスマホを見てから話し始めた。


 ウチの母、『文字には魂が宿る』なんて言っちゃう人だったんですよ。おかげで小学校から字だけはとても綺麗だったんですよ、まあ字が綺麗でも計算や化学式が解けるわけではないんですけどね。


 小学校のころはパソコンがまだ普及しきっていなかったのでなんとかなりましたけど、大学にまで行くとパソコンどころかスマホが出てきたので手書きなんてしないんですよねえ……もうね、綺麗な字が欲しいならフォントを買えばいいって考えに変わっちゃいましたね。


 それでも履歴書を手書きさせるところでは字が綺麗なのは褒められましたよ、でもねえ……本当に字が綺麗なだけじゃどうしようもないんですよ。親は親で『教室を継がないのか』なんて言ってくる始末で、誰のせいで苦労してるんだって感じですよ。


 そこまでなら怖い話でもなんでもないんですけど、一度だけ変なことがあったんですよね。


 その日は大学に行ってから彼氏と飲んでいたんです。そのつもりだったのかも知れませんがまだ早いって思ってたんです。ただ、彼と飲んでいるときにメールの着信があったんです。彼が自分のスマホを見ながらなんとも言えない表情をしているので『何かあった? もしかして後ろめたいとか?』と冗談交じりに言ったところ彼は『よく分からないんだが……』と言ってディスプレイを向けてきたんです。


 そこにはテキストが表示されていたんです、私が酔って見間違えたのでなければなんですが、そこにはメールなのに何故か縦書きで筆文字風のフォントで『辞めときなさい』と書いてあったんです。結構な達筆でしたし、彼はそれを横書きだと思って読もうとしていたので内容が理解できないようでした。


 あまり不吉なことを考えるべきではないと思ったんですが、それを読むと酔いが覚めてしまって『もう帰るね』って言ってさっさと帰っちゃったんです。そうしたら母親が玄関に立っていて『言わんこっちゃない、せめてまともな相手を選びなさい』って言うんです。


 そこで思いだしたんですけど、彼のスマホに届いたメールのフォントが母親の書いた崩し字にそっくりだったんですよね。わけが分からないんですが、とにかくその日は寝てしまったんです。そうしたら翌日テレビで少しニュースになったんですが、彼があの後泥酔して繁華街で暴れたあげく人に怪我をさせたらしいんですよ。


 偶然だと思いますよ、ただ、彼のスマホに絶対縦書き筆文字風のフォントなんて入っているわけもないですし、入れる理由もないですから、彼が困惑したのは分かるんですよ。


 確かにそのときだけは助かったんです、でもそれからお付き合いする方を母が見定めるようなことが嫌だったので実家を出て一人暮らしをすることにしました。一応それからお付き合いした相手に妙なメールが届くようなことは無く、平和に過ごしているんですが、あの出来事でどうにも実家への足が遠のくんですよね、両親そろってたまには顔を見せろと言うんですけど、なんか嫌なんですよ。


 それにまあ……こういう事になりましたし。


 最後にそう言って彼女は手を差し出した、その薬指にはシルバーの指輪がはまっていた。

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