虫にも五分の魂
「一寸の虫にも五分の魂って言うがなあ……ありゃあ本当なんだろうな……」
古府さんはしみじみとそう語る。今となっては中年と呼べる年の方の昔の思い出を教えてくれるということだ。
どうも年を取ると説教臭くなっていかんなあ……できるだけ抑えようとはしてんだがな……若い連中にはついていけんよ。
ああ、そうだったな、霊の話だったか。俺がガキの頃にはさあ、昆虫採集で捕った虫を薬品で標本にするのが結構流行っててなあ……虫にとっちゃあたまったもんじゃないだろうがな、俺も虫を例に漏れず捕ってたんだよ。
でよ、俺は山の中で昆虫を捕まえてたんだよ。カブトやクワガタだな。その頃は結構昆虫採集が娯楽でさ、夜に砂糖水を木に塗っておいて捕まえにいくんだよ。腐ったバナナとかも混ぜるといいって言ってたか、そんなもったいないことしなかったがな。
ただな……俺は虫を捕まえるのが好きだったんだが世話をするのはめっぽう苦手でなあ、毎年捕まえちゃあ飽きて虫かごのまま放置してたんだな。
蠱毒って言うんだったか、そんな言葉当時は知らんかったが、結構な虫を詰め込んだ虫かごを放置するんだから似たようなことになるわな。昆虫採集を終えてから次に始めるときに虫かごの中は酷え事になってたよ。
それを庭先でひっくり返してパラパラと乾燥した虫を捨てるんだな。酷えって思うだろ? でも当時は虫の命を大事になんて教育はなかったからなあ。割とみんなやってたと思うんだが、多分俺が一番酷かったからじゃねえかな……
九月になってさ、夏休みも終わるわけだよ。で、新学期になるんだよ。小学生なんて三日も前の事なんて忘れるだろ? だから俺なんて一々気にせず新学期にランドセルを背負って揚々と玄関を出たんだな。そこでずるっと足を滑らせて足を打ったんだ、骨折だったよ。
まあそりゃあ偶然で片付く話かもしれないけどさ……俺がマヌケに足を滑らせたのが虫を適当に捨ててたところなんだなあ……新学期が始まるからって虫かごを綺麗にしようとして、玄関先に干からびてカラッカラになった虫をひっくり返してぶちまけたんだよ。
ちょうどそこで足を滑らせたってなると偶然とも思えなくてなあ……流石にやっちまったと思ったよ。虫だからってバカにしてたのが悪かったのやら、その時の怪我が神経に障ってな、今でも足にしびれが残ってるんだよ。これも小学校六年分のツケかねえ……
ま、アンタも年だし虫取りなんてしないと思うが、虫を捕るならせめて供養位してやれよ、俺みたいに命をほっぽり出すとしっぺ返しを食らうからな。あとほら、ここを見てみろ。
そう言って彼は髪をかき上げた。そこには小さな髪の毛が生えていない部分がある。
コイツは骨折してから歩けなかったときに坊主を親が呼んでな、その時に思いっきり殴られた跡だよ。ウチが檀家やってた坊主は温厚だったんだが、ウチの玄関で不快そうな顔をして入ってきて、俺の顔を見るなりガツンだよ。ま、その坊主が読経をしたら足が動くようになったんだから文句も言えねえんだがなあ……
とにかく気をつけろよ、アンタも心霊なんて怪しげなもん調べて自分に返ってきても知らんからな。
それだけ言って彼は話を終えた。彼は酒をゴクゴクと飲んでいたが、その手が震えていたのはアルコールの飲み過ぎか、あるいは昔の恐怖か、それは聞かずじまいで話を終えた。
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