山での猟について
栄吉さんは罠の免許を取って田舎の山に出る猪などの猟をしていた。そんな彼が一度だけ奇妙なことにあったと言う。
「山ってのは何が起きるかわかんねえけどなあ……粗末にするもんじゃねえな」
それは今よりかなり昔、彼の住む村に畑が多くあって、猪などによる獣害が多かった頃の話だ。
その日もいつも通り罠をしかけて帰宅した。本業は農家なのだが獣害には悩まされていたため猟の方にも精を出していた。
罠にそれほど都合良くかかるわけではないが、そのおかげでいくらか獣害が減ったと村のみんなには歓迎をされていた。捕獲した猪は今で言うジビエのように処理をして自宅の分以外にも近所に分けたりしていた。
罠をしかけた日の晩、縁側で日本酒を飲みながら村と山を眺められるところでリラックスしていた。そんな時、山の方に炎のようなものが見えた。すわ一大事と消防に通報しようとして気が付いた。炎が緑色なのだ。まるで蓄光塗料のような光りであって、木が燃えるときにあんな色は出ない。
無視するわけにもいかないが、一向に大きくも小さくもならないのでやきもきしていたとき、その炎はぽっと消えた。それをポカンと見ながら、手元にあった酒を口に入れる。確かにアルコールの刺激を感じて、まだ寝ていないことを理解できた。
酔っぱらいすぎなのだろうか? 酒に強いのに日本酒のパック一つでこんなにも酔うだろうか?
なんだか炎に冷や水を浴びせられたような気がして寝てしまうことにした。酔いすぎで見えた幻覚だ、そう自分に言い聞かせて万年床に滑り込んだ。
翌朝、昨日炎が見えていたあたりを見たが、一切炎が燃えた様子はなかった。安心して昨日しかけた罠のところへかかっているか確認にいった。
果たしてそこには大きな猪が一匹かかっていた。その猪はもうすでに息絶えており、カゴの中で暴れたのか体に傷がついている。さすが猟に使う罠だなと感心しつつ、猪をしっかり処理して家まで運んだ。山を降りて気が付いたのだが、そう言えば罠をしかけていたあたりであの緑の炎を見たなと思いだした。
アレが猪から抜けた魂なのではないかと思うと、なんとなく嫌な感じはした。それでもいつも通りにジビエとして近所に配った。
後日、子供たち数人から肉が美味しかったとお礼を言われた。自分で食べた分も美味しかったので、あの猪を仕留めた甲斐もあったと思った。
見た怪異と言えば猪のかかっていたところに鬼火のようなものが出ただけだが、その一件から山で山菜を採るときにも山の神様への感謝を忘れないようにしているそうだ。彼も今では結構な年だが、過疎化によって人口が減り、猟も辞めてしまったのでアレを見たのはあの一回だけだという。
ただ『一回見りゃあ十分だなあ……ありゃあ何度も見たいもんじゃねえよ』と彼は言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます