電車にて

 神田さんが社会人になりたての時に体験したことだ。


「アレはなんだったんでしょうね……どうしてあんなものを見たのかさっぱり分からないんですよ」


 東京で就職したとなると、交通手段は電車になったんですよ。始めの頃は慣れていなかったんですけど、田舎から出てきて割と早く馴染みました。電車も一つ逃したくらいならすぐ次が来ますしね、一本逃すと一時間コースだった地元を考えると電車で不便無く移動できることを知るとそればかり使いたくなるんですよ。


 とある駅でのことなんですが、アレは東京に行ってすぐ、まだ駅がどこか頭に入っていなかった頃です。よく分からないままそろそろだろうと電車を降りたんです。そこで駅を間違えたことに気が付いたんですが、おかしいんですよ。


 その時は夜だったのに電灯がついていないんですよ。真っ暗な中人が降りて、乗る人は一人もいないんです。そんな中足を踏まれて痛みが走ったんです。顔を上げると『ごめんねぇ……年寄りの過ちと許してちょうだい』とおばあさんが言っていたんです。その人にどこかで見覚えがあった気がしたんですが思い出せませんでした。


 とりあえず駅を出ようとしたんですが、一人の老人が電車の車内に突き飛ばしたんです。その人の顔は真っ暗だったのですが、電車に入ると意識が薄れていきました。


 それで目が覚めるとまだ電車に乗っていました。車内はしっかりと明かりが点いて、まだ走っている電車で寝ていたことに気が付きました。


 その時になって思いだしたんですが、私の足を踏んだのって祖母なんですよ、そして私を車内に突き飛ばしたのは祖父なんですよ。いや、顔が見えたわけではないんですが、祖父が良くしていた格好だったのでアレは祖父だと思ったんですね。


 大学で地元を離れて以来随分と戻っていませんでしたが、その時は彼岸の日でした。休日出勤なのは置いておいて、それ以来随分とメンタルがスッキリしたんですよね。本当にどうしてかは分からないんですよ。親不孝者にわざわざあそこまでしてくれますかね?


 どうして助けてくれたのか私には少し理解できませんが、有り難く生きています。あの時降りていたらどうなっていたか分かりません。ただ、亡くなった人が降りていたようなのでロクなことにはならなかったと思います。


 助けられたと言っていいのか、ただ単に夢の中の妄想だったのか、判断はつかないんですが、その年は年末年始に実家に顔を出しました。仏壇に線香をあげて心の中でしっかりお礼を言っておきました。


 死人に口なしなんて言いますがね、実際はどこかから見てるんじゃないかと思うんですよね。だから安易にもういないからなんてぞんざいに扱うのは好きになれないんですよ。もっとも、個人の考えなので何処まであっているかは保証できませんがね。


 彼はそう言って笑った。その年からお盆と正月には実家に帰って墓参りをするようにしているそうだ。ただ……あれが死者を運ぶ列車だったとして、どうして東京と縁もゆかりもない祖父母が自分の前に出てきたのかは説明がつかないのだそうだ。

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