説得力

 長田くんがまだ小学生の頃に体験した話だ。


 彼が幼い時に親族から一人亡くなる人がいた。それ自体は普通に天寿を全うしたということで片付いたのだが、それからが大変だったという。


 その遠い親戚が何故か夢の中に出てくるのだ。始めの頃は夢枕に立ってじっと彼をにらんでいた。しかし、その事を話すと、『あの人は相変わらずどうしようもないわね』と言われるだけだった。その親戚は沢山の人に疎まれていて、母親もその例外ではなかった。


 しょっちゅう夢に出てくるので『何がしたいの?』と話してみたこともある。しかしそれには無言で返されるばかりだった。


 いい加減鬱陶しくなった頃、父親が酒を持って部屋に入ってきた。そして日本酒の一升瓶をドンと置いて、『今日からこれを部屋に置いて寝ろ』と言う。こんなものでどうにかなるわけないだろうと思いつつ、一升瓶を部屋の学習机の隅の方にドンと置いてから寝た。


 その晩にもその親戚のおじさんは出てきたのだが、赤ら顔をしていて、ニコニコの恵比寿顔だった。珍しいとは思いながら夢の中でぼんやり話してみると、そのおじさんは勉強の大切さについて語ってきた。


 なんでも『俺みたいに学が無いとさ、いいように使われちまうんだよ。お前はまだ若いだろ、学者になれとまでは言わないが、捨て駒にされるような事が嫌なら勉強をしろ』と言ってきた。当時小学生の彼にはその言葉の意味が分からなかったのだが、その話をするときのおじさんの顔が妙に悲しそうだったので印象に残った。


 それから、多少は真面目に勉強をするようになった。親は喜んでいたが、その理由があの親戚のおかげだとはなんとなく言い出せず、そのまま学習を進めると、そこそこ良い大学を卒業した。


 大学に在学中、求人をいろいろとみて思ったのが学歴で人を比べる人が当たり前のようにいることだった。はじめはそんな露骨なことを企業がするはず無いだろうと思っていたが、意外とそういうことは珍しくなかった。


 それなりの企業に入ってから、ようやく小学生の頃のおじさんの言葉が分かった。あのおじさんはそれなりに苦労をして、その結果性格が歪んでしまったのだろう。親戚はみんな清々したという顔をしていたが、今になって思えばそれはとても悲しいことなのだと思う。


「今は出来るだけクライアントにも、お客さんにも、嫌な上司にもそれなりに優しくしています。あのおじさんならこうしろと言うんじゃないかと思うんですよ。あの人は嫌われてはいても、それなりに大変な人生だったのだと思います」


 そう言った彼は、最後に、『そこそこの値段の日本酒を一升瓶でお守り代わりに部屋に置いてます。未開封なんですけど、日が経つごとに減っているんですよ。あのおじさんが飲んでくれていると思うと、そのくらいは報われても良いんじゃないかと思うんですよねえ』と語った。

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