怪奇譚集「落日」

スカイレイク

誰がおいたか分からない

 火田さんが秋口に体験した出来事だ。夏は非常に暑く、自動車のエアコンをかけても出来るだけ外出したくはなかった。非常に暑い酷暑が終わった後、ようやく涼しさが出てきた。地球温暖化なんかを疑いたくなるが、とにかく涼しくなりつつあるので外出をした。特にあての無い散歩だ。


 いつも歩いていた道だったのだが、夏の間仕事以外でろくに出歩かなかったので、結構な涼しさに少し感動した。そうして散歩道を歩いていると、道の脇に地蔵があった。こんなものあっただろうか? とは思ったが、夏の間散歩道など使わなかったので、誰かがこっそり建てても全く気づかないだろう。


 何か御利益でも無いかなと手を合わせるだけはしておいた。それから何事も無いように近所の食料品店に向かった。


 しかし地蔵を誰が作ったのだろうという疑問は湧いた。地元の人がお通るだけの道に私費を投じたのだろうか? それは多少疑問だが、あって悪いものでも無い。そう考えるとよく分からないけれどそういうものだと納得が出来た。


 涼しいと多少遠くまで歩けるようになっていた。夏真っ盛りではとても無理なことだ。


 心地よい風に当てられながら、気分よく道を歩いていると、前方の信号が点滅を始める。急いで渡ろうと足を速め、この距離なら点滅で渡れると急いで走っていく。信号を渡る直前、全身が動かなくなった。金縛りかと思っていると、目の前を大型車がものすごい勢いで走っていく。信号のフライングをしていたようだった。


 助かったと思いながら、そんなことがあるのかと思いつつ、普通に信号を渡って日用品などをスーパーで買って帰り道についた。


 その帰り道、ふと道路の脇に目が行った。そこには地蔵がいたのだが、地蔵の首が取れて転がっている。何かで無理矢理壊されたようには見えない、頭と胴の断面は滑らかに分離したようになっている。


『ああ、これが助けてくれたのか』


 あの時の金縛りの意味を理解した彼は、知り合いの石材屋に地蔵を一つ治してもらった。ほとんど作り直しのような作業だったが、一応見た目には分からないようになっていた。


 その地蔵を元の場所に戻して、今度はしっかり拝んでおいた。地蔵にそんな力があるのか懐疑的だったのだが、こんな体験をしてしまうと否定できない。


 きっとこのお地蔵様も深い事情があるのだろう。なんのためにおかれたのかは分からないが、助けられたのは事実だと信じている。そうしてそれ以来、そこを通るときはお地蔵様を拝むのを忘れないようにしているそうだ。


 今のところ、彼は健康そのものなのだそうだ。彼は実は地蔵が勝手に歩いて来たのではないかという考えまで持っていると言う。誰に訊いても地蔵の頃など知らんと言われたから、地蔵の方から歩いてきたのではと言うのが持論だ。


 今でもあまり拝まれていない地蔵はあるそうだが、火田さんが熱心に手入れをしているので状態は非常に良いものなのだそうだ。

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