第3話
「お? その反応は、俺のこと知っとるな? 内藤春斗言うんやけど」
いやそれはもうデビュー当時からの大ファンで......と言わなかった私を褒めて欲しい。この人はファンにストーカーされた挙げ句に殺されたのだ。もし私がかなり濃い目のファンだと知れたら、絶対に相手を怖がらせてしまう。それは本意ではない。推しの心は私が守らねば。
「そ、そうですね。名前は聞いたことがありますね……」
「ほんま!? 名前知ってくれてるだけでもめっちゃ嬉しい〜」
レオンハルトは足をばたつかせながら、満面の笑みで喜んでいる。
可愛すぎんか? なんやこの生き物、尊すぎやろ。神様ホンマにありがとう。
って、あかんあかん。興奮しすぎて地の文まで関西弁になってもた。読みにくいから標準語に戻そう。
私が神への感謝を述べているうちに、レオンハルトの表情が少し暗くなっていた。どうしたんだ、推しには常に笑っていて欲しい。
「俺って……なんかニュースに出てたりした? ほら、俺、こんな世界におるってことは死んだんかなって。最初は夢見てるんかと思ってたんやけど、全然覚めへんし……」
その言葉を聞いて、私はなんと返事をすればいいかわからなかった。正直に話す? でも、伝えるとしたらどこまで?
一向に言葉が出てこないでいると、レオンハルトは私の表情から事の顛末を察してしまったらしかった。
「そっか、俺やっぱり死んだんか……ごめん、言いにくいこと聞いて。でも残念やな……このアニメの二期も出演決まっとったのに。声優の仕事、もっとやりたかったわ」
しゅん、と俯く彼を見て、この人を殺した犯人に怒りがこみ上げてくると同時に、彼の無念に胸が締め付けられる思いがした。今、私がこの人にしてあげられることが何もなくて、本当に情けない。
「――あなたは、きっと多くの人を幸せにしていたと思います。救われた人も、たくさんいます」
「……そうかな、そうやったらええな。ありがとう、慰めてくれて」
私の拙い言葉に、彼は笑顔を返してくれた。ごめん、あなたの大ファンのくせに、これっぽっちも役に立てなくて。
私が心の中で泣きそうになっていると、レオンハルトは気持ちを切り替えるように『よし!』と言い、両手で頬を軽く叩いた。その表情からは、既に先程までの陰りは消えている。
そして、思い出したように私に尋ねてきた。
「そういや、君、前世の名前は?」
「宮内美奈です」
「ほな、ミナって呼んでええ? エルミナの愛称みたいな感じで。なんか前世と違う名前で呼ばれるの、違和感ない?」
「貴方に名前を呼んでいただけるならこれ以上の幸福はありませんありがとう神様ありがとう」
「ん? なんて?」
手を合わせながら小声で早口の念仏を唱えていると、レオンハルトが不思議そうな顔で私を見つめてきた。いけないいけない。思わずオタクが出てしまった。
私は一度咳払いをしてから、ニコリと微笑んで言葉を返す。
「いえ、こちらの話です。ミナで大丈夫ですよ」
「よし、ほなミナで。俺のことはハルトでええよ。あと敬語もいらんから、気軽に接して」
「で、では……よろしく、ハルト……」
イベントでは叫び……いや、呼び慣れた名前だったが、いざ本人を目の前にすると恥ずかしすぎる。そして何より、推しの声で名前を呼ばれるのは心臓に悪すぎないか? 名前呼びを安易に了承するんじゃなかった。断罪される前に、心臓発作で死ぬかも知れない。
私が赤面を抑えながらそんなことを考えていると、ハルトが心配そうに私の今後のことを尋ねてきた。
「でもミナ、これからどうするつもりなん? 今、多分アニメ第一話冒頭あたりやんな。このままやと断罪されて、死刑やで? それはなんとしても避けなあかんやろ」
「そこなんだよねえ。実はついさっきこの世界に来たばかりで、全然頭が追いついてなくて……」
「そうなんや。俺はもうちょいこの世界におるんやけど、断罪される卒業パーティーまであと一ヶ月無いくらいやねん。ちょっと急がんとあかんかも」
「おうふ……」
エルミナが断罪されるのは、お察しの通りアニメの第一話だ。卒業パーティーで婚約者のデリックに婚約破棄を言い渡されるだけでなく、リアを虐めた主犯だの、学校資金の横領だの、生徒に詐欺を働いただの、身に覚えのない罪の数々に問われ、あろうことか死刑を宣告されてしまうのだ。
その後、デリックはリアと結婚し国王となるが、実は本当の悪役令嬢はリアなのである。
エルミナの罪はその全てがリアによるもので、虐められたというのも自作自演。エルミナはまんまと濡れ衣を着せられたという訳だ。
王妃となったリアはやりたい放題した挙げ句、国庫を使い尽くし国を没落寸前まで追い込んだ。それがアニメの第二話。真の主人公は王子デリックで、周囲の協力を得ながら国を復興していく、という物語なのだ。
残念ながら、エルミナはこの物語の第一話で消える端役でしかない。
「ひとまず、断罪の日までにリアの悪事の証拠を集めないと……」
「そうやな。俺も協力するわ。やっと同じ転生者に会えたんやもん。死なせるわけにはいかんわ」
異世界転生したとわかった時は一人でどうしようと途方に暮れていたが、味方がいることのなんと心強いことか。しかも、レオンハルトは身分も高く、デリックの友人でもあるキャラクターだ。証拠を集めるに当たって、動きやすいところもあるだろう。
「ありがとう。でも、アニメの内容を勝手に変えちゃっていいのかな?」
「運命なんて、変えてしまえば良いじゃないか」
(あーーーーー!!!!! 第五話でレオンハルトが言うセリフーーー!!!)
あまりの良い声に、私は思わず両手で顔を押さえて足をバタつかせた。耳が妊娠するって。しかも関西弁じゃなかったから、確信犯だなこれは。
「あ、ごめん、ついセリフ出てもた。ええんちゃう? 俺らの存在がそもそもイレギュラーやし」
いや、このギャップよ。どっちの声も大好きだから全く構わないが。むしろ、いろんな声を聞かせてくれてありがとう。ごちそうさまです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます