第2話
(ん? この声は!?)
突然聞こえた甘い声にバッと顔を上げると、予想通りのキャラクターがそこにいた。私の推し、内藤春斗が声優を務めていたレオンハルトだ。声優デビュー当時から追っている古参ファンの私が、推しの声を聞き間違えるはずがない。
レオンハルトは隣国の王子だ。留学生としてこの国にやってきており、王子デリックの友人というキャラクターである。しかし、アニメとは明らかに異なる点があった。
(いやいやいやいや、こいつ絶対中身日本人やろ。思いっきり関西弁やん!?)
西洋系の整った顔立ちに、プラチナブロンドの髪と金色の瞳を持つレオンハルトが、関西弁を話しているのは違和感がありすぎる。
(でも、この声で関西弁はあかんて。推しを思い出してまうわ……)
内藤春斗は関西出身で、ラジオやイベントトークなどではコテコテの関西弁を話すのだ。もう二度と聞けないと思っていた推しの素の喋り方を聞けたような気がして、思わず泣きそうになってしまった。
でも今は、私の顔を覗き込んでくるこの美青年に言葉を返さなければならない。相手が何者かわからない以上、ひとまずはエルミナのフリをしよう。
「ええと、少し頭が痛くて、休んでいただけですわ」
「あらま、大丈夫か? 保健室連れて行こか?」
「い、いいえ。大丈夫ですわ。少し休めば治りますので」
「そっか。君、確かエルミナやっけ?」
そう言いながら、レオンハルトは私の隣にドカッと座った。正直これ以上話したくないのだが、ここで立ち去るのは不自然な気がして、話に付き合うことにした。
(確か……アニメでは、エルミナとレオンハルトが喋ってる描写はなかったか)
私は前世の記憶を呼び起こしながら、エルミナとして最適な台詞を頭の中で考える。
「はい。あなたはレオンハルト様ですね。殿下のご友人だと伺っております」
「そーそー。でも酷いよなあ、デリックのやつ。こんな可愛い婚約者放ったらかしにして、別の女の子にうつつ抜かすやなんて」
(ぐはっ。その声で! 可愛いは!! あかんて!!!)
私に対してではないとわかっているが、推しの声で「可愛い」と言われてしまい、思わず時と心臓が止まったかと思った。私は表情が固まったまま、なんとか言葉を返す。
「で、殿下ももうすぐ卒業ですから、今のうちに自由を謳歌されているだけだと信じております」
「寛大やなあ。俺やったら締め上げてるわ」
レオンハルトがファイティングポーズを取りながらそんなことを言うから、私は思わずクスリと笑ってしまった。この世界に転生したとわかって不安だった気持ちが、ほんの少し薄れていく。
するとレオンハルトは、にこやかに微笑みながら、私の顔を覗き込んでとんでもないことを言い出した。
「ほなエルミナも、俺と遊ぶ?」
「へ?」
「またお茶でもしようや」
曇りのない笑顔でそんなことを言われても困る。推しの超癒やしボイスで言われるもんだから、さらにタチが悪い。可愛すぎるだろ、おい。
シナリオにない会話にどう対応すればいいかわからず、私は微笑みながら当たり障りのない返答をした。
「はい、また機会があればぜひ」
その返答に、レオンハルトの天使のような笑みが、悪戯っぽい悪魔のような笑みに変わった。レオンハルトは目を眇めながら、私を見遣って驚くべき発言をしてくる。
「君、エルミナちゃうな?」
「え?」
「俺と同じ転生者やろ?」
「は? 何のことでしょうか……?」
私は微笑みを保ちながらも内心は冷や汗ダラダラで、なんとかシラを切り通そうとした。
レオンハルトの今の発言から、相手は転生者確定。敵か味方か、それが問題だ。お前はええよな、安全圏から見守るだけのキャラクターなんやから。こちとら断罪確定の悪役令嬢やぞ。
私の思考が目まぐるしくグルグルと回っているところに、レオンハルトはニヤリと笑いながら続けた。
「普通のキャラクターはな、こんなあからさまな関西弁使ってたら、何事か? いう顔すんねん。それに、初対面の人に『またお茶しよ』言われたら、初めて会うのになんで『また』? って疑問に思うんやで。君、関西人やな?」
「んぐうっ」
(せやなあ、関西弁の『また』には『今度』の意味があるなあ! 完全に私のミスやわ!!)
頑張れば言い逃れ出来そうな気もするが、なんだか面倒になってきた。もういいか、一旦打ち明けよう。もし敵だったら、その時考えよう。
私は大きく溜息をついて、観念したようにレオンハルトに白状した。
「そうです。私は前世では東京で暮らしていましたが、上京するまではずっと関西にいました」
「うわあ、めっちゃ嬉しい! やっと転生者に会えた! こういう時のために、関西弁使い続けてて良かったわ〜。俺だけこんな世界に来るやなんて、絶対おかしいもん!」
レオンハルトは、推しの声でくしゃりと笑いながらそう言った。
(あーーーーー、天使かな?)
私は眼の前の人物が可愛すぎて、思わず手を合わせて拝んでしまった。レオンハルトが怪訝な顔をしたので、すぐに止めたが。
もうこの際あれだ。死んだ後に神様が、推しの声を聞けるようにボーナスステージを用意してくれたんだと思おう。
私が心の中で引き続き手を合わせていると、レオンハルトが天使の微笑みで話しかけてくる。自分以外に転生者がいたことが、よほど嬉しかったらしい。
「でも君、関西出身やのに、綺麗な標準語やなあ」
「上京して就職してからはずっと標準語を使っていたので、関西弁がだいぶ抜けてしまって」
「なるほどな。俺、上京したけどずっと関西弁やったわ」
ケラケラと太陽のように笑うレオンハルトと話していると、まるで推しと会話しているかのような気分になってくる。前世で仕事頑張っといて良かった。ありがとう神様。
すると、不意にレオンハルトが私の顔を覗き込んできた。そのアングルは私の心臓によろしくないから止めて欲しい。
「この世界、どうやらアニメの世界みたいやねん。『騙され王子の没落王国復興物語』っていうアニメなんやけど、知っとる?」
「は、はい。有名でしたからね……私も一通りは見ました」
推しの声優が出てたから何周も見てセリフも暗記済みです、とは言えない。
「実は俺、声優としてレオンハルトの声やってたんやけど、まさか自分のキャラに転生すると思わんかったわ〜」
「へえ、そうなんですね……って、はあっ!?」
一瞬流しかけたが、眼の前の金髪イケメンがとんでもないことを言っていることに気づき、つい大声を上げてしまった。
(まさかのご本人登場!? あれや、モノマネ歌唱選手権で後ろからご本人が歌いながら登場してきてびっくりしてるモノマネ芸人の気分が、今わかった気がする)
衝撃のあまり、そんなどうでもいいことしか考えられないでいると、大声に驚いたレオンハルト――というか私の推しが、嬉しそうな顔をしながら尋ねてきた。
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