死んだはずの推しに会いまして ※ただし、三次元の

雨野 雫

第1話


 ――推しが死んだ。二次元ではなく、三次元の、だ。


 その日、私こと宮内みやうち美奈みなは、いつも通り終電を逃し、深夜まで残業していた。


 新卒で入った会社は所謂ブラック企業で、サービス残業と土日出勤が当たり前の会社だった。同期が次々と辞めていくなか、私は三年も耐え、今年で二十五歳になった。


 しかし、事件は突然起きた。


 私の推しであり生きる理由である、超人気声優、内藤ないとう春斗はるとが亡くなったのだ。しかも、病気や事故などではなく、ファンに刺されて亡くなるという、非常にショッキングなものだった。捕まった犯人は内藤春斗のストーカーで、交際を断られ逆上し殺害に及んだという。


 私はその日、ネットニュースで事件を知ったあと、ショックすぎて頭が真っ白になり仕事が手につかなくなった。深夜まで残業したものの全く仕事が終わらず、諦めて一旦帰宅することにしたのだ。


 帰り道、私は疲れ切った体を引きずりながら、なんとか自宅を目指していた。既に十連勤目の私は、次第に意識が朦朧とし始め、歩くのもやっとだった。


(――あかん、もう、生きがいがない)


 涙で視界が滲んでくるのがわかった。仕事中泣くのを我慢していた分、次から次へと涙が溢れてくる。


 今まで、推しのために働いてきたようなものだった。推し活資金を稼ぐためにがむしゃらに頑張り、気づけば営業成績トップに上り詰めていたほどだ。働く目的を失った今、もう頑張ることはできそうになかった。


 嗚咽を漏らしながら歩いていると、後ろからいきなり大きな怒鳴り声が聞こえてくる。


「おい、君! 危ないぞ!!」

「え?」


 振り向いた時にはすでに手遅れで、トラックが私のすぐ目の前まで迫ってきていた。どうやら、気づかないうちに赤信号を渡ってしまっていたらしい。トラックのライトが、やけに眩しく感じたのを覚えている。


 ドンっと鈍い音がした後は、あまりよく覚えていない。いつの間にか雨が降り始めていたようで、顔にかかる雨粒が鬱陶しいなとぼんやり思ったところで、意識が途絶えた。



***



 意識が戻り再び目を開けると、そこには病院の真っ白な天井――――はなく、どこかの建物の廊下に立っているようだった。そして目の前には、水色のドレスに身を包んだ可愛らしい少女が立っている。


(どこやここ? というか、私トラックに轢かれたのに、なんでもう立ててるんや?)


 頭の整理が追いつかないでいると、目の前の少女はその大きな瞳に涙を溜めながら、私に話しかけてきた。


「エルミナ様……どうしてそんな酷いことをなさるのですか……?」

「は?」


 かけられた言葉の意味が理解できない。というか、私はエルミナじゃなくて美奈だ。思考が停止し、私はただただ少女を見つめることしかできなかった。

 しかし、少女を凝視していると、次第にとある記憶が呼び起こされていく。


(……ん? え、待って。めっちゃ見覚えあるんやけど、この子)


 一拍置いてから、目の前の人物と私の記憶の中にある人物とが結びついた。


(この子、『騙され王子の没落王国復興物語』に出てくるリアか!?)


 『騙され王子の没落王国復興物語』は、私の推しである内藤春斗が声優として出演していた人気ウェブ小説原作のアニメだ。私ももちろん視聴済みで、今は第一期が終了し、第二期の作成が決定されていた。


 その物語に出てくる侯爵令嬢リアは、第一王子デリックの婚約者である公爵令嬢エルミナに虐められているキャラクターだった。


(エルミナって呼ばれたということは…………)

 

 慌てて自分の服装を見ると、目に映ったのはいつものくたびれたスーツではなく、赤色の豪奢なドレスだった。それは、アニメ第一話でエルミナが着ていた服装だ。


 自分の頭からサアッと血の気が引いていくのを感じていると、後ろからガヤが聞こえてきた。


「あなたがデリック殿下にまとわりついているからでしょう!? エルミナ様という婚約者がありながら! 恥を知りなさい!!」


 どうやら、エルミナの取り巻きが加勢してくれているらしい。ありがとう。でも今それどころじゃないんだ、ごめんな。


 頭をフル回転させて情報を整理しようとした途端、それを許さないかのように煩い男の声が廊下に響き渡る。


「おい、エルミナ! お前リアに何をした!? また懲りずにリアを虐めていたんだろう!? リア、大丈夫か?」


 その煩い男が可愛らしい少女リアのことを心配そうに見つめると、彼女は涙ながらに自分が受けた被害をその男に訴えた。


「デリック殿下……私、急にエルミナ様に怒鳴られて……」


 煩い男はどうやら王子デリックのようだ。

 ああ、情報過多。頭が痛い。


「ちょーっと失礼させてもらいますね……?」


 私は今のこの状況に耐えきれず、そそくさと一人その場を後にした。背後からデリックのうるさい声が聞こえてくるが、今はそれどころではない。そして、脳内に地図を思い浮かべながら、廊下を突き進み中庭へと出る。


(確かこの辺に……あった!)


 アニメを何回も見ていたおかげで、なんとなくの場所がわかるのは幸いだった。ここは、エルミナたちが通う貴族学校だ。そして、中庭には池がある。私は池に顔をのぞかせ、自分の顔を見ることにしたのだ。


 答えは半ば分かりきっていたのだが、正直受け入れたくはなかった。池の水面には、赤い髪に水色の瞳をした美しい少女の姿が映っていたのだ。残念ながらその姿は、間違いなくアニメで見たエルミナと同じ容姿だった。


 私はそのままフラフラと中庭のベンチに座り込み、頭を抱える。


「あり得ない……あり得ない……!!」


(なんで異世界転生なんかしてんねん……しかも転生先が悪役令嬢ってベタすぎるやろ……せめてもっとモブにしてくれや……)


 創作物でよくある異世界転生だが、いざ自分がその身になってみるとパニックになるものだ。これから起こる展開を知っている分、余計に焦りが募る。心臓が早鐘を打ち、指先は氷のように冷たくなっていた。

 

 すると、途方に暮れ項垂うなだれていた私に、声をかけてくる人物がいた。


「君、どないしたん? 頭抱えて」

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2024年11月30日 19:12
2024年12月1日 19:12
2024年12月2日 19:12

死んだはずの推しに会いまして ※ただし、三次元の 雨野 雫 @shizuku_ameno

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