第5話 何故狙ってくるの?

「アキラッ!」


 なんとか言葉を発する。

 ちょっと気を抜くと意識を乗っ取られてしまいそうだ。


「サレオの霊に憑依されてるッ! 俺、お前を殺そうとしているッ!」


 そう言うのが精一杯だった。


「えっ、どういうこと?」


 アキラは俺に訊き返すが、俺の表情を見て


 会話は無理だ。


 そう判断したらしい。


「首振りで答えて」


 首振り……?

 縦に振るか横に振るか、ってことか?


 それならギリできるかも


 俺は首を縦に振る。


 アキラは


「サレオが私を殺そうとしているのは、私に原因があるの?」


 サレオは女を憎んでいる。

 理由は、理解の無い彼の妻が、くだらないと断じた趣味の研究成果を焼き払ったからだ。

 彼はその怒りを、全ての女に拡大している。


 だからアキラが女である以上、原因があると言える。

 メチャクチャだけど。


 俺は縦に振る。

 肯定だ。


「それは私がここでやったこと?」


 そうじゃない。

 女だから殺そうとしてる。


 横に振る。

 否定。


 ここでアキラの視線が外れる。

 考えている。


 そして


「……それは私が、サレオの殺したい誰かに似ているから?」


 いや、全然似てねえよ!

 向こう、高身長の金髪美女だぞ!?


 お前全然違うじゃん!


 首を左右に。

 否定。


「背が低いから?」


 否定。


「髪が黒いから?」


 否定。


「眼鏡を掛けているから?」


 否定。


 ……そしていくつか、自分の属性についての質問が続き。


 ついに


「女だから?」


 俺は肯定した。

 やっと伝わった、と思いながら。


 そのとき、俺の集中が途切れてしまった。

 気が緩んだんだ。


 俺は手にした斧を振り下ろす。


 アキラは顔を強張らせ


 横っ飛びに飛び、それを避ける。


 ……彼女も、戦闘では補助行動は取れるので、全く動けないわけじゃ無いから。

 成す術がないわけじゃない。


 だけど……


 前衛戦士の本職は俺だ。

 このままではいずれやられる。


 1度奪われた身体の主導権は、再び取り戻せそうにない……!


 絶望的な気分になる。

 俺は彼女が好きだ。


 笑顔が好きなのもあるけど。

 彼女の思慮深さと、学問への敬意が尊敬できて。

 学とは外の人生を送って来た俺は、彼女のそういうところに憧れた。


 なのに……


 そんな彼女を、俺の手で殺すなんて……

 絶対嫌だ!


 そのときだった。


「あなた、ヒクイムシの研究を奥さんに何かされたのッ!?」


 鋭く、アキラの言葉が飛んだんだ。

 その瞬間、魔術師サレオに支配されていた俺の手が止まったんだ。


 そして


「……何故そう思う?」


 俺の口が勝手に喋る。


 アキラは


「ヒクイムシの研究メモ手帳に、不自然な奥さんのパーソナルデータ。そして謎かけの文言に愛する者」


 彼女は強い瞳で自分の見解を口にする。


「そして愛する者がヒクイムシを指していた。これはつまり、奥さんよりヒクイムシの方が大切であるという心の現れ」


 俺の手が震えている。

 アキラの声に、非難の響きが無かったからだ。


 俺の中の、サレオが震えているんだ。


「……そんなの、奥さんがあなたのヒクイムシ研究に何かをしたんだと思うしか無いよねッ!」


 愛する者としての比較対象に自分の妻を選ぶっていうことは、妻に憎悪があると考えるのが自然だ。

 確かに。

 憎くもない相手をそんな対象には選ばない。


 普通の神経だったら、それしかない。


 俺は彼女の冷静さ、思慮深さに震えた。


 そして


「……俺の妻は、俺の30年以上続けた研究を、時間の無駄だからやめろと言って、笑いながら焼き払った……」


「最低の人間だッ! 許せないねッ!」


 サレオの言葉にアキラは全力で共感した。

 彼女はそう言うの分かるもんな。


 だけど


「あなたの傾けた情熱を、馬鹿にして否定したあなたの奥さんは最低のクズだと思う! だけど、そんな女性を選んだあなたにも責任あるでしょッ!」


 その声には震えは無かった。

 堂々と、彼女の信念から思いを口にしたんだ。


「その責任を全部投げ捨てて、全ての女性に憎悪を向けるのはおかしいよッ! たった1例の結果を全体に拡大するのが……それがあなたの研究方針なのッ!?」


 その瞬間。

 俺の手から斧が落ちたんだ。


「おお……」


 俺は……俺の身体は泣いていた。

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