第5話 馬とホテル

「入らないの?」


「入ります」


 ラブホテルの前で気圧されているところで、クルエに言われて扉を開ける。できれば裏口からこっそり入りたかった。いや、知り合いもいなければ、やましさもないのだが。人の目が気になるお年頃。


 エントランスは全面のカーペットで居心地の良さを感じる。テーブルと椅子が並ぶラウンジにしか見えない場所は一体……?


 普通に飲み物を楽しむカップルが何組もいる。普通のホテルで肩透かしというか、言葉の意味が違う説が浮上した。外観とミスマッチすぎる。


 あまりジロジロと観察するのもマナーが悪い。とりあえず、フロントに行けばいいのか。


 カウンターは真っ白で雰囲気が明るい。スタッフにどう話しかければ分からずクルエに任せようとしたが、鍵をスッと差し出された。不慣れに思われるのもなんなので、冷静に受け取って離れる。


 番号は二階の部屋を示す。エレベーターはなく階段を上がって廊下に出た。灯りは青白い方向性でムードが控えめだ。


 部屋の前に来てダイヤ柄のドアを開ける。


「ん……?」


 ふわりと香ってきたのは草のにおいで一瞬、入るのに戸惑う。床が木の板で奥を見ると馬車がとまっていた。


「えぇ……」


「ヒヒーン!」


 斜め上な光景に唖然とするが、馬のいななきに慌てて中に踏み込む。二階までよく連れて、と現実的なことを考えてしまった。


「これが普通のラブホテル?」


「さあ?」


 私は知りませんみたいな初心アピールですか。なんだか騙されている気がしてきた。


「じゃあ、私は行くわね。お金は立て替えておくから」


「え? は?」


「ヒヒン!」


 クルエがそれだけ言い残し戻っていく。追おうとするが馬の鳴き声に、放っておいていいものか迷いが生まれてタイミングを失った。ここで一晩泊まれって?


 木製のテーブルと椅子があるので仕方なく座る。空間の半分を占める馬車はベッド代わりとでも言うつもりか。


 そもそも、ホテル側がこっちの意向と無関係に用意した部屋だ。さすがに全てが同じとは思えないが。お前は馬とやってろと足元を見られた可能性もある。文句を言う必要があったのならクルエが間に入るべきだ、との不満は今さらだった。


 求めていた世話も中途半端にすら及ばない。この件はしっかり覚えておこう。ディセスさんに報告すれば、お仕置きしてくれるはず。問題は取り次ぎを頼む窓口の場所か。たぶん、普通に偉い人でほいほい会うのは難しい。


 ま、今日は大人しく過ごそう。これも異世界の洗礼と受け止める。牢屋よりは遥かにマシだ。


 大部屋の他、シャワーとトイレが別に用意された快適な作り。陶器の水洗式でかなり清潔感がある。デザインの各部に現代風な面を持ち、日本を参考にした形跡が目につく。トイレを便利にするぐらいは許容範囲だったのだろう。


「ブルルル!」


 馬が度々声を上げる。牧草が置かれて餌は大丈夫だけど面倒を俺が見るのか? 正直、触れ合いの経験がなく手に余る。困ったらフロントに駆け込もう。


 幌付きの荷台を覗くと布団が敷かれていて、やはりホテルの機能はあった。乗って寝転ぶと心地がいい。好意的に解釈すると、日常を感じられるシチュエーションに燃えるのか。


 長距離の移動に馬車を使うのなら野宿が当たり前の世界。男と女の同行も珍しくない状況だと、きっと色々溜まるものがある。しかし、複数人が同じ場にいたりで致せず悶々と夜を明かす様子は想像できた。


 その欲求不満を発散するために作られた部屋、と考えれば納得がいく。マイノリティーな性癖を含めると需要は無限大だ。俺が馬車に並々ならぬ執着を持つと思われたのだとしたら、不本意この上なかった。


 暇を持て余しスマホを手にしても電波がつながらないとな。スマホゲーが入っていてもオフラインでは起動せず。連続ログインボーナスが切れて、もういいかと諦めがついた。


 心配なのはクルエがどれだけの時間、ネットを使わせてくれるかだ。重要性の理解が不十分なら説得を要する。知識の深さによっては苦労しそうだ。


 それにネットさえあれば、元の世界で仕事が行えるかもしれない。いつ帰れと言われても安心できるよう、生活基盤の維持に細々とでも稼いでおきたかった。


「いや……」


 逆にこの方向性で攻めると分かってもらえる? そっちの助力が気掛かりだから自分で解決したいと訴えればいけるか。


 そのためには稼ぐ手段の提示が必須になる。国が派遣、という表現は正しいか謎だが信用しろと突っぱねられることもあり得る。ディセスさんはともかく、あのクルエだ。却下されるのがオチ。


 ただ、元の世界に関する知識は自分に利があった。跪くどころか土下座を駆使して言いくるめれば勝算ありだ。


 とはいえ仕事を探すのも一苦労。直接会うのが困難な以上、個人でなんとかやるしかなかった。今の強みは異世界にいること。作りものや創作と揶揄されても風景などは素材で売れる、と思いたい。各所の日本語はリアリティに欠けて少々ネックか。


 町を行き交う面々の中で、獣の特徴があるのは人間と違う括りの種族だろうし、インタビューを行ってもいい。興味を持つ人は必ずいる。コスプレや特殊メイクよりもリアルなのは確実だった。


 珍しさを扱うのは大前提で、たとえばこのラブホテル……。


「いけるか?」


 インタビューとも結びつくアイデアに希望が見えた。

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