第4話 勇者の言語

「いてっ!」


 いつの時代だと突っ込みたくなる乗り物、馬車に揺られて尻を打つ。サスペンションがまるで足りていない。


「窓のブラインドが邪魔で景色を楽しめないんだけど」


「当たり前でしょう」


「なんで?」


「不審者に王城周辺の情報を与えると思う?」


「あ、そう」


 それで裏口じみたところを出て馬車に乗せられたのか。結局、自由に暮らせと野へ放たれることになったものの、不安は大きい。頼りは同行するクルエだが相変わらずの塩対応だった。


 本人はメガネを外し髪も解いてリラックスモード。服装もコルセットにラフな短めのスカートで、随分と印象が変わった。頭に学校一が付く清楚から、夜遊びで色々知ってるお姉さん系みたいな。


「これを渡しておくわ」


 クルエが手にしたのは、まさかのスマホ。受け取ると見覚えがあり、操作で自分が使っていた機器なのが分かる。


「……今いるのって異世界だよな?」


「あなたにとってはね」


 すっかり信じたつもりだったのに、こんなものを出されては疑いが再燃した。


「これも平穏に暮らしてもらう手立ての一つよ」


「あれ、でも電波が入ってないんだが」


「一日に一回、私に跪けばつなげてあげる」


 方法自体はあるんだな。ガバガバに感じるが人間の行き来を考えれば、まだ容易なのかも。


「文明的には進んでるってことか」


「どうかしらね。その道具は特別措置でまったく出回ってないわよ。物体を持ってくるのも大変なんだから」


「やっぱり馬車が走るなりの社会?」


「知識も良し悪しで、慎重な判断が求められているわね」


 よく理性が働くなと思うが、取り入れるにも技術的なハードルは高いはず。加えて便利な世の中をコントロールできるかは別の話。確かルリドリア王国だったか。もちろん王様がいるわけで、気を遣う事柄はきっと多い。


 科学の代わりが魔法に当たりそうだと勝手に解釈していると馬車が止まる。促されて降りたところ、ニャスバーガーという片仮名の看板が目に入った。


「ここって……」


「王都ザディスよ」


 馬車がすれ違える程度の道は石で綺麗に舗装されている。段差で作られた歩道に連なる建物は一階部分がレンガ造りで、二階が木製だ。ちらりと見える屋根は赤茶けた瓦が使われていた。


 日本よりも初めて聞くザディスの方がしっくりくる町並みなのは確か。通行人の髪色が多様で、身体に獣の特徴を持つ姿もちらほら。コスプレにしては馴染んでいるし、ほな異世界かと納得しかけるが……。


「明らかに日本語なのは一体?」


 片仮名に加え、囲炉裏道具店なんて漢字の看板まで存在するとな。


「魔王を討伐した勇者が用いた言語よ。流行って当然じゃない」


「流行りで済むレベルかよ」


「今では収まって定着したわね」


「文化侵略完了しちゃってんじゃん」


 今思うと言葉が通じるのもおかしな話だった。


「色々と都合が良かったのよ」


「へぇ……」


 まあ、俺にとっては大助かりだし暮らしやすければ文句はない。


「もう自由行動でいいんだな」


「そうね」


「家は?」


「自由に探したら?」


 住む場所すら用意してないとか、ちょっと待遇が悪いような。牢屋に放り込まれる失礼を受けたのだから、最大限の持て成しを頼む。


「金は一日にいくら使えるんだ?」


「稼いだ分だけよ」


「……ん?」


「私、変なこと言ったかしら」


「何か自分で稼げと言われた気がするな」


「当たり前よね」


 さすがに、あんまりなんだが? 前の生け贄勇者が粛正への道を歩んだ理由、その一端が垣間見えた。


「どうせ、楽な生活を送ると余計な考えを持つでしょう。あなたへの対応は世話役の私が決めるから」


「……」


 世話の仕方が想定と違ってため息が漏れる。クルエに固執した結果がこれ。地面に膝をついて泣きつく姿で抱いたイメージは完全に崩れ去った。チェンジ、お願いしてもいいか?


 こっちでの生活すら自力なら、地球における助力とやらも期待薄。双方の世界を気にかける必要性が出てきた。


 なぜ善良で人畜無害な俺がこんな目に、と嘆いても状況は好転しない。せめて立場を利用するぐらいは許されるべきだ。


「よし、まずは宿に使うラブホテルへ連れて行ってくれ」


「いいわよ」


 おや? 意外とすんなり聞き入れたな。少しは罪悪感があるらしい。だったら遠慮なく下心に突き動かされよう。


 クルエの後ろを歩いて奇妙な町を歩く。膝上のブーツとスカートに覗く太ももが実に眩しかった。一緒に行動するうえで中身の残念さは困りものだが、ついつい視線が奪われる。


「コンタクトレンズは一般人も買えるのか?」


 メガネを着けるか外すか、どちらも甲乙つけがたい。ぜひ、日によって変えてほしくなる。


「身分関係なく無理ね」


「でもクルエはメガネをかけてたろ?」


「あれはフレームだけよ」


「あぁ、ファッションね」


「聖女が賢く見られて損はないもの」


 メガネが与える印象は世界が違えど同じと。足を舐める勢いで懇願するぐらいだ。よっぽど旨みがある地位なんだろう。できる小細工はやってやるぜの精神か。


「その理論でいくと、今は馬鹿に寄ってるんだな」


「あなたよりは一億倍マシ」


 倍数の値まで馬鹿みたいな単位だった。


「それに、聖女の私がアホ面を晒す男の隣にいる屈辱。顔が売れてる有名人なんだから、バレないように対策するのは当然よね」


 ひどい言い草はともかく、メガネを外す姿のほうが変装になってると。俺がどうこうというより、聖女と名乗れなくなった影響がでかそう。一時的な凍結とはいえ不名誉に違いなかった。


 徐々に人通りが多くなって道幅も広くなると空間が開けた。中央に噴水が設置された大きな十字路で、周囲に様々な建物が見える。まず目に付くのがずばりラブホテルで、看板にでかでかと文字が書かれていた。


 ネオン管っぽさ丸出しの灯りは昭和を感じる。他に比べて外観が煌びやかで、柱などに城の要素が垣間見えた。


 昼間でも眩しいうえに、噴水を挟んだ側には冒険者ギルドと銘打たれた看板が掲げられる。木造の建物で雰囲気は真逆だけど明らかに主要なエリアだ。


 こんな場所にラブホテルとは、底抜けに奔放な社会なのか。突拍子もないと思っていた性欲処理の話も、案外普通の措置だった?

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