第1話 謎の儀式
酔いに似た目まいを覚えて地面に手をつく。冷やりとした感触が妙で……?
「よくやりましたね。あなたなら聖女の務めを立派に果たせるでしょう」
「ありがとうございます」
声に顔を上げると白に金の意匠が目立つ修道服姿の女が二人に、騎士の文字が頭に浮かぶ鎧姿の女が一人立っていた。完全にコスプレだが着こなしは自然で混乱する。
周りは窓すらない石造りの広い空間で地下のようだ。四か所のかがり火台の灯りでは心もとなく、寒々しさに拍車をかけた。
よく見れば床に精巧な紋様が描かれている。魔法陣以外に説明が難しいデザインで特殊な信仰に熱を入れる集まりに思えて怖くなった。しかし、危機感に落ち着くと家を出たところだったことに気づく。
「寄り添った対応を願います。最後まで配慮を心掛けるのが召喚した者の役目ですよ」
「はい。お任せください」
修道服を着た雰囲気上司が背を向けて部屋を出て行った。
「お話しすべき事柄はたくさんありますが、ここではなんですので。こちらへどうぞ」
どこに地雷が潜むか分からない現状、取り乱すのも危険だ。召喚という言葉は悪魔を想像させる。記憶が途切れているのは薬品か何かを使われた可能性もあった。
仕事を辞めてしばらく。突然消えても心配する人が皆無な時点で誘拐には適していた。淡々と役になりきる連中だ。平気で生け贄にされても驚きはなかった。
残った修道服の女に促され、背中を追って部屋を出る。俺の後ろには女騎士が続いて緊張が高まる。腰には精巧な剣を下げていたのが気になった。
通路は短く螺旋階段を上がる。趣味の域を超える高さで資金源の豊富さが見て取れた。壁はコンクリートに遠い石のレンガが積み重なる。大きな井戸にも感じられて不安を覚えた。
カチャカチャと鎧の音を聞きながら階段が終わると、赤いカーペットの廊下が現れる。アーチ型の天井と白い壁は洋風で、アンティークの燭台がろうそくもなしに明るく照らした。おそらく中にLEDが入っているのだろう。
窓がまったくないため地下のままだと見当がつく。きっと、こんな場所をわざわざ歩かせるのも演出や儀式の一環だ。行動に理由をつけることでしか冷静さを保てなかった。
長い廊下の先。ドアを開けると簡素な部屋に出る。中央にテーブルと椅子、壁際にはキャビネットが置かれていた。飾ってあるタペストリーには青、よりも瑠璃色に近い獅子が刺繍される。女騎士の鎧に垂れ下がる布部分にも同様の獅子が見られた。
「座ってください」
言われた通りに椅子へ座る。反抗的な態度は逆効果。従順な人間と思わせておけば隙が生まれて逃げる好機につながる。なりふり構わず暴れるのは、せめて地上に出てからだ。
「私はクルエ・リドフェイズと申します。気軽にクルエとお呼びください」
体面に座った修道服の女が名乗る。水色にも見える銀髪を綺麗にまとめ、鼻筋が通った綺麗な顔立ちだ。メガネが理知的な印象を与えて若干の圧が加わる。海外にルーツを持つのは明らかだった。
「……鈴木青哉だ。鈴木でも青哉でも、好きに呼んでくれ」
「では、アオヤ様と呼ばせていただきます」
迷わず下の名前で距離を詰めてくるとは。相手に合わせてフルネームを明かしたのは失敗か。堪能な日本語で文化面にも精通しているはず。巧みな話術に惑わされないよう気を引き締める。生け贄は嫌だが抱き込まれるのも真っ平ごめんだ。
「まず始めに。アオヤ様は生まれ育った世界、地球とは異なる世界にいらっしゃいます」
「……は?」
「我が国、ルリドリア王国は古来より勇者の召喚を行ってきました。強大な敵への対抗手段で切り札と考えてください」
受け入れるには突飛すぎる発言で混乱が深まる。これも洗脳マニュアルによる油断を誘う罠か?
「魔法を異世界の証拠にお見せするのは簡単ですが、ここで手品以上に大きなものは発動できません」
クルエが手のひらを上に炎を浮かべる。手品と言えど仕掛けはゼロ。本当に魔法だとしたら……。
「信じる信じないは一度横に置いてください。結果は同じです」
丁寧な対応に終始せず毒気を出してくる。やはり反論を軽々しくするのはダメか。
「異世界にきたのは分かった。俺が勇者ってことなのか?」
ただ、一方的に受け身のままじゃ主導権を握られ続ける。ラインを探るために質問で渡り合おう。
「勇者ではありますが、本来の勇者ではありません」
はいそうです、と単純に話が進まないのも作戦かと疑いたくなる。自分が捻くれ者に思えてきた。
「実は現在、強大とまで言える敵は確認されておらず平和が保たれています。もちろん、モンスターの脅威とは常に隣り合わせですが。そんな状況下で勇者の召喚がなぜ行われたのか。その答えは召喚魔法の継承にあります。異なる世界への干渉を含めた複雑な手順を要するため、数十年単位を目安に実施されてきました」
「……つまり、俺は練習で召喚されたんだな」
「そうなります」
なんとも身勝手な事情だ。素直に勇者と持ち上げられた方が、まだ納得しやすい。
「なら元の世界に帰してくれ」
「今すぐには難しいです。勇者の召喚には莫大な魔力が必要で、帰っていだたく場合にも相当の魔力を消費します。申し訳ないですが、数年をこの世界で暮らしていただかなければなりません」
練習で魔力を無駄に使って、その間に強大な敵とやらが襲ってきたらどうするんだと突っ込みたい。とにかく、何かと理由をつけて身柄の拘束を企んでいる。
「数年を棒に振ると帰ってからが大変だ」
「国の者が何名かアオヤ様の世界で生活基盤を築いています。助力は惜しみませんのでご安心ください」
ほいほい両方の世界を行き来できてそうだなと軽口をたたきかけた。さすがに反応を予想した答えは用意してるか。
「こちらでも穏やかに生活を遅れるよう、お約束します。ただし、気をつけていただきたい事柄がございます。特に女性を妊娠させるのは厳禁です。日々溜まる性欲については係りの者をつけるので、処理はお任せください」
急な下ネタのぶっこみに真面目な顔を作る。色仕掛けとは分かりやすい策略だが、話を聞いてからでも遅くはなかった。
「とりあえず、性欲処理の詳細を頼む」
「定期的な精液の排出を、アオヤ様が指示する方法で行います」
おいおい、エロ漫画みたいなこと言いだしたぞ。これはもう、危ない信仰を持つ団体の悪事を暴くため身を犠牲にした調査が必要だ。
「ちなみにだけど、係りの者にはクルエを選べるのか?」
改めて不躾に眺めるとかなりの美人さんで欲が出る。
「私は聖女です。国を導く立場で残念ながら手が回りません」
冷静な反応の間にちらりと嫌悪感が覗いたのを見逃さない。メガネに触れてやり過ごしても無駄だ。
「クルエの手が必要だ」
ここが攻め時とセクハラ上等、勇猛果敢に立ち向かう。適当な信者をあてがい自分だけが甘い汁を吸うなど笑止千万だと教えてやる。
「少し疲れが見えますね。今日はお休みになるのがいいでしょう。明日にはアオヤ様が好む女性たちを用意しますので、ゆっくり静養ください」
ある程度、無下にされないのを確かめられたのは大きい。誘拐か勇者召喚か、どちらにしろリスクを含んだ行為のはずだ。ピンチはチャンス。こうなったら上手く利用して恩恵を享受しよう。
●REC『異世界ラブホテル探訪シリーズ』 ――我々はラブホテルを撮影すべく、異世界の奥地へ向かった―― 七渕ハチ @hasegawa_helm
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