第8話尻穴令嬢は友達の尻穴を気遣う

 アレクセイの個展を開くことにしたエリザベータはがまずやったのは、芸術に明るい者と繋がりを持つことだった。かつての己の過ち、1人で抱え込むを矯正するためにも、先人に教えをこうことが大切だ。

 ジェイソンから紹介されたのは、アラントイン子爵だった。先祖代々多くの芸術家のパトロンをしており、幼い頃から美術に触れ、その審美眼は確かだ。

 アラントイン子爵にアレクセイの魔法陣を見せると、いたく感動していた。


「エリザベータ様、アレクセイ殿のこれはまだ、研ぎ澄まされていない原石でございます。しかし!磨かれていない今だからこその輝きがある!なんと美しい…この美しさは優しさ、親しみが全面に出た、まるで母君のような芸術だ!あぁ…あぁ…この先が見たいと思う私のことを、どうか受け入れてほしい」

「アレクセイ様は芸術を学ぶべきと…?」

「僕が…?」

「もちろん本人の意思が何よりも最優先でございます。しかし個展を開くのであれば、メインディッシュが必要になりましょう。それは人々が皆足を止めるものでなくてはならない。今のままでは、親しみやすくて人々が見逃してしまうのです」


 アレクセイは、どうしたいだろうか。


「エリザベータ様はどう思いますか…?」


 アレクセイの魔法陣がより美しく鋭さを持つならば見てみたいと思う。と同時に、エリザベータがこれを言えば、アレクセイは頷いてしまうとも思う。


「わたくしは、口を挟む権利はございませんわ。アレクセイ様が選ばれたものを、皆様に芸術として広めるだけですわ」


 アレクセイは、じっとエリザベータを見る。目というよりはそれよりも少し下…口の辺りをじっと見つめている。最近お気に入りのあのお姫様のリップクリームを塗った唇を。


「僕ずっと考えていたことがあるんです。その、お耳を拝借してもよろしいですか?」

「うん…?」


 アレクセイは背伸びをしてアラントイン子爵の耳元に唇を寄せる。背の高いアラントイン子爵は、ぐっと腰を屈めて、アレクセイの話を聞いている。写真!写真が撮りたいわ!すっごいかわいいこの構図!腰かがめてもなお届かないその背伸びがかわいい!

 これこそが芸術なのでは?最早アレクセイの存在そのものが芸術レンコンうんちの可能性でてきたな?

 なんて考えながら素知らぬ顔でついてきたマーガレットの方を向く。エリザベータに聞かれたくない話をするのにジロジロ見るのはまずいだろう。

 アレクセイの話を聞き終わったアラントイン子爵は、何事か考えた後、目をまん丸に見開いて笑った。


「すんばらしい着眼点だアレクセイ殿!君がその道に生きたいというならば、必ずやいい師をあてがうと約束しましょう!」

「ありがとうございます!エリザベータ様!僕、やります!絶対に喜ばせて見せますから!」

「え?えぇ!楽しみにしておりますわ!」


 よくわからないけど頷いておいた。



*****


 今日はアレクセイの魔法陣を応用した、赤ちゃん服の開発の集まりに参加している。アナールウォッシュの市民版の開発が、魔力充填装置待ちになったため、別の場所におのおの駆り出されているのだ。

 エリザベータはユイとともに被服品開発部に駆り出されていた。アレクセイの魔法陣を改造して、赤ちゃんが無意識に放出する魔力で絵が浮かび上がるようにする、貴族向けの商品だ。


「でもどうせならクマの絵じゃなくて、『ママだいすき』とか浮かんでほしいわ」


 ユイの言葉に女性陣が大きくうなずく。


「確かにそっちの方が需要がありそうね。『パパおつかれ』とか『お世話してくれてありがとう』とか」

「それ絶対可愛いやつー!めっちゃ欲しい今私が欲しい!」

「服の魔法陣はくまちゃんがいいな!そういうのアレクセイ様作ってらっしゃる?」

「それでしたら絵にメッセージを込める魔法陣を作ったらしたので、そちらの特許をお借りすればよろしいですわ!」

「アレクセイ様有能ー!」

「不敬で怒られるわよ。もう侯爵の御令孫でいらっしゃるんだから」


 そうなのだ。この間の9歳の誕生日に、アレクセイはアスタリスク侯爵令息に養子に入った。これで正式に今の侯爵の孫に当たることになる。アスタリスク侯爵、アナール商会に加えて、アラントイン子爵のところにも勉強に行くことになったため、早めの養子入りが決定したそうだ。

 とはいえまだ9歳であるので、休日の半分はコーモン家で過ごすという。アレクセイを多忙にしてしまった大半の原因が己であるため、エリザベータは彼にはことさら心を砕いていた。

 元々繊細な尻穴の持ち主である。せめてエリザベータといる時は尻穴の緊張を緩められるよう、穏やかに過ごせるように振る舞っている。最近では遠慮がなくなったのか、膝枕までねだってきたくらいだ。作戦は成功している。


 午前の開発会議を終えて昼食を取る時は、なるべくアナールウォッシュ開発部のみなさんと頂いている。


「おつかれさんですぅ」

「今日もシリカさんとデンは缶詰か」

「魔力充填装置開発部、佳境を迎えて魔境に変わったらしいで」

「アナール商会でも選りすぐりの変態てんさいが集められてるものね」


 この場合の変態てんさいは褒め言葉というよりは畏怖である。


「つくづく兼任していらしたシリカ様がいかに優れていたかを思い知りますわ」

「あん人も大概変態てんさいやからなぁ」

「アレクセイくんはどう?あの子もこん詰めそうなタイプだけど、元気してる?」

「えぇ、お元気ですわ!今日は夕食に誘われておりますの」

「アレクセイくんも頑張っとるなぁ」


 アレクセイはアラントイン子爵家での勉強を優先して、商会にはしばらく顔を出していない。エリザベータは邪魔にならない程度に息抜きに誘うつもりだったが、向こうからガンガン誘ってくるので、なるべく断らないようにしている。息抜き大切。尻穴センシティブ友達として、慰めになりたい。


「アレクセイくんといえば、こないだコーモン家のアナールウォッシュの意見票もらうときに、リドカイン氏とおるの見たけど、先生やってもろてるんかな?」

「リドカイン氏って、あの王室が傾くで有名な服飾デザイナーの方ですの!?隣国の方ですわよね!?」

「エリーちゃん聞いてない感じ?」

「なにも…お食事の時は、アレクセイ様からお話にならない限りは、わたくしから習い事について聞くことはございませんの」

「ええ女やなぁ」


 ポンポンと頭を撫でられつつも困惑する。リドカイン氏といえば、その美麗なデザインと本物志向の素材使いで、並大抵の貴族では手が出せないデザイナーである。アラントイン子爵であれば確かに知り合いではありそうだが、そんな方から教えてもらっているなんて…。


「なんだか、置いて行かれたようですわ」

「あら、かわいいこと言うじゃーん」


 ユイに抱きしめられたので、豊満なおっぱいに顔を突っ込んでおいた。


*****


 今夜はアスタリスク侯爵家にお呼ばれしてのお食事会である。


「エリーちゃんおつかれさま」

「アレクセイ様もおつかれさまでございますわ!」


 侯爵家への養子入りのお祝いをした時、頼み事をされた。

「エリーちゃんって呼んでもいいかな…?」

あの時の真っ赤っかな顔はとても愛らしかった。見つめすぎて返事を忘れてしまい

「だ、だめ…?」

と涙目で見てきたのもポイントが高い。ありがとうコーモン家のお父様お母様。あなたがたが可愛く産んでくださったおかげで、わたくし眼福でございますわ!


「今日は折りいって、エリーちゃんにお願いがあるんだ」


食事もメインに入ったところで、アレクセイが切り出す。手を止めてアレクセイを見つめ返した。


「実は、エリーちゃんと開く個展のメイン、ようやく決まってね。ドレスにすることになったよ」

「まぁ、アレクセイ様の魔法陣が入ったドレスですの!きっと美しいのでしょうね…。着られる方はラッキーですわ」

「本当にそう思う?」

「ええ!もちろんですわ」

「よかったぁ」


 あのね、とアレクセイは真剣な目をする。


「エリーちゃんにモデルになって欲しいんだ」

「そ、そんな大層な役割、わたくしに務まりませんわ…!きちんとモデルの方に頼まれたほうが」

「エリーちゃんじゃなきゃダメなんだ」


 低い声で言われて、ビクッと体が震えた。一瞬知らない人に見えてなんだか怖かった。


「エリーちゃんじゃなきゃ緊張でトイレから出て来れなくなる」

「そういうことならば!わたくしにお任せくださいませ!アレクセイ様の尻穴はわたくしが守りましてよ!」

「ありがとう!エリーちゃんならそう言ってくれると信じてたよ!」


 一気に破顔していつもの可愛らしいアレクセイに戻る。なるほど尻穴危機一髪に直面するとあんな顔になるのか。もしかしたらエリザベータも劇画調になっているのかもしれない。


「ドレスのデザインはリドカインさんなんだ!」

「待ってくださいまし!私の尻穴が危機一髪でしてよ!」


*****


進捗報告


「お祖父様、赤ちゃんという生き物は、うんちを発射できるそうですわ」

「なんで服作っててそんな話になったんだ?」


*****

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