第6話尻穴令嬢「この隙に尻洗え」
今日はアレクセイを初めてアナール商会に連れて行く日だ。途中アレクセイを拾ってから馬車に揺られる。隣に座るアレクセイはずっとお腹を押さえている。
「だ、大丈夫ですの?おもちになる?」
「もたせる…僕の威厳にかけて…」
下手に話しかけない方が良いだろうか。でもエリザベータが精神的にお腹が緩い時は、気を紛らわせると案外良かったりする。喋りかけつつ返答は要らないものにしよう。ジェイソンも一緒なので、2人に話しかける体でいこう。
「そういえば、先生に習った魔法陣でわからない式がございましたの。低い方から高い方へ風を流す魔法陣の式でして。何故低い側の魔法陣に魔力放出の式があるかわからなくて。魔力平均の法則でいえば高い側にあるべきでは?」
「魔力は…多いところから…少ないところに…流れる性質が…あるけど…例外があって…大気を扱う時は、気圧の少ない方に来ちゃうから…大気の流れの逆側に…魔力放出置くんだよ…」
「そうでしたの!」
「大気圧魔力干渉って言って…いずれ…習うよ…」
「だ、大丈夫ですの?」
「大丈夫…気がまぎれる…ほか…なんか…わかんないことある…?」
馬車の間中こんな感じで、エリザベータの質問に絶え絶えと答えるアレクセイの構図が、商会に到着するまで続いた。ジェイソンのなんとも可哀想なものを見る目が忘れられない。
なんとか持ち堪えたアレクセイは到着と同時に1番近いトイレに駆け込んでから、アナールウォッシュ開発部に遅れてやってきた。機密事項は話せないように組んだ魔法陣で契約しているので、情報漏洩は問題ないが、危うく下痢が漏洩するところだった。
「君がアレクセイくんだね。話は聞いているよ。大変だったね」
「いえ、皆様のおかげで助かりました。アナールウォッシュを開発していただいてありがとうございます」
「あー生の声いいわ。報われる」
「そうですわよね!わたくしもアレクセイ様の生尻話を聞いて興奮致しましたわ!」
「エリーちゃんそれは言い回しがアカンわ」
遺憾の意。アレクセイは少し戸惑った様子で大人たちとエリザベータを見比べている。
「エリーちゃん?」
「ええ、開発部の皆様には、親しく呼んでいただいておりますの。教えていただく立場ですので」
「エリーちゃんは貴族の嬢ちゃんらしからぬ時ちょいちょいあっからなぁ。慣れちまったわ」
「アレクセイくんは気品があっていいね」
「デン様!?シリカ様!?わたくし生まれついてのお嬢様ですことよ!」
ケラケラと笑う大人たちに、エリザベータは顔で威嚇する。お嬢様で生きてる6年間よりも、庶民でいた約20年間のが体に染み込んでいる部分はある。しっかり見抜かれているなぁと感じた。
「エリーちゃん…」
それでも戸惑っているアレクセイに、ユイがニタリと笑いかける。
「まぁエリーちゃんに畏まるならアレクセイくんにも畏まらなきゃね?未来の侯爵御令孫なんでしょう?」
「えっ!」
「アレクセイ様、どうぞこちらへおかけくださいませ」
「アレクセイ様、お飲み物はいかがいたしましょうか」
「アレクセイ様」
「や、やめてくださーい!」
わかる。アレクセイってなんかからかいたくなる可愛さあるよね。可愛い子ほど虐めたくなるというか、キュートアグレッションの感覚なのだろうか。
「わりぃわりぃ、でも8歳だっけ?かわいいねぇ。なんか得意なこととかある?」
「えーっと、特には」
あ、これなんかある顔だ。
全員の思考が一致した瞬間ではあったが、誰も深堀はしなかった。得意げに自慢してこない点からして、知られたくないのは確実。変に突くよりは信頼を勝ち取るのが先、とここまで全員の思考回路が同じ道を辿った。
*****
今日は生尻話の調査で、とある貴族の屋敷に来ていた。面子はユイとアレクセイとエリザベータ。この家は資金繰りに困っていて、被験者としてアナールウォッシュを提供して意見を聞いているところだ。
「旦那様の意見はかなり有意義でしたが、奥様の意見があまりなかったので…何か不具合があれば教えていただきたくて…」
「はい、あの、お金を頂いていて大変申し訳ないのですが…」
「ママ抱っこしてー」
「ママ絵本読んでー」
「ちょっと待っててねって言ってるでしょ!お菓子食べてて!」
「もうおなかいっぱぁい」
2歳と4歳くらいだろうか?屋敷に着いた時からずっと婦人にべったりである。アレクセイが何かしらを取り出して、夫人のそばに寄り添った。
「僕アレクセイ。お名前は?」
「レナータ!」
「ふぁちゃーる!」
「レナータ様とファサール様ですね。この紙、なんだと思いますか?」
「うさぎ!」
「ぴょんぴょん!」
子供たちがアレクセイの周りで飛び跳ねる。可愛らしいうさぎが描かれている。デフォルメよりはリアル寄りなそれは、うさぎの持つ愛らしさがよくわかる。
「では、魔力を込めてこのうさぎさんをなでなでしてあげてください」
「いいよ!」
レナータが紙をわしゃわしゃと擦ると、空中に魔力がキラキラと広がった。まるでルビーを散りばめたかのようなそれが、スルスルと集まってきてやがてうさぎになる。魔力で描かれた赤色のうさぎ。いままで見たこともない光景だった。
目を奪われていると、うさぎはあっという間にぴょんぴょんと走って消えた。ぴょんぴょんと走るたび砂のように魔力が散りばむのが綺麗だ。
あのうさぎの絵が魔法陣だったってこと?あんなの見たことない。
「ぴょんぴょん!ぴょんぴょんいた!」
「うさぎ出てきた!お兄ちゃん今の何!?」
「なんでしょー?もっと見ますか?」
「うん」
「いたい!いたい!」
「じゃああちらのテーブルでお絵描きしましょう」
「する!」
「しゅる!」
アレクセイは2人を連れて向こうへ行く。一瞬振り返ってアイコンタクトしていった。あまりにも幻想的な光景で、惚けてしまった。いかんいかん、仕事できているのだった。
夫人は大きなため息をついて、それからハッと口に手を当てる。エリザベータたちも気を取り直して婦人と向かい合った。
「し、失礼いたしました。その、いつもこんな感じで子供たちがじゃれついて来て…。お手洗いにいる間も、ドア開けて入ってきちゃったり、鍵閉めると泣き出しちゃったりで…ゆっくりできなくて…」
「わかりますよ。私も娘が3人いるので、息吐く暇なんて寝る前の数秒だけでしたもの」
「そうなんです…子供達は愛しているのに…しんどくて…」
「旦那様はお仕事がお忙しくて?」
「ご存知の通りうちは貴族といっても資産のない家ですから、夫が働いて何とかその月をやり過ごしている状況でして…私も家にいる間何かできないかと、被験者に応募したのに…申し訳ありません。打ち切りなっても仕方ないことと思っております」
「いえいえ、ご事情がご事情ですから、これからもできる範囲のご協力お願いできますか?」
「っ、ありがとうございます!」
子供達が無邪気に夫人に寄ってくる。
「みて!パンダ!笹食べてる!」
「ぞーさっ!おちゃ!おんでる!」
魔力で描かれたそれは、先ほどよりは簡素な動きをしている。先ほどのうさぎは以前から描き込んでいた魔法陣で、パンダとゾウはお絵描きと称して描いたのだろう。
それでも、どちらもキラキラと眩しく美しい。
「あらー!かわいいわね!こんな魔法陣みたことないわ!お兄ちゃんにお礼は言った?」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「あっとー!」
「どういたしまして…すみません夫人に見せるって言って…」
「大丈夫よ。ありがとうね」
ユイの言葉に得意げに笑うアレクセイは見た目通り8歳の男の子に思えた。
帰りの馬車で気になっていたあの魔法陣について聞く。
「ねぇ、あのうさぎの絵、魔法陣になってるの?」
「うん。昔から好きなんです。かわいいものとか、綺麗なものから、もっと綺麗なものが飛び出してくる魔法陣を作るのが。弟妹をあやす以外、…なんの役にも立たないと思ってたけど、今日は役に立てて良かった…」
「何も役に立たないなんて!大活躍だったじゃないアレクセイくん!それにあんな魔法陣みたことないわ!すごい発明よ!」
「うん、すごく綺麗だった!」
あの夫人を取り巻く光景をみて、考えていたことがある。エリザベータの家は裕福で、使用人もたくさんいるので、育児でこれと言って困ったことはなかっただろう。だが今日の夫人や、平民など、使用人を雇えない立場の人たちは、いつもあんな風に育児をしているのだろうか。
前世で子育て経験があれば、また視界が違ったのだろうが、今日見た光景は衝撃だった。あんなに四六時中まとわりつかれては、家事だってまともにできやしないだろう。
「ねぇ、アレクセイ様。例えば、今日のような魔法陣を、お母様が用を足している間だけ発動するようにはできますの?」
「用を足している間だけ…ですか?」
アレクセイは戸惑った顔をする。それに対してユイは前のめりで笑った。
「母親が任意の時だけ発動する魔法陣ってことでしょ?指定した魔力を込めないと発動しない式いれれば簡単よ」
「今日みたいな魔法陣組めば、あのご夫人もゆっくり用を足せるのではないかと思いましたの!」
「いいわね。手伝ってあげるから企画書出して伯爵に見せましょう」
「僕の魔法陣…役に立つの…?」
「あんな綺麗な魔法、人に見せなきゃもったいないですわ!」
アレクセイの手をガシッと手を掴むと、アレクセイは嬉しさから顔を赤くした。わかる。自分が人の役に立つって嬉しいよね!
*****
進捗報告
「名付けて『コノスキニシリアラーエ』ですわ!」
「企画書は87点。名前は絶対変えること」
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