第5話尻穴令嬢は尻穴令息と尻合う
ヒップスの問いに対する答えが見つからないまま、アナールウォッシュ初期型が発売された。シンプルに洗浄機能と便座の保温機能だけのそれ。貴族たちは様子見で、屋敷のトイレの1つに設置という家が多かったが、1週間もすれば追加注文がブリブリと入ってきた。
アナール家では、使用人用のトイレに2つ、一族が使うトイレに1つ設置された。メイド長のマーガレットが涙を流し、エリザベータに跪いて忠誠を誓ってきたのにはさすがに参ったが。メイド長を引退し、エリザベータの侍女として働きたいとまで申し出、ひと騒動だった。
そして今日、ジェイソンに呼び出され、アスタリスク侯爵との面会をすることとなった。なんでも、アナールウォッシュについてお礼が言いたいのだと。
アスタリスク侯爵夫妻は、小さな男の子を連れていた。名はアレクセイ・コーモン。アスタリスク侯爵家に将来的に養子に来る予定らしい。エリザベータより2歳上の彼は、おどおどと居心地悪そうにしている。
「ですから、アナールウォッシュのおかげで、アレクセイの尻穴の不具合について知ることができました。医師からも、引き続きアナールウォッシュで清めるようにと仰せつかっております。この度はなんて感謝を申し上げたらよいのか」
「こちらこそ、わざわざご足労いただいて感謝を示していただけるなんて光栄でございます。開発に携わるエリザベータにもいい刺激になるでしょう」
「生の意見、大変痛み入りますわ。今後も改良版を出していきますので、気になるものがあればご紹介いたしますわ」
「それはありがたい!…少し伺いたいのだが」
アスタリスク侯爵は、祖父としての顔から、侯爵の顔になる。
「この商品、最終的には市井での販売を考えているとか」
「…いやはや、さすがアスタリスク侯爵、お耳が早くていらっしゃる」
「なに、アナール商会が廉価版を市民に提供するのは良くあることでしょう」
「はは、して、それが何か」
「今のアナールウォッシュを、コーモン家に取り付けて頂くことは可能でしょうか?」
「…アレクセイくんのご実家に、ですか」
アレクセイは伺うようにジェイソンを上目遣いで見つめている。ジェイソンと視線が絡むと、びっくりしたように目を逸らした。
「実はアレクセイの尻穴の不具合は、親譲りとのことでして。養子を取るに当たってご実家との関係は強固にしておきたいのです」
この世界での魔力の強い平民は、大体赤ちゃんの頃には判明して、貴族への養子がきまる。と言っても実子を取り上げるような制度ではなく、きちんと双方の合意あってのものだ。
まさしくアレクセイがそのタイプだった。
強い魔力の使い道は貴族でいた方が多く、将来的にも稼げる。まだ両親といたい子供のうちは、習い事のように、貴族の家に通う。独り立ちする15の頃に養子となり、より社会に貢献しお金を稼ぐ。実家への支援は認められているため、子供たちも自ら養子を志願する。
幼いうちは貴族のことを親戚だと思う子も多いのだという。
アレクセイ・コーモンは平民に生まれながら、強い魔力を持ちアスタリスク家に通っていた。尻穴の危機をアスタリスク侯爵夫妻に伝えることができず、今回アナールウォッシュの使用で判明したと。
確かに切れてしまってからウォシュレット使うとめっちゃ痛いもんね…。そりゃ子供なら叫び声も上げるわ…。
「なるほど…エリザベータはどう思うかな?」
「今、魔力の弱い使用人用に開発中のものがございますわ。魔力強い者からの充填が1週間に1回必要ではございますが、そちらはコーモン様がしていただけるでしょうし…ただし条件がございますわ」
「なにかな?」
にこにこと穏やかな祖父とアスタリスク侯爵の視線。エリザベータが何を言うかはわかっている、という顔だ。
「被験者として、ご家族の方にもアナールウォッシュの使い心地を定期的にご報告していただきたいのですわ!尻穴の形は市井と貴族で変わることはないでしょうが、お手洗いの狭さや座り心地は違うかもしれませんもの」
「…アレクセイ」
「はい、両親と弟妹にも、僕から説明しきちんと報告いたします」
「でしたら被験者ですもの、無償で提供といたしましょう」
「!感謝いたします!」
「…おやおや、借りを作ってしまったかな」
困ったなんて顔を作って見せて、アスタリスク侯爵は笑う。想定の範囲内の発言だったのだろう、侯爵がエリザベータを見る目は、姪っ子を甘やかす叔父と同じだ。
「一旦コーモン家のトイレを工事前に確認させていただくとして、そうだな。…エリザベータ、アレクセイくんにお庭を案内して差し上げなさい」
「はい、お祖父様」
ここから先の話を聞くより、次代と仲を深めてこいということか。なるほどお祖父様。不肖の孫ですがその任務立派に努めてまいりましょう!
庭に向かう前に、とアレクセイに声をかける。
「コーモン様、もしよろしければお手洗いに行かれますか?」
「えっ、う、うん」
「マーガレットさん、ご案内して差し上げて」
「かしこまりました」
エリザベータの侍女兼教育係となったマーガレットが、そばのトイレをスルーして、向こうへとアレクセイを案内する。何も言わなくてもアナールウォッシュのトイレへ案内してくれるのは流石である。
*****
「僕も、僕の家族も、緊張するとお腹が緩くなるんです」
「わかります!わかりますわぁ!お腹はきゅるきゅる言っているのに、最初は出てくれないんですの!」
「そう!で、トイレから出たあと、今じゃない!って時にも催すんだ!」
「わかりますわあああああああ!馬車などに乗る前は5回ほどトイレにこもりますわ!」
「僕もそう!」
綺麗なバラ園を歩きながら話す内容ではないかもしれない。しかしマーガレットは目を伏せて深く頷いているのでOK!
「下痢した後はかならず便秘するし」
「赤べこのように同意ですわ!!!」
「あかべこ?」
「なんでもございませんわ!」
しまったつい前世が出てしまった。
「常に、その、おしりが痛いから、つい、アスタリスク侯爵夫妻にもぶっきらぼうになっちゃって…失礼を働いてしまうんです…」
「そんなお辛さを抱えてらしたのね」
「うん…アスタリスク家の皆様も家族になってくださるのはわかっているんだけど…どうしても緊張がとれなくて」
「平民から貴族に上がるご苦労は、わたくしには想像もつきませんが、尻穴の痛みを堪える苦悩は誰よりもわかりましてよ…!」
ふと、ぶっきらぼうという言葉に引っかかった。アレクセイ…アレクセイ・アスタリスク!?「その指先に甘い蜜」に出てくる攻略対象じゃないか!?
確かヒロインの2歳年上の先輩で、いつもトゲトゲしてる嫌なやつ!
思わずアレクセイを上から下まで観察する。クエッションマークを出しながら見つめ返してくる幼い顔は、あの嫌な奴の片鱗もない。ま、まさか尻穴が痛くてイライラしてた!?そんなことある!?
「ど、どうされましたか…?」
「い、いえ、アレクセイ様が誰かに似ている気がしたのですが、思い出せなくて」
「えっ、あ、はい…」
「アレクセイ様?」
「あの…」
カァッとアレクセイの顔が朱色に染まる。恥ずかしそうに口に手を当てる姿は、どこに出しても恥ずかしくない淑女の姿だった。
「名前を、呼んでいただけて、光栄です…」
「…あっ!」
ヤベェ。
「し、失礼致しましたわ。つい、その…」
「嬉しいです。貴族の歳の近い方と、話したの初めてで」
か、かわいいー!
「尻穴の話を聞いて、親しみを感じたのですわ!もしよろしければですが、わたくしとお友達になってくださりませんこと?その、こんなに共感し合えたのは初めてですわ」
こんなに可愛い子があんな嫌な奴になるわけないな!別人だろう!きっとアレクセイって名前の養子がもう1人いるんだ。そうに違いない。
アレクセイは花が綻ぶように笑うと、きゅ、と胸の前で拳を握る。
「僕でよければ、喜んで!アナール様」
「尻穴の具合も話した仲ですのによそよそしいですわ…エリザベータと」
「エリザベータ様」
どちらからともなく手を差し出して、両手で握手する。
「そうだ!アレクセイ様もわたくしと一緒にアナール商会にお勉強にいらっしゃいませんこと?」
「え、え?守秘義務とかあるでしょう?」
「そこはきっちり縛らせていただきますけども!思うにアレクセイ様は、大人と話すのが苦手でいらっしゃるのでは?」
「うん…確かにその傾向はあります」
「アナール商会には優しい大人の方々がたくさんいらっしゃいますわ!そこで慣らしましょう!」
「いいの…?ご迷惑では…?」
「わたくしがお祖父様に話をつけますわ!」
尚承諾はあっさり降りた。なんでもアレクセイの緊張しいを治す手伝いを頼まれて、アスタリスク侯爵に寄付金いっぱい頂いたらしい。やはりお祖父様世代は三歩先を歩いている。
*****
進捗報告
「アレクセイ様とわたくしは同じ尻穴のむじなでしてよ!」
「同じではないだろう…ギリギリ…」
*****
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