第4話尻穴令嬢は女主人になれるか
商品開発は順調に進んでいた。
「ビデは53度、尻穴は43度で決まりだな!」
「今後43度見るたびに『尻穴かぁ』って思う呪いにかかりましたわ!!!」
「ヒップス、尻感的にどう?」
「絶妙に弱くて新しい性癖に目覚めそうやなぁ」
「ハレンチですわ!」
「OKもう少し強くするからまだ目覚めないでくれる?」
「尻穴は穴3つがちょうど良さそうだな」
「おかしいですわ…尻穴は1人1つのはずでは…?」
そんな風に開発を進めていく中で、開発部の皆様の人生なども勉強させていただいた。
とある日の昼食中に、ユイのことを聞いた。
「あたしは、今どき風に言うならシングルマザーってやつよ」
「まぁ…!」
「3人目の娘が小さいうちに夫を亡くしてね」
「ご実家は頼られなかったのでして?」
この見た目なら、例え未亡人でも面倒を見てくれる男性なんて、掃いて捨てるほどいるだろうに。
「いやよ。元々駆け落ち同然で出て行ったの。戻ったら実家は誰かに嫁がせようとするからね。あたしにはあの人しかいないの」
「かっ、かっこいいですわ…」
「それに実家に戻ったら娘たちも同じ運命よ。あたしは娘にも好きな人と添い遂げて欲しいわ」
「女性1人でお嬢様方を育てるのは、ご苦労が忍ばれますわ…」
トンカツにかぶりついていたデンが、ユイの肩を組む。
「こいつ、貴族のお嬢様だったらしいぞ」
「えっ…!?」
「シューベルトだかなんだか」
「シュバルツよ」
ユイが呆れたように言った。シュバルツ…シュバルツ…
「シュバルツ侯爵家ですの!?」
「もう捨てた名だけどね。もし今アナール伯爵に拾われてるの知ったら、怒髪天かもしれないわね」
「あまり仲がよろしくないと聞いておりますわ…祖父とはどのように…?」
「んー」
懐かしそうに、ユイは視線を流す。その微笑みが綺麗だと、改めて思う。その美しさはきっと、1人で娘を守る覚悟を決めた女性の強さだ。
「仲が悪いのは親世代で、あたしたちには関係なかったわ。エリーちゃんのお母様と、女学生時代に交流があってね。お姉様って慕ってくれてたのよ」
「お母様と!?」
「あたしと夫の密会よく手伝ってもらったわ」
「お母様が!?」
楽しそうに笑うユイに目を白黒させてしまう。駆け落ちということは、旦那さんは婚約者ではない男性だったのだろう。その密会を手伝うとは。貞淑な母からは想像できないお転婆エピソードである。
「駆け落ちの日も手伝ってもらったのよ。懐かしいわ。今じゃ表立って会える関係じゃないからね」
「そんなことって…」
「だから、エリーちゃんに会えて嬉しいのよ、あたし。4人目の娘の気分ね」
「まぁ…!」
もしかして、ユイを開発に関わらせてくれたのは、ジェイソンなりの優しさだったのかもしれない。ユイのそんなエピソードに女性の強さを知った。
ある日は、デンの話を聞いた。
「うちは代々バーナード家の護衛業しててな。次男が俺」
「バーナード伯爵の!」
「でもまぁわかる通り、緊張しやすくて、とても護衛業なんて務まらねぇんで、こうしてモノづくりの道にきたわけだ」
「ご家族はなんと…?」
「まぁ、最初は怒り狂ってたが、どうにも使えないってわかったら、自活すんなら文句ねぇってよ。んでここで働き始めて嫁さんと出会って尻に敷かれてるって訳だ」
「御家業を継がないのは、大変なご選択でしょう…?」
話を聞いていたらしいシリカがケラケラと笑う。
「エリーちゃんと一緒で、繊細だけど大胆な子だったらしくてね。『護衛として働かせるなら、いつ脱糞しても良いって誓約書に名前かけ』ってバーナード伯爵脅したらしいよ」
「一緒にしないでいただきたいですわ!」
「バーナード伯爵大笑いしてたから、俺の勝ちだな」
「とんでもエピソード過ぎますわ!!!」
笑い話の形をとっているが、家族や将来の雇い主を納得させるためには、並大抵の努力ではないだろう。デンの持つ、自分で道を切り開く強さを知った。
ある日はヒップスの話を聞いた。
「ワシは方言でわかる通り辺境の出なんやけどぉ…実は辺境伯とは遠縁でなぁ。貴族ちゃうやんけどな」
「まぁ、ゴーン辺境伯の!?」
「うーん、で、ゴーン家のお家騒動知っとる?あれに巻き込まれそうに…ちゅーより旗頭として担ぎ上げられそーになってもうてなぁ」
「存じておりますわ!ゴーン家の作った借金で屋敷や領地を差し押さえて、頭をすげ替えようとしたアレですわね」
戦時中に作った借金が膨大すぎて、確か結構な騒動になったはずだ。結局辺境伯の借金は防衛費と私財にわけられて、大半が国のものとなったとか。その騒ぎに乗じてクーデターを起こそうとした者がいたと聞いたが、まさかヒップスが関係者とは。
「まさにその頭にされそうでなぁ。家族と夜逃げ同然で王都に引っ越したんや」
「それは…住み慣れた土地をそんな理由で追われるのは、さぞかしお辛かったでしょうに…」
「ワシは家族の無事が第一やからなぁ。今ははよ結婚せいってうるさくてかなわんけど」
「ふふ、仲がよろしいのですね」
「妹がおってな、2人がいいとこ嫁がんと、自分のこと考えられへんわ」
「よきお兄様ですわ」
仕事中は見せない兄の顔に、くすぐったい気持ちになる。思わず緩んだ顔をしていると、ふいにヒップスが真剣な顔をした。
「エリーちゃん、みんなの話聞いたやろ?どう思った?」
「え、と、皆様逆境の中強く生きてらして、素晴らしい方々と改めて思いましたわ」
「なんでワシらが強く生きられたと思う?」
「え?」
悩んでいるような、困っているような、諭すような顔。今から話すことは、エリザベータにとっては厳しい内容なのだと、その表情から悟る。
姿勢を正して向き直る。本来なら隠しておくべき過去を、エリザベータの未来のために教えてくださった皆様に報いたい。そんな思いが芽生えていた。
「聞き方変えよか。もうダメやって時、踏ん張るには何が必要やろ?」
「…気合い…いえ、違う…土台?」
「せやね、足元おぼつかなかったら、踏ん張れへんのよ。ワシらはね、アナール伯爵に土台を固めてもらったんや」
「お祖父様が…」
「気づいたと思うけど、アナール商会におる奴らは多かれ少なかれ、居場所を追われたもんや。伯爵は、そんなワシらに、ここにおってええよって居場所を与えてくれたんや」
アナール商会の成功、その陰にあるのは質のいい従業員だ。その原動力がジェイソンへの恩だとしたら、確かに稼働率が上がり、士気が上がり、生産効率が上がる。
先の大戦の爪痕は、大きく人々の暮らしに残っている。そこでジェイソンのように、居場所を与えてくれた人の存在は、何者にも変え難いだろう。
「生まれを捨てて、流れもんになってもおかしない状況で、当たり前のように居場所をくれたんや。人は財産や言うて、私財投げ打ってまでワシらの面倒を見てくれた。ワシらはみんな伯爵に感謝しとる」
「お祖父様…改めてすごい方ですわ…」
「エリーちゃんは賢い。商会の女主人になるんも、全然無理な道やない。ただ、誰かの居場所になるっちゅー覚悟が足りん。このままやと、アナール家の姫として大切にされても、ついて行きたい主人とは、認識されへんと思う」
その通りだ。だってエリザベータは、尻穴が痛いから商品を開発したいだけの我儘な子供でしかない。従業員全ての生活を背負う覚悟など、決まるはずがない。
「エリーちゃんはどうしたい?どんな人でいたい?」
ヒリヒリと尻穴が痛んだ。
*****
進捗報告
「生理の時は便秘になるタイプと下痢になるタイプがいらっしゃるそうですわ!」
「忘れたい情報ありがとう」
*****
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