第3話尻穴令嬢は開発部と面会する
祖父ジェイソンとの会合から2日後、エリザベータはアナール商会の建物に呼び出されていた。開発に携わってくれる人たちの紹介及び今後のスケジュールの確認だそうだ。
「こちらが今回のアナールウォッシュの原案を書いた私の孫、エリザベータだ」
「エリザベータ・アナールでございますわ!よろしくお願いいたしますわ!」
すでに緊張で腸の調子が超悪い。別にライムなリリックを刻んでいるわけではない。
目の前にいるのは男性3名、女性1名だ。
「開発部長を務めることになりました、シリカ・ゲールです。最近良いお肉を食べると下痢をします」
「なぜ腸内環境までご報告なさったので?」
40代後半くらいだろうか。白髪の混じった髪をオールバックにした姿は、どこぞの執事と言われた方がしっくりくる。
隣にいる女性は、スーツのボタンが弾け飛びそうな巨乳のお姉さんだ。20代にも40代にも見える不思議な美女だ。
その隣はスーツ越しでもわかるムキムキのマッチョだ。護衛のほうが向いてそう。
そして最後に優男のイケメンメガネ。
巨乳のお姉さんがスッと手を挙げた。
「主に魔法陣開発を担当するユイ・ケツカです。生理の時に下痢します」
「そんなセンシティブなことはお隠しになってくださいまし!」
「主に魔法具開発のデン・ブイです。すでに緊張でお腹がきゅるってます」
「マッチョなのに繊細ですわ!」
「補佐のヒップス・チャンラーですぅ!毎朝健康にうんち出しとりますわぁ」
「こいつ敵ですわぁ!!!」
はっ、もしかして皆様場を和ませようとしてくれているのかもしれない。ここはわたくしも気の利いた挨拶を!気の利いた挨拶ってなんだ?うっ、緊張でお腹が…!
「わ、わたくし見ての通り今時の若者ですので、叩くと折れるし褒めても何も出ませんわぁ!」
「伯爵ぅー!ワシこの仕事降りてええっすかぁ?」
「褒めたら下痢以外の何かが出るようになるのが目標ですわ!」
「やっぱ面白そうなんでやらせてもらいますぅ」
ヒップスがケラケラと笑っている。なんだこのチャラ男(敵)、人の精一杯の挨拶を馬鹿にしやがって。苦笑いしながらシリカが頭を下げる。
「お嬢様の開発資料見させていただきました。6歳とは思えないほど出来の良い資料でした」
「身に余るお言葉ですわ!ちなみに部下の方が持ってらしたら?」
顔を上げたシリカと、ニコリと微笑み合う。
「てめぇ寝てたんかくらいですね」
「本当に身に余るお言葉でしたわ!!!」
「お嬢様には報連相を徹底していただきたく」
「ご忠告痛み入りますわ!」
お前バカだから1人でやるなと遠回しに言われた。が、頑張って作ったんだけどなぁあの資料…。それと気になったことがある。
「お嬢様はやめてくださいまし。敬語もいりませんわ。わたくしはここでは何も知らない小童ですわ。エリザベータと呼びつけてくださいまし」
エリザベータは確かにアナール伯爵家の孫だが、少なくとも開発部にいる間その権力にすがるつもりはない。もちろんジェイソンだってそのつもりだろう。経験を積ませるために現場に入れてくれた。ならばここではわたくしは、ただ原案を出しただけのエリザベータでしかない。
美女がジェイソンに視線をやる。
「よろしいんですか伯爵」
「構わんよ。教えをこう側が畏まられても、いたたまれんだろう」
「皆様方よろしくお願いいたしますわ!」
「じゃあエリーちゃんやなぁ!よろしくぅ」
ヒップスに手を取られてブンブンと握手される。もしや良い人かもしれない。敵だけど。
シリカが手元の書類を見る。
「スケジュール的に最初の型を出すのが3ヶ月後になる」
「たった3ヶ月ですの!?」
「あら、ずいぶん余裕があるのね」
「今回の案件は孫の勉強も兼ねてる。教えながらやってくれ」
「余裕なんですの!?」
商品開発ってそんなスピード感なんだ。前世ではそういう仕事に関わったことがないから知らなかった。
「エリーちゃんにはしばらく私についてもらうよ。私は魔力充填装置の開発部員も兼任しているが、気になるならついてきていいし、アナールウォッシュに専念したいなら、私のいない時はヒップスについてくれる?」
「うっ、気にならないと言われれば嘘になりますが、わたくし実力不足なのは痛感しておりますので、アナールウォッシュに専念しますわ」
ジェイソンに聞けば元々小型の魔力充填装置は開発中なんだとか。本当に、周囲に確認しないから遠回りしてるのだと痛感した。
「たまに、お話を聞かせてくださいまし」
「いいよ。エリーちゃんの好奇心は大事にした方がいいからね」
ロマンスグレーのナイスミドルにエリーちゃんって呼ばれるの、性癖に響く。
*****
「外国にはビデっていうのがあってね。本来は水道があって手で洗うんだけど。ビデ用のノズルもつけましょう。生理と産後の時にあれば重宝するわ」
「角度が違うから2本にしちまうのが効率いいよなぁ」
「開発自体は1本も2本も変わらないからいいと思う」
スケジュール確認の後、時間が勿体無いので案だしもしとこうとなり、そのまま会議室でミーティングが行われることになった。
「わ、わたくし、あったかい便座が欲しいですわ!」
「おっエリーちゃん意見出せてええね!その心は?」
ヒップスに促されて頷いた。
「お腹を下している時に、便座が冷たいと痛みが増す気致しますの。あたたかい、体温より少し高いくらいの便座があればと」
「わかる」
デンが深く頷いた。繊細な腸を抱えた仲間だと思うと、その肩をそっと抱きたい気持ちに駆られる。
「ホカッパラに使った熱伝導体を魔力で揺さぶる方法はどうかしら?」
「あー、でもあれ使い捨てだろ?」
「初めは使い回しで考えてたのよ。素材はアセタート水を使って放出してる魔力に反応するように」
「微弱魔力を流し続けるってことか?」
「微弱魔力を流し続けるんは、医療機器でもあったなぁ」
「資料もらいましょう」
「アセタート水だと熱量が足りないと思うんだよな。便座の素材的に。もう少し熱量あげて便座の厚みでぬるくするほうがいい」
「熱伝導体のレベル資料なかったかしら、ヒップス資料よろしく」
「はいはいっと」
「医療機器行くなら温熱治療器の資料も頼む」
「はいよ」
デンがそっと手を挙げる。
「女性子供と男性が使うなら、ノズルの勢いも調節したい。調節の数だけ魔法陣用意する方法なら魔力の微調整いらないだろう?」
「あら、ノズルの大きさ調整で湯量調節してもいいんじゃないかしら?」
「やるなら穴を複数にして個数で調節かな。そっちの方が魔法陣面倒じゃないか?」
「面倒かどうかよりも魔力コストね」
「デン、ユイ、それは上位モデルでやりたいな。そこまで必要ない貴族もいる。伯爵はできたら即販売、改良を繰り返せと仰っていたよ」
「売り出す時にそれとなく情報として出すのがいんじゃない?こういうのも開発してるからねって」
「ヒップス、販売部に根回し頼めるかい?」
「はいよー」
め、目まぐるしい…!
前世事務職にはついてけない速さで話が進む!
「と、エリーちゃん大丈夫かい?」
「ちょっと、速すぎて何が何だか…」
「今までで何か聞きたいことはあるかい?」
「…恐らく話の3割程度しか理解できてませんわ」
ふむ、とシリカは顎に手を当ててエリザベータを、じっと見据えた。何事か考え、ふと合点のいったように瞬きをする。
「私たちは、エリーちゃんは伯爵のような、商会を仕切り、開発にも携わるアナール家の女主人を目指していると思ったのだけど」
「えっ!?ち、ちがいますわ!わたくしは!」
「その様子だとそうみたいだね。君はそんな大きな野望を抱いていない」
「あらそうなの?てっきり今の時代の象徴となる女性になりたいんだと思ってたわ」
「ともかく場数に慣らして、って感じじゃねーのか」
「ふーん、そんならエリーちゃんはどんな未来ええの?」
なるほど、先ほどまでのスピード感は「エリザベータは女主人を目指している」前提の、まずは現場に慣れさせるのが目的だったのか。そこでガツガツしていないエリザベータに気づいたと。
ということは、ジェイソンは第2の自分…いやあの人はそんな殊勝なこと考えるタマではない。自分を超える者としてエリザベータに期待した。
「わ、わたくしは…将来のことは…まだ」
「でも早いとこ決めちゃわないと、伯爵はその気よ?」
ユイの言葉は最もだろう。そしてジェイソンの期待もまた、納得できる。けれど実際のエリザベータは前世の記憶があるだけの、尻穴がセンシティブな令嬢でしかない。
突然、デンがガシガシと頭を撫でてくる。
「6歳にしては肝の据わったお嬢様だと思ってたけど、なんだ子供らしいとこあんじゃねーか」
あっちゃならないんだけどなぁ!これでも20年は生きていたんだから!
でもこの世界にきて感じるのは、前世での自分の幼稚さだ。あの時代は、幼稚であることが求められていたのではとすら思うほど、今世とは価値観が違う。
「生まれついた家は変えようがないけれど、これからの時代は女も生き方を選べる時代よ。せいぜいいっぱい考えなさいな」
「応援するでー!伯爵敵に回すんは無理やけどね」
「ここでの経験がきっとエリーちゃんの将来の糧になる。そんな時間を過ごそうね」
優しい「大人な人たち」に囲まれて、エリザベータはじわりと涙腺が緩む。
「はい!ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますわ!」
*****
進捗報告
「尻穴を引き締めて参りますわぁ!」
「うん、まぁ、できれば引き締めておいてほしいとは思うな」
*****
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