神之原祈音の憂鬱③
カコーン、と庭の鹿威しが鳴る。
池の鯉達が自由に泳ぐ。
「祈音」
「御兄様!」
庭でぼんやりと立っていると、御兄様が隣に立っていた。
「…祈音は、嫌かい?」
「え?」
思わず、御兄様を見上げる。
「このしきたりだよ」
御兄様は、前を真っ直ぐ向いたまま、私にしか聞こえない声量で呟いた。
「…母上が亡くなって、父上は他家の女と家庭を築いている」
「……え……」
理解出来ない。脳が、その事実を受け入れることを拒否している。
「…今夜、話すよ。祈音、どうか後悔をしない選択をしなさい」
「…はい、御兄様」
夕方。
全員を見送り、私は御兄様の部屋にいた。
「御兄様、お話くださいませ」
「…どこから話せば良いのやら…」
「…御母様は、どんな御方だったのですか?」
私が知っているのは、私を産んだ直後に霊力が枯渇し、大量出血で亡くなったこと。
「母上かい?そりゃあもう、祈音そっくりだよ」
くすくすと笑う御兄様。
「そんなに、ですか?」
「うん。外見も、性格も…悲しいほどに、瓜二つ」
「御兄様…」
「今度、アルバムを見せるよ。今の祈音と、昔の母上は、本当に瓜二つだよ…」
顔を歪める御兄様。
私は、そんなに御母様と瓜二つなのかと驚いた。
「…父上には、愛人が居るんだ」
「!庭で言っていた…」
「うん。…今はその愛人と、愛人との間に産まれた子供と暮らしている」
「そんな…」
「神之原一族に何かあった時だけ、我が家…神之原本家に顔を出すんだ」
「っ、最低です…そんなの、私許せません!」
「僕も許せないよ。だから、御祖父様や御祖母様が追い出しているんだ」
「御祖父様達が…」
いつも朗らかに笑い、穏やかな性格の御祖父様と御祖母様。
その2人が追い出すなんて、余程のこと。
「祈音。御祖父様達からしてみれば、大切な愛娘を
「…全員?」
「祈音、母上は神之原一族の者だよ。当然、しきたりに従う。つまり、母上には父上以外にも、最低二柱の旦那が居るんだ」
「確かにそうですね…」
考えてみれば、当然の事実。
御母様は神之原一族の娘で、三柱…御父様以外に二柱の旦那が居る。
でも、全員に捨てられた…?
「…その旦那達も、家庭をそれぞれ築いている」
「え、」
「母上は、彼等の中では居ないことになっているんだ」
「酷い…」
私は、言葉を失った。
御兄様は、言葉を続けた。
「だからね、祈音。僕は、祈音が母上のようになるのを防ぎたいんだ」
「…けれども、あの6人が神之原一族にとって必要な存在なのも事実」
「祈音は、誰と結婚したい?」
無言でいると、御兄様は困ったように笑みを浮かべた。
「祈音は優しい子だからね、全員と結婚するなんて言うだろうな。…兄として、祈音を全力でサポートするよ」
「御兄様」
「ん?」
私は、御兄様の目を真っ直ぐ見つめた。
「私、全員と結婚します」
「!…ふふ、分かったよ。また今度、あの6人を交えて、今後について話し合いをしようか」
「はい、御兄様」
八百万の神々に愛されし少女は天帝遣也 中太賢歩 @YAMI_SAKURA
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