第5話 もう少し、慎重になりなさい
……第三皇子龍煌蔣の顔を見れてよかった。
屋敷に戻りながら、今日のことを思い返す。連珠も冬嵐も私の話を聞いてくれないというので、誰にも話せず、一人胸の中で思い出すしかない。
黒い髪に黒曜石のような瞳。噂にたがわず美男子であった煌蔣に私の頬は緩んだ。花街一の花魁と並んでも煌蔣には敵わないだろう。さすがに美しすぎる彼を思い浮かべ、自分と比べてため息をついた。
「何を辛気臭いため息なぞ、ついているのだ?」
いつの間にか大府についたらしく、その門前で大男が私を睨みつけていた。後ろの二人は「ひぃっ」と小さく悲鳴をあげていたが、私はその大男に微笑みかけた。
「ただいま戻りました。お父様」
「……戻りましたではないぞ? 桜妃、あれほど、今日は、街へ出ることを禁止したにも関わらず、」
「お父様、どうしても、殿下を見たかったのです! 一の兄君のときも二の兄君のときも、お父様は、許可してくれなかったではありませんか! 私は、私は……」
「それほど、皇族に関わりたいと申すのか?」
道端で一喝され、うなだれそうになるが、私は負けない。父の感情が高ぶるの感じたのか、副官の李柳が止めに入った。
「旦那様、ここは往来ですので、せめて中に入ってからでもよろしいのではありませんか?」
周りを見渡せば、父の大きな声に驚いて道を歩いていた者たちが歩みを止めて親子喧嘩を見ていた。父は私の襟ぐりをひっつかみ、屋敷の中へと引きずり込まれた。その後ろを連珠と巻き込まれた冬嵐が小さくなってついてくる。
「それで、見に行った感想はどうだったんだ?」
「へっ?」
「どうしても見に行きたくて、言いつけを守らず、屋敷から抜け出したのだろう?」
「……そうだけど、聞いてくれるの?」
大きなため息とともに、侍女たちにお茶の用意をするように命令を出すと、東屋に連れていかれた。座ると同時に謝ろうと思ったが、時すでに遅し……拳骨を一つ食らったあとだった。
普通の令嬢なら、そんなことはされないだろうが、武闘派の父は、私への制裁を加えた。書の書き写しでないだけ、まだましだと思いながら、頭をさする。
「お父様は、お会いしたことがあるの?」
「……城に務めていれば、普通に会うし、指南役もしているから、ちょくちょく顔を合わせる」
「そうなんだ。なのに、何故、私には合わせてくれないの?」
大きなため息をひとつした父は少し困った表情を見せる。一瞬のことだったが、私は見逃さなかった。
「それは、桜妃が皇族と関りを持たないようにと考えているからだ。わかるだろう? 年のころは、皇子たちとつり合いが取れる。私の職を考えても、桜妃は、妃候補として名が上がる。もう少し、慎重になりなさい」
父の想いが伝わり、申し訳なく思った。それは、何より、父が私のことを思ってくれている証拠だったからだ。
「……ごめんなさい」
静かに父へ謝罪をすると、「いいんだ」と父は呟き、こぶになっている頭をそっとなでてくれた。
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