第4話 青髪ゲスイケメンに叩き込む正拳上段突き

「待たせたな全魔界の同志達よ! 今日この時より、次期魔王継承戦の開幕を宣言する‼︎ 皆血を、魂を滾らせるがよいッ‼︎‼︎」


 荒れ狂うような歓声、怒号が埋め尽くす吹き抜けの闘技場――まるで古代ギリシャのパンクラチオンを思わせる円形の建物には、いかにもな正方形の闘技台とその上に大きな水晶玉が浮かび、闘技台の様子を見下ろす観客席がぐるりと囲っている。


 そして観客席を埋め尽くす様々な、それこそ元の世界の人間と似たような格好をした魔族達は、闘技台の上にいる俺達に、もしくは見晴し台の魔王に注がれていた。


「ルールは三つ! 今から一月後から行われる第一戦まで何をしても、どんな手を使ってもよい。己の力を高め闘いに臨め! 勝利した者はこの銀剣で相手の心臓を穿て! そして最後の一つ……」


 魔王が手に持っていた銀色の剣と、真っ黒なクリスタルをこれ見よがしに掲げる。


「この闘いが終わるまで、いかなる理由があろうと闘技者に手を出すことは許されん! 闘技者を殺せるのは闘技者と、例外的にその召喚者だけとする! よってここに強制の呪縛を発動する!」


 その声と同時に、黒いクリスタルが鈍く輝きだした。その黒い光――闇は徐々に大きくなったかと思うと、キンッッと――まるで暗闇に初めて生まれた光のように、この闘技場を、魔界の全てを照らした。


(強制の呪縛? これが魔王の魔力特性……いや、魔法の方か? 規模観が分かんねーけど、言葉通り受け取るならそういうことか……いや待て俺、そんなことより……) 


「見事優勝を果たした闘技者には勝ち獲った全ての魔力特性を、その召喚者にはどんな願いも一度だけ叶う『至宝の魔杖』と魔王の座を与える! ……それではこれより魔界が誇る十六柱と、彼らに召喚された勇気ある闘技者達の紹介に移る! まずは――」


 勝手に盛り上がってる魔王を尻目に周りを観察する。セラと同じように扇情的なドレスに身を包んだ黒髪美人や金髪ツインテールのロリっ娘、ロールパンをぶら下げた髪型のお嬢様っぽい女、青髪のキザったらしいイケメンや全身真っ赤な暑苦しそうな奴など、どこぞのアニメキャラか動画配信者みたいな魔族が立ち並んでいる。


 そしてそいつらの後ろに連れられているのは……。


「――セラ、なんで俺と同じ日本人ばっかなんだ? 世界中からランダムに呼ばれたんじゃねーのか?」


 そう、そこに並ぶ顔立ちはどう見ても俺と同じ日本人。それも下は高校生くらいの男女から、上は五十代くらいの迷彩服を着たイカついオッサン、中には二十代くらいのOLっぽい服装のお姉さんまでいる。


 こんなの日本人が故意に選ばれたか、乱数調整されたとした思えない。


 そしてもう一つ、どうしても気になることがある。


 彼らの目は召喚者であろう目の前の魔族に怯え、または光のない目で呆然としているのだ。


 すると俺の疑問は目の前にいるセラ――じゃなく、見晴し台に立つ魔王が代わりに答えた。


「人種によって身体能力に差が出ぬよう一つの国から選ばれるのが習わしだ。継承戦は公平かつ厳正に行われなければ無意味だからな」


 地獄耳。流石魔王だ。だけど気に食わねえ。


「んなこたぁどーでもいいんだよ! なんでみんなこんな顔してんだ! これじゃまるで……ッ!」


 小さな、俺を蔑むような笑いが聞こえた。それは召喚者の一人、青髪キザ野郎から漏れたモノだったが、やがて他の召喚者に、そして開場中に伝播したように嘲笑が広がり、あっという間にゲスな笑い声の大合唱へと変わった。


「なに笑ってやがんだてめえら‼︎ おい青髪! てめえそのお姉さんに何しやがった! 答えろよ‼︎」


 すると青髪はニヤつく口元を隠していた手を下ろし、まるでゴミを見るような目を俺に向けた。


「ククッ……あまり笑わせるな人間。お前達は見世物、我らに召喚された玩具に過ぎん。ならばその玩具をどう扱おうが僕の自由だろう。くははははっ!」


「…………は?」


「物分かりの悪い奴だ。だったら教えてやろう。一週間前、この豚――明日香を召喚してから寝る暇も与えず、穴という穴を犯し続けた。家臣達もいい玩具だと喜んでいるよ。最近は自分から咥えて腰を振るように――」


 まるで誇るように、それでいて心底愉快そうに語るゲス野郎。だがその言葉はもはや俺の耳に入ってこなかった。


(……こいつ何言ってんだ? 見世物? 玩具? 俺達人間が? ……なんでこいつら、笑ってんだ?)


 理解できない。いや、脳が理解するのを拒んでいた。


(ああそうか、魔族ってようは悪魔のことなのか)


 スッと理解できたのはそれだけ。ただ無意識のうちに拳を握っていた。


「…………す」


「んー? どうした人間? ……貴方らしくないですねセラ様。この人間、躾ができていないようで……ぐぶっ⁉︎」


「殺すぞてめぇ!」


 正拳上段突き。組手でも試合でも寸止めしていた突きは、意識しないまま白い魔力を纏い、初めて人のカタチをしたモノにぶち込まれた。


 鼻の軟骨が潰れる感触。ぬちゃりと湿った粘液の音。そのどれもが不快で、だけどこれっぽっちじゃ全然足りない。


「もう一発――」


「やめて流斗! 下がって!」


 しかし右の引き手に連動した左手が二発目をぶち込む前に、セラの大声に静止させられた。


 見るとゲス野郎の体からドス黒い――深淵を思わせるような闇が噴き上がっている。そしてその顔には、さっきまで無かった黒い刺青のようなモノがびっしり浮かび、ゲスな笑いは怒りの形相に変わっていた。


「あいつは――ロイドはローエンド公爵家の長男。黒の魔力を持って生まれ、百歳で柱になった化け物よ。今の流斗じゃ一瞬で――」


「殴ったなァァアッ⁉︎ 僕の美しい顔を! たかが人間の貴様ガアアアッ‼︎ 殺す、殺すころすコロスコロスコロスコロスッッ‼︎‼︎」


 戦慄――なんて生ぬるい。一瞬で死を覚悟した。


 俺の体は、怒り狂った悪魔に睨まれた蛙のように硬直し、時間が止まったように極限まで引き伸ばされる。


 その永遠のような時間の中、悪魔の体から噴き出した闇が、黒い翼を生やしながら飛び掛かってくる真っ赤な目の化け物が、猛獣より凶悪な牙が、その全てがハッキリ見えた。


 だが――――。


「グガッ⁉︎ ガカ……こ、これ、は……」


 俺の顔が食い千切られる直前、化け物の体は何かに縛られたようにピタリと止まった。


「早まるなロイド・ローエンド。わしの呪縛はたとえお前でも破れん。大人しく引け」


 魔王の地鳴りのような声が響いた。


「で、ですが魔王様!」


「二度は言わん。それにその人間は我が娘セラの闘技者。お前は自分が何をしようとしていたか分かっておるのか?」


 腹の底に響く、腹の底から原始的恐怖が湧き上がる悍ましい声。厳格で荘厳で、しかし世界を滅ぼしそうなほどの怒りが込められていた。


「も、申し訳ありません、魔王様……」


 すごすご引き下がったロイドは、もう一度俺を睨み付けると元の立ち位置に戻った。


(……これが魔王……ただのオッサンじゃなかったのか……)


 ロイドに感じた死の恐怖。それすら容易く飲み込んだ魔王は、長らく中断していた闘技者と召喚者の紹介を再開した。


 しかしすっかり静まり返り、自分が唾を飲み込む音すら聞こえそうな闘技場で、その内容を聞いていた者は恐らくいなかった――――。




『――ではこれにて開催式を終了とする。対戦カードと対戦日は、試合の前日に召喚者に伝えよう』


 魔王がそう締め括りお開きになった開催式。各々の召喚者は闘技者を連れ会場を後にし、俺とセラもそれに習った。


 今は再び魔王城の一室。セラの自室でベッドに寝転んでいた。


「……なあセラ。俺達って……人間ってなんなんだ?」


 全裸で、俺の股間を弄るセラに問いかける。こんな情緒じゃ勃つモンも勃たねえ。


「人間は人間だよ。二千年に一度召喚される闘技者、供物、玩具、性欲の捌け口」


 返ってきた返事は絶望。ハロー絶望こんにちわ、てめえなんかクソ食らえだ。


「だけどね」


 悪魔が――セラが俺の体にピッタリと寄り添ってきた。


「私はそんなの許せない。貴方達人間がそんな風に扱われるのを見たくない。……だから魔王になりたいの。魔王になって、こんな戦いを未来永劫無くしたいの」


「セラ……」


「だから協力して流斗。魔界の……ううん、貴方達人間のために、私に力を貸して」


 セラは悪魔なんかじゃない。単純かもしれないが、俺は確信した。


「信じて……いいのか?」


「うん。私は流斗の味方。だから私だけを信じて。他の魔族達の言うことは信じちゃダメ、聞く耳を持っちゃダメ。この世界で、私だけが流斗の味方だよ」


 腕に当たる大きく柔らかい膨らみ。俺に顔を近付けてくる絶世の美少女。取り巻く状況は最悪だが、俺はセラに――確かな希望を見出した。


「信じるよ、セラ。俺はお前だけを信じる。お前を魔王にしてみせる。教えてくれ、どうしたら強くなれるのか。どうしたらこの下らねえ戦いで勝ち残れるのか」


 もはや懇願だった。当然だ。頼れるのはセラ一人。セラだけが心のよりどころだった。


「……それにはまず」


「それにはまず?」


 子供のように聞き返す。


 セラは「ふふっ」と妖しく笑い、その瑞々しい唇で俺の口を塞いだ。



「……たーっぷり、シよ?」



 蕩けて混じり合う熱と快楽の渦は、『セラが魔王の娘』だという事実を、意識の海に沈めていった――――。

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