第5話 修行パート1
――――あれから二週間。
俺は現在、城の中にある練魔場というバカでかい空間にいた。
建物の外観はゲームのセーブポイントとかでありそうな幻想的で小さな祠だが、その中央のガーゴイルみたいな石像に触れると、周囲を闇で囲われた闘技場のような空間に飛ばされるのだ。
もちろんこの場には俺とセラしかいない。俺達以外の魔族がいるところも見たことがない。完全に密閉された、秘密の修行場のような場所だ。
「うし、もうほとんど意識しなくても魔力を保てるようになったぜ? 次は何したらいいんだ?」
「うん、やっぱり流斗才能あるよ。魔力量も順調に増えてきたし、そろそろ魔力特性や魔法のこと教えてあげるね」
「ああ、頼む」
俺の全身は白い魔力にゆったりと包まれている。その色は以前のモヤからハッキリとした、だけど半透明な白色をしており、軽く意識するだけで大きさを変えたり、体の各部に集められるようになった。
(にしても不思議な感覚だな。力が自然と湧いてくるし、毎晩あれだけシても全然疲れねえし萎えねえ。いや、それどころか……)
何度か説明されたことはあったが、本当にセラと行為する度に魔力量が増えていく実感があった。
お陰で朝まで寝ずにすることも多々あり、眠気も全然湧かない。というか最近はずっとそんな感じで、その間もずっと魔力を保っている。なんだか人間離れしてきた気がする。
(……やべ、思い出したらまた…………)
不覚にも反応してしまう体。セラもそれに気付くと、「……ふふ、先にシよっか?」と淫靡に笑いかけてきた。
最初の頃はぎこちなく、恥ずかしがっていたセラも、今では餌を目の前にした肉食獣のような表情をするようになってしまった。
「いや、今は修行に専念したい。続きを頼むよ」
だが俺はセラを魔王にすると約束した。何か大事なことを忘れてる気もするが、今は強くなることが最優先だ。
「残念……。まあいっか、いつでも、いくらでもできるしね。ふっふっふっ」
途端に無邪気な子供のように笑うセラ。このギャップもあって、どれだけ交わっても俺はセラに夢中になっていた。そしてその度に、不安な気持ちが薄れていくのだ。
「それじゃあ説明するね。まず魔力特性は、魔力そのものが持っている性質みたいなもの。魔族によって性質が異なってて、その魔族の本質によって決まるものなの。体を大きくしたり、別の物に変化させたり色々あるんだけど、共通してるのはあくまで自分にしか影響を与えないってこと」
「なるほど、個別のスキルってことか。能力バトルっぽいな」
「うん。それで魔法は魔力特性が発展したモノ。自分以外の相手や物、空間なんかにも影響を与えられるの。……だけど魔法は黒の魔力を持った魔族の中でも極一部しか使えない。だから魔法を使える魔族は『柱』と呼ばれ、他の魔族から尊敬と畏怖の対象になるのよ」
……意外だった。こんな現実離れした魔界や魔族が存在してるんだから、魔法ももっと手軽なモノかと思っていた。
(つまり『柱』ってのはただの称号じゃない、本当に特別な存在なのか。……って、そうなると……)
「つまりセラも魔法を使えて、俺も同じ魔法――いや、魔力特性を使えるってわけか。どうしたら使えるんだ? それにどんな能力?」
するとセラは待ってましたと言わんばかりに大きな胸を張りドヤ顔になった。
「ふふん、待ってました!」
本当に言った。
「魔力特性は魔力に備わった性質。だからその性質を理解したら、軽く念じたら使えるようになるの。そして私の魔力特性は…………うーん、これは実際に流斗に使ってもらった方が分かりやすいかな」
セラが俺の顔を引き寄せ、大きな谷間に埋めてくる。すっかり触り慣れたこの感触だが、やっぱり体が反応しそうになる。
「……目を閉じて流斗」
甘い囁き。耳と脳が溶けそうだ。
「流斗が一番嫌いな、死んでほしい相手を思い浮かべて」
だがその内容はデンジャラス。可愛いのにやっぱり悪魔――いや魔族。
素直に嫌いな、死んでほしいとすら思う相手を探す。
――最近殺したいほど腹が立ったことがあった気がする。だけどハッキリと思い出せない。まるで頭の中に霧がかかってるみたいだ。
(ダメだ思い出せねえ。気のせいだったか?)
仕方ないから対象を探し直す。すると長年忘れていた、もはや顔すら思い出せない相手を思い出した。
「思い浮かべたぜ」
それは俺の母親――とすら呼びたくない相手。幼かった俺と親父を残し、不倫相手と姿を消したゴミ野郎。
ずっと蓋をしていた記憶は、一度思い出すと無性に腹が立った。
「それじゃあその相手のことを考えながら『消えちゃえ』って念じてみて?」
(消えろ。俺の中から全部消え失せろ)
言われるまま念じる。
「……次はどうしたらいいんだ?」
バッチリ覚えてる。むしろもっとイラついてきた。
「えっ……あれ……? 忘れて……ないの?」
「おう。早く忘れたいからどうしたらいいのか教えてくれ」
――しかしセラの返事はない。むしろ歯軋りのような音が聞こえ、俺の顔をとんでもない力で胸に押し付けてきた。
「あのー、セラ……さん?」
「……………………はぁ…………ごめん流斗、最近使ってなかったから勘違いしちゃった」
解放された。顔を上げると、セラはどこか不機嫌そうな顔になっていた。
(なんだ勘違いか。それは仕方ないな…………って、そんなことあるか? それにさっき思いっきりため息ついてたし)
一連のセラの様子と長い沈黙が、俺に不安を煽ってくる。
だけどそんなはずない。逆に俺が勘違いしてるだけだ……と自分に言い聞かせることにした。
「……それじゃあ流斗、ちょっとチクっとするけど我慢して」
今度は戸惑う俺の手を口元に運ぶセラ。すると言葉通り手の甲がチクリと痛み、ポツリと血が滲み始めた。
「痛っ⁉︎ なんでいきなり噛まれたんだ俺⁉︎」
「いいから、『治れ』って念じてみて」
「はい……」
またもや言われるまま念じる。
途端に小さな傷が深緑色の仄かな光に包まれる。痛みが消え、滲んでいた血も止まったみたいだ。
「これって、回復の能力、か?」
「…………うん、正確に言えば『癒し』の魔力特性。消費する魔力量によるけど、大抵の傷は治せるの。まあ首や手足が千切れたら流石にゼロから生えないけど」
「うは……まじか、まじで魔法だ……」
さっきからトーンが低くなったセラの声も頭に入らない。ただ今俺の体に起きた現象に、どうしようもなく胸が高鳴る。
「だから魔法じゃないって。そんなの大して役に立たない魔力特性。てっきりしょうし……」
「――すげえ! すげえよセラ! まじで漫画やゲームの世界みてえだ! それに『癒し』だなんて、優しくて可愛いセラにピッタリじゃねえか! ははっ、やっぱセラはすげえな‼︎」
セラの両手を握りしめる。セラはポカンと口を開けているが、絶賛テンション爆上げ中の俺は構わず続ける。
「それに回復だなんて継闘力が肝のトーナメントにピッタシ! セラを魔王にできる可能性がグッと上がったぜ!」
「り、流斗、少し落ち着い……」
「セラ‼︎」
「は、はいっ!」
何か言いかけていたセラがビクッと反応した。その反応にすら愛しさを感じてしまう。
セラを抱きしめる。背中に腕を回すと、甘い香りに包まれた。
「俺の命を賭けても、絶対お前を魔王にしてやる。……それと好きだ。愛してる」
今さらな、順番がめちゃくちゃな告白。ムードもクソもあったもんじゃない。だけど上がったテンションが、俺に人生初の告白をさせた。
「セラに召喚されて良かった。こんな可愛くて美人でエロくて優しくて凄いセラに呼ばれた俺は幸せだ。まじで」
しかしセラは答えない。
「だから俺をもっと鍛えてくれ。セラのこともっと教えてくれ――――ってあれ? セラ?」
そこでようやく気付いた。セラが身じろぎ一つせず固まっていることに。
「おーい、セラさーん?」
顔の前で手を振ってみる――無反応。
こうなったら早くも最終手段に移行。セラの頭に生えた角。その根元を優しく指でなぞってみた。
「んっ……!」
効果覿面。ビクリと体を震わせたセラが、慌てて俺を見てきた。
「……ねえ流斗」
目付きが怖い。初めて見る表情に、なぜかドスの効いた声に、俺の体が強張る。だが次の瞬間、俺はその場に押し倒された。
「…………お仕置きしてあげる」
その日は、かつてないほど激しく魔力を付与された――――。
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