第3話 初めての魔力は真冬の全力ダッシュ

(……どこだここ? 昨日のは夢……じゃねえのか)


 目を覚まして最初に思ったのはソレだった。


 だが隣で寝息を立てる俺より年下に見える美少女は、これが夢じゃないと俺に認識させた。


 甘く気怠い疲労が襲う全身に、鞭を打ち起き上がる。丁寧に洗濯されていた自分のシャツとジーンズを着ながら、広い寝室の壁に掛けられた鏡の前に移動した。


「おはよう、新しい俺。ようこそ大人の世界へ」


 そこには見慣れた茶髪の青年が映っている。切れ長の目と右目の泣き黒子、筋が通った高めの鼻に薄い唇。


(うん、俺だ。卒業したお陰か、いつもよりイケてる気がする)


 自分では割と男前だと思っている。しかし彼女ができたことはない。だけどそれには仕方ない、本当にこればかりはどうしようもない理由があったのだ。


 中高の頃の俺はいわゆるオタクというものであり、漫画、ゲーム、アニメにしか興味がなかった。それはつまりリアルの女子にも興味がなく、たまに女子に告白されることもあったが丁重にお断りしていたのだ。


 そんな俺の女子のタイプは『銀髪ロングの悪魔っ子』という、ガチで現実離れした痛すぎる男子だったのだ。


 そんな俺にとって、セラはどストレートどちゃくそタイプど真ん中だった。つまりこうなったのは必然――いや、運命とも言える。


「……やっぱ、めちゃくちゃ可愛いよな」


 まじまじとベッドの上の少女を見る。


 ベッドに広がる美しい銀髪。その髪の間から生えた少し捻れた二本の角。一流の彫刻家が造ったような、整いすぎた顔立ち。雪のように真っ白ですべすべな肌。そして何より、その細い身体と不釣り合いな大きな胸。もはや神。芸術点だけで一億点。引く手数多の超売れっ子美少女だ。


「待て俺、もう遅いけど流石に朝からは節操なさすぎだろ……」


 反応しかけた自分を諌める。まだ若い俺の体は本能に忠実過ぎる。


(とりあえず状況を整理して落ち着くか)


 窓の外、少しだけ白んだ暗い空を見ながら腹を触る。体内時計は朝の九時。この陰鬱とした空が魔界の朝らしい。魔王が言ってたように、本当に暗黒の世界っぽい。


 目線を少し下げる。城下町っぽいトンガリ屋根の町並みが広がり、ぽつぽつと円形の大きな建物が見える。ゲームでイメージしてた断崖絶壁の丘に建つ魔王城とはだいぶかけ離れている。むしろドラクエの最初の城下町に近い。


 目を瞑り思考に耽る。十六人という数字は、俺にあることを思い出させた。


(総当たり……にしちゃ数字が出来すぎてる。むしろスラブラのオンラインのトナメ形式か? だとしたら……えっと、計四回相手をころ……倒せば優勝ってことか。いけなくはなさそうだな)


 まだその言葉に現実感がないが、イメージとしては多分こうだろう。まあ十五回も闘うなんて真っ平だから希望的観測に過ぎないが。


 そして最後に、もう一度鏡を見つめる。


 そこに映る俺を注意深く観察すると、体から白いモヤのようなモノが出ている。一見すると真冬に全力ダッシュした後みたいだ。


「大丈夫……こんなこともあろうかと、たまにイメトレしてきたんだ……コォォォォッ」


 リラックス&深呼吸。親父に習わされてた空手の息吹をしながら、自分の体内を巡る魔力をイメージとして捉える。


(……なんてな、全然分かんねえ。けどハンマーハンマーの念を思い出せ……)


 あくまでイメージで体のモヤを大きくする。すると俺の体から出ていたモヤは、イメージ通りその面積を広げた。


(おっ、まじでできた⁉︎ ってあちゃ、少し気が散るとダメだな)


 一瞬で魔力が散り散りになり小さくなる。もう一度、今度は集中して右手に魔力を集めてみる。


「…………白龍波撃てそう」


 そこには邪王の炎殺には程遠いが、白い魔力が集まった右手が完成していた。


「流斗……なに、してるの?」


「おわっ⁉︎ せ、セラ、起きたのか⁉︎」


 その声に飛び上がって振り返る。そこには薄いシーツで体を隠したセラが、驚いた顔で俺を見上げていた。


「うん、さっき起きたところ。……それより流斗、さっきのって……」


「おう、昨日セラが言ってただろ? 早く魔力の使い方を覚えて強くなれって。その練習だ」


「確かに言ったけど、まさか私が教える前にそんなことできるなんて……え、もしかして流斗って大当たり?」


 どこのソシャゲのガチャだよ! というツッコミは心の中にしまった。


 それよりどこか興奮した表情を浮かべるセラの頭に、そっと手を置く。


「オタク舐めんな。それにこんな美少女が召喚した人間様だぜ? 当たりに決まってんだろ」


「オタクってのが何か分からないけど……ふふ、良かった」


 初めて見たセラの微笑み。その破壊力は凄まじく、一発で俺の頭が沸騰した。


「おおお、おう、セラが喜んでくれれれて、俺も嬉しいよよよよ」


「動揺しすぎでしょ、落ち着きなさい」


「どどど童貞ちゃうわ!」


「それは知ってる」


 一度ゆっくり深呼吸。魔力なんてとっくに消えちまってる。そりゃそうだ。


 そして落ち着きを取り戻した俺に、セラが「ねえ流斗、あっち向いてて」と恥ずかしそうに言ってきた。


「ほい、これでいいか?」


「うん」


 衣擦れの音が耳に入る。どうやら服を着てるらしい。自分がこのシチュエーションに立ち会えるなんて想像してなかった。


「あのね、闘技者が揃ったし、今日は『柱』の闘技場で継承戦の開催式が行われるはずよ。早く朝ご飯食べに行くわよ」


 まるで運動会……いや、オリンピックみたいだ。というか二千年に一度のイベントなら確かにそうなるだろう。単純計算オリンピックの五百倍のイベントだ。その内容はともかくとして。


「その闘技場の『柱』ってのはなんかの意味があるのか? やっぱソロモン七二柱的な?」


 思わず厨二心がくすぐられる。天使とか悪魔とかを調べたことがある人間なら、誰でも聞いたことがあるワードだ。


「……そっか、流斗は知らないわよね。柱っていうのは四等級の頂点。白から始まり、灰を進み、黒に染まり、そして柱に至る。今の流斗はまだ魔力に目覚めたばかりの『白』。そして魔王の娘の私をはじめ、『柱』と呼ばれる魔族が十六人いるのよ。……あ、もうこっち向いていいよ」


 振り返る。そこには漆黒の、レースのドレスを身に纏ったセラが立っていた。


 肩から腕、胸元が大胆に開かれ、前側だけ短いスカートになっている。そこから覗く二の腕、胸、太ももは死ぬほど扇情的で魅力的だ。てかエロドレスだ。童貞を絶対殺すセーターもといエロドレスだ。


「かぶりつきたい、しゅき……じゃなくて、セラって凄い魔族……なのか?」


「前半は聞かなかったことにしてあげる。だけどそうよ。魔法を使えるのはお父様を除いてこの十六人だけ。私はとっても凄いのよ!」


 セラのドヤ顔。魔王とは違ってまじ天使。


 しかし今セラが言った言葉が気になった。魔法と魔力特性ってのがどう違うか分からない。


「なあセラ……」


 だがそれを口に出そうとした瞬間、扉の向こうから落ち着きのある女性の声が聞こえてきた。声の質からしてセラより年上、大人のお姉さんを想像してしまう。


「セラ様、朝食の用意が整いました。どうぞ食堂へお越し下さい」


「ありがとうエリー、今行くわ。ほら、流斗も付いてきて。続きは開催式の後で説明するから」


 セラが扉を開けると、そこには俺の想像通り――いや、想像以上の大人のお姉さんが頭を下げ、両手をヘソの辺りで綺麗に揃えていた。


 肩まで伸びた紫の髪にはウェーブがかかり、やはり角の生えた頭には白いヒラヒラのカチューシャ。コテコテのメイド服の上からでも分かる胸の膨らみは、セラにも劣っていない。


 だが仰々しく俯いた顔からわずかに見えた目は、文字通り俺を視線だけで殺せそうなほど冷たい。つまり死ぬほど睨まれてる。


「ひえっ……」


「ん? 何やってるの流斗? 早く行くわよ」


 エリーと呼ばれた視線殺戮メイドに気付きもせずセラが歩いていってしまう。その鎖骨が大胆に露わになった背中を追いかけ、俺はエリーから逃げるようにこの場を後にした。



 ――結論から言って、朝飯は生きた心地がしなかった。つっても別に俺だけ漫画に出てくるようなヘドロ飯を出されたわけでも、まして毒を盛られたわけでもない。


 なんなら俺が忙しい親父の分まで作ってた自炊飯なんか比較にならないほど豪華絢爛で、味や食材は未知なものながら、そのどれもがクッソ美味かった。


 だが問題は、殺気を一切隠す気のないメイド達の視線だった。


 エリーの態度から分かっていたが、俺はあの城の住人に死ぬほど嫌われている。


 つってもそれは当たり前だ。なんせ魔王の娘のセラの初めてを、いきなり、偶然、突然召喚された人間の俺が成り行きとはいえ奪ってしまったのだ。これまで魔王やセラに仕えていた奴らにとって、俺は極刑どころか万刑、億刑に値する大罪人だろう。


「ほら流斗、見えてきた」


 オマケにこのお姫様はそんな視線に――なんなら現在進行形で道行く魔族達が俺に向けるドス黒い殺気にもまったく気付く様子はない。案外図太い、というかド天然なのかもしれない。


「……おう」


「どうしたの流斗? 歩き疲れちゃった?」


「違う、セラの凄さを改めて思い知ってるところだ」


「むー? …………ふふ、ドヤっ」


 絶対分かってない。けど可愛いからもうどうでもいい。


(てかなんでセラは昨日初めて会った俺にこんなに無防備なんだ? 女って体の関係を持つとこうなるのか? ……んなわけねえか、じゃあなんでだ?)


 無邪気なドヤ顔に疑問が湧き上がる。だがそれを考える間もなく、俺達は闘技場の入り口に吸い込まれていった――――。

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