第11話 森の熊さんにご注意


森の中を彷徨って数十分が経った。



「全然、森から抜けれないな…

 それどころか奥に奥に進んでる気がする」



タカツグは周囲を見渡しながら

ボソッとつぶやく。



「うーん…こっちに行けば…

 いや、もしくはあっちに…」


「タカツグ、どっちに行けばいいか

 わからなくなっちゃったよ…」



ヴァレンは頭を抱え、その場に座り込んで

乱雑に灰色の髪を掻き出す。



「ヴ〜…ヴォォ…ヴ〜」



すると突然、野生の熊が唸り声をあげて

二人の前に現れた。


野生の熊はお腹を空かせているのか

今にも二人に襲いかかろうとしている。



頭を抱えて座り込んでいたヴァレンは

勢いよく立ち上がり攻撃に備えて身構えた。

タカツグは熊から距離を取って離れた位置から

ヴァレンにエールを送った。



「ヴァレン!応援しているからな!」



タカツグのエールにヴァレンは

小さく頷き、熊の姿を捉え鋭い視線で

彼女は熊を睨みつける。


その真紅の瞳からは

かつてドラゴンだったときと同じような

凄まじい威圧感を放っていた。



「タカツグ!危ないから離れててね!

 あの熊さん…私がちょっと遊んであげる!」



ヴァレンはそう言って一歩前に出た。

瞳には興奮と緊張が交錯している。



ヴァレンは龍鱗のペンダントを

一瞬だけ握りしめ、ペンダントから手を放す。

その瞬間、彼女の体から

小さな火の粉が舞い上がり始めると

彼女は熊に向かって軽やかにジャンプした。



「ほら!こっちだよ!」



声と同時に、ヴァレンは掌から

小さな炎の玉を放ち、熊にぶつける。

当然、それは大したダメージを与えていないが熊の注意を引くには十分だった。



熊の視線が一気にヴァレンへと移り

彼女は熊の周りをくるくると回り

熊を翻弄するように動き続ける。

一見、無駄に見えるその動きは

彼女なりの作戦だった。



ヴァレンの動きは次第に大胆になり

まるで踊っているようだった。



「ヴァレンってすごいんだな…」



そんな様子を見て

タカツグは思わず感心していた。



「ヴァレン!熊を倒すんだ!

 その熊を倒すことができたら

 今夜の食糧ゲットだぞ!」



タカツグの応援に目を見開き笑顔を浮かべる。

時々、足元がふらついている

ヴァレンの動きはどこか滑稽で愛らしい。



「食糧だなんて…

 タカツグってば本当に面白いね!」


「熊さん、ごめんね!

 今夜のデザートになるのは

 私達じゃないの、素直に倒されてよね!」



ヴァレンの言葉には力強さがあり

叫び声とともに、熊へと攻撃を仕掛けた。


彼女は再び小さな火球を作り出し

今度は熊の鼻にめがけて火球を放つ

火球は見事、熊の鼻に命中する。


火球を食らった熊は混乱し

ますます暴れ始めた。

その隙にヴァレンは素早く

熊の背後に回り込む。


龍鱗のペンダントを

もう一度、強く握りしめると

突然、周囲の空気が震えだしヴァレンの体から光が放たれ一気に輝きを帯びた。


その眩しさに熊は怯む。


自身から放たれた光にヴァレンは

少し戸惑ったものの必死に炎を操ろうとして

今度は両手に炎を作りだした。



「ほらっ、見てなさい!

 私だって結構強いんだから!」



ヴァレンが叫ぶと同時に

両手の掌から火球を熊にめがけて放つ。


その火球は先程までの小さな火球とは違って

熊を覆うほどのデカさをもつ火球だった。



火球が熊に直撃すると同時に

大きな爆発音が森の中を鳴り響く。

火球を食らった熊は前のめりで

地面に倒れ込んだ。



「マジか…。ヴァレンのやつ

 熊を倒しちゃったよ」


(なんだか、この世界にきて

ヴァレンの魔法が一段と強くなってる気がする)



タカツグは唖然としてその場に

立ち尽くしていた。



一方、ヴァレンは倒れた熊を

見下ろしながら肩で息をしていた。

その顔には誇らしげな笑みが広がっていたが

体中からはじっとりと汗が噴き出ている。



「ふぅ……」


「まぁ…今はこんなもんさ

 でも、本当はもっと強かったんだよ?

 昔の私なら、熊なんてすぐに倒せてたのに」



ヴァレンは少し息を切らしながら

タカツグの方を向いて言うと

彼女は地面に座り込み

くしゃくしゃと髪を掻いた。



「それにしても…今夜の食事って

 言われてもどうしようかな?

 私は料理できないし…」



タカツグが歩いてヴァレンに近寄ると

彼女は困ったような顔をして

ちらりと視線を送ってきた。

彼女の声には少しだけ不安が滲んでいた。



「俺も料理できないぞ

 でも、せっかく倒した熊を食べないのは

 もったいないだろ」


「それにお腹も空いてるし…」



タカツグの言葉にヴァレンは

苦笑いを浮かべた。



「確かにお腹空いたよね…」


「でもさ、どうしよう?料理かぁ…」



ヴァレンの声には不安が滲んでいて

少し考え込むと何かを思いついたように

ぱっと顔を上げた。



「そうだ!この熊さんから肉だけ取って

 適当に焼いてみようよ!」



タカツグに提案をして

目を輝かせながら

手元に小さな炎を作り出す。



「え?それ大丈夫なのか?」


「まぁでも、それしか方法はないし

 日も暮れてきて時間もないし仕方がないか」



タカツグが戸惑った表情でつぶやくとこを

見ながらヴァレンは楽しげに笑っていた。

彼女の中では料理という未知の挑戦が

新たな冒険のように感じられていたようだ。


ヴァレンは後ろから銀色のダガーを取り出して

熊の肉を手際よく切り分け始める。

その動きには不器用さが垣間見えるが

彼女自身は全く気にしていない様子だった。



「ほら、こんなもんかな?」



ヴァレンは肉片を掲げてタカツグにみせる。



「う、うん…いいんじゃないかな?」


「てか、俺はよくわからないし

 ヴァレンに任せるよ」



タカツグの返答にヴァレンは

満足げな笑みを浮かべた。

彼女の目はふわふわと

揺れる火のような色で輝き

その表情には誇らしげな自信で溢れていた。



「ふっふっふっ、すごいでしょ」


「でもまあ…私はドラゴンだから

 わざわざ切らなくても

 そのまま食べれるんだけどね」



ヴァレンが少し得意そうに言うと

熊の肉片を見つめ、指先から

小さな炎を出した。

その瞬間、肉片がじゅうっと

音を立てて焼け始めた。



「んー、意外とこれは簡単だね」



ヴァレンは呟きながらも

どこか不安げに視線を、さ迷わせている。

その小さな仕草を隠すように

彼女は他の肉片にも火をつけた。



「マジで熊を倒せるとはさ…

 ヴァレンは本当にドラゴンだったんだな」



タカツグの言葉に一瞬だけ目を伏せる。

その瞳には微かな寂しさが浮かんでいた。



「そっかぁ…」


「でもさ、タカツグ。私だって頑張って

 火を出したり魔法を使ったりしてるとこも

 見てるんだからそろそろ信じてよ」



ヴァレンは小さな声で呟きながら

熊の焼けた肉片を口に入れた。



「…そうだよな。なんかごめん」


「俺も肉をもらうわ」



タカツグが熊の焼けた肉を食べる姿を見ると

ヴァレンの表情はすぐに明るくなった。


外はすっかり夜になり熊の肉を食べて

お腹を満たすと、二人は空を見上げて

大きく伸びをする。



「それにしても夜空って本当に綺麗だよね

 こんな風に星を見てると昔のことを

 思い出すんだ」



ヴァレンはふと立ち上がり

手元に小さな火の玉を作り出した。



「ほら、見てよ?

 これも昔ならもっと派手にできたんだよ」



火の玉は彼女の指先で踊るように揺れ動いたが

すぐに消えてしまう。



「あーあ、やっぱり弱いままか…」



ヴァレンは苦笑いしながら再び地面に座った。



「さっき、ヴァレンは熊と戦ったばかりで

 疲れてるんだし仕方がないさ」



タカツグが落ち込むヴァレンを

少し励ますと彼女は小さく微笑んだ。



お腹を満たした二人は

森の中で野宿することになった。



「森の中で野宿することになるとは」



苦笑いをしてつぶやくタカツグをよそに

ヴァレンは星空を見上げて楽しげに

笑みを浮かべる。



「野宿ってのも悪くないよ

 自由な感じがして気楽でいいよ」



ヴァレンは軽やかな足取りで

周囲を歩き回り始める。

夜の森の音が心地よく響き渡る中

はしゃぐ彼女の姿は子供のようで

無邪気そのものだった。



「あっ、見て、タカツグ!

 この花、綺麗だね!」



目を輝かせながら、小さな花を指差した。


夜風が吹き抜け、ヴァレンの髪を揺らす。

彼女のジト目の奥には切なげな光が

ちらついていた。



「タカツグと一緒だと楽しいからいいや」



ヴァレンは元気に微笑んでタカツグの横に

寝転がり目を閉じた。



「まぁ俺も…ヴァレンといると楽しくて

 飽きないよ」



そう言うとタカツグも目を閉じて眠りにつく。そして二人は森の中で一夜を明かした。



朝の光が森を柔らかく照らし始める頃

ヴァレンは目を覚ました。

彼女の灰色の髪が、朝露で少し湿っている。



「ふあー...」


「タカツグ、今日も一日が始まるね!

 何か面白いこと見つけに行こうよ」



ヴァレンは大きな欠伸をして立ち上がり

周囲を見回し、地面に散らばる

小石を集め始めた。



「おはようヴァレン…あー朝か」



タカツグが起き上がって

眠たそうに目を擦りヴァレンを見つめた。


手の中で小石を転がしながら

楽しそうにしてるヴァレンは

不意に、遠くにある小さな穴を見つけた。



「あれ?これ、何だろう?」



小走りで小さな穴に近づいて

好奇心旺盛な瞳で穴の中を覗き込むと

そこには古びた小箱が入っていた。



「おおっ、これもしかして宝箱?!

 開けてみよう!」



ヴァレンは興奮気味に小箱を引っ張り出した。

彼女は慎重に箱を開けると

中には古びた地図が入っていた。

その地図には、どこかの遺跡への

道筋が描かれているようだ。



「タカツグ、見てよこれ!

 きっと何かすごいものが

 見つかるはずだよ!」



頭を掻きながら近づいてきたタカツグに

ヴァレンは目を輝かせながら地図を広げ

彼女は元気な声で叫んだ。



「んー…?なんだその地図?

 遺跡……デ…デヴァ…ウト?」



タカツグは地図に書かれていた

古くて薄れた字を首を傾げながら読んでいた。



「宝探しに行くぞー!」



片手を空に掲げて張り切っているヴァレン。



「おい!おい!遺跡に行くつもりなのか!?」


「もし、モンスターとか出てきたら

 俺、素手だし戦力になれないし

 行くのは危なくないか?!」


「それに俺はヴァレンと違って

 魔法で火の玉を出せないし」



慌てて叫ぶタカツグの言葉に

ヴァレンは一瞬、眉をひそめ

ジト目がわずかに丸くなり

不満げに唇を尖らせた。



「えー、そんなこと言っても仕方ないよ

 せっかく宝の眠ってそうな場所の地図を

 見つけたんだし行こうよタカツグ…」


「それに、心配しなくていいよ!

 私がいるからさ!絶対に守ってあげる」



ヴァレンはふざけたように笑い

小さな胸を張り、自信満々に拳を握りしめた。



「ほら、モンスターが出てきても

 まだまだ余裕だよ

 だから安心して付いてきてくれる?」



ヴァレンは手から微かな炎を出して

目の前でちらつかせる。

気丈に振る舞ってはいるが

その瞳に一抹の不安が見え隠れしていた。


自分の力が万全ではないことを

自覚しているからこそ、余計に強がらなければ

ならないという気持ちがあった。



「…わかった行こう。だが、せめて

 なんでもいいから武器を貸してくれ」



ヴァレンは小さく頷き、自分のポケットを

探り始める。

指先が何かを捉えた瞬間

彼女の目がぱっと輝いた。



「あっ!これなんてどう?」



ヴァレンが取り出したのは

古びた銀色のダガーだった。

柄には細かい彫刻があり

まるで古代の遺物のように見える。



「昨日、熊さんの肉を切るときに使った

 ダガーなんだけど、昔に見つけて

 それ以来ずっと大事に持っていたんだよ」



ヴァレンは説明しながらその刃を光にかざすが

ふとした瞬間に彼女の手から滑り

ダガーを落としてしまった。



「ありゃっ…!」



地面に落ちる音に驚き

恥ずかしそうに笑いながら慌てて拾い上げる。



「まあ、これぐらいしかないかな

 はい!タカツグ!」



ヴァレンはそう言ってタカツグに

ナイフを差し出した。



「あ、ありがとう…年季が入ってて錆てる…」



タカツグが苦笑いしながら礼を言うと

ヴァレンは、そのダガーを再び手に取り

じっと見つめた。

日差しが刃の錆びた部分を照らし

彼女の目が細められる。



「ふーん、そんなこと言うなよ。これだって

 ちゃんと大事にしてきたんだからさ」


「でもまあ…確かにちょっと錆びてるかも

 うーん…」



ヴァレンは少し拗ねながらも

ナイフの柄を撫でる。



「でも、いいじゃない?これでより一層

 冒険らしさが出るよ!」



ヴァレンはダガーを

またタカツグに差し出した。



「さあて、これで準備万端!

 行くよタカツグ。きっと何かイイお宝が

 私たちを待っているはずだよ!」



ヴァレンの声には期待と興奮が混ざっていたが

その小さな体は少し震えていた。

心の奥底では自分自身の弱さを

気にしている様子が見え隠れしていた。


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