第7話 廊下でお茶会をする二人


ヴァレンとタカツグは玉座の間を後にし

勇者の城を探索することにした。


ヴァレンは真紅の瞳を輝かせ

小さくジャンプをしながら

興奮気味に辺りを見渡す。



「見て!タカツグ!ここにも

 面白いものがいっぱいあるよ!」



ヴァレンは軽やかに歩き出し

古い絵画や彫像に興味津々な

様子で進んでいった。


彼女の目は好奇心と

期待で瞳を輝かせていたが

その奥には一抹の寂しさも漂っていた。



「ねえタカツグ?ここにあるこの盾

 ちょっと触ってみてもいいかな?」



ヴァレンは小さな手を伸ばし

古びた金属製の盾にそっと触れようとした。



「触ってもいいけど壊すなよ?」


「俺はこの世界のお金とか

 持ってないんだからな?」



ヴァレンはタカツグの言葉に

一瞬、驚いたように目を丸くしたが

すぐにその表情を緩め小さく笑った。



「ふふ、心配しないでよ!

 私だってそんなことわかってるよ」



ヴァレンは軽く盾を撫で優しく微笑んだ。


しかし、次の瞬間には彼女の表情が

急に真剣なものへと変わっていた。


盾の冷たい金属の感触が

彼女の指先に微かな震えを伝えている。



「タカツグ...私は本当に戻れるのかな?」


「力を取り戻せるのかな...」



ヴァレンの声が小さく震え

彼女の表情には不安と期待が

入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。


しかし、すぐにその不安を振り払うように

ヴァレンは大きく伸びをして

笑顔を取り戻す。



「まあ、そんなこと

 考えてもしょうがないよね!」



ヴァレンは両手を腰に当て

得意げな表情でタカツグの方を見た。



「まぁ今日は一日この城で休んで

 明日、王都を目指そう。

 賢者がなんとかしてくれるはず」



ヴァレンはタカツグの提案を受け

彼女の表情は和らいだ。



「ふぅん...明日ね」


「そうだね。

 ゆっくり過ごすのも悪くないかも」



ヴァレンは城の廊下を

歩き足音を響かせていた。


外は午後の日差しが石畳を暖めていて

草花が微風に揺れている。



「だけどさあ、タカツグ」


ヴァレンは歩きながら振り返った。


「何もしないのはつまらないよ

 何か面白いことないかな?」



ヴァレンは好奇心に溢れていたが

どこか退屈そうにも見えた。



「そうだ!お茶会でもしてみる?」


「王都に行く前の

 ちょっとした思い出作り!」



ヴァレンはパッと顔を輝かせ

タカツグの目を見つめる。



「お、お茶会?この城で?」


「キミはドラゴンなのにお茶会とかするのか?

 てか、勝手にやっていいのか…」



タカツグの言葉を聞いた

ヴァレンは挑戦的な視線を向け

ふんっと鼻で笑った。



「ドラゴンだからこそお茶会をするんだよ

 私の魔法に任せて!」



ヴァレンは軽やかに廊下の一角に向かい

手を振ると、煙がボワっと舞い上がり

小さなテーブルとその上に

紅茶と皿とティーカップなどの食器が現れた。


ヴァレンは服のポケットから

次々と、色とりどりのお菓子を取り出して

皿の上に並べていく

香り高い紅茶も湯気が立ち上る。



「どう?すごいでしょ?」



ヴァレンは得意げな表情を

浮かべながら、お茶会の準備を整えた。



ヴァレンとタカツグは勇者の城

廊下の一角で困惑した衛兵達の

熱い視線を浴びながら

二人でお茶会を始める。



「ヴァレンってこういった

 魔法も使えるんだな」



タカツグはそう呟き

ヴァレンは衛兵達の視線を

感じつつ満足げに頷いた。



「ふふん♪ 驚いてるね」


「でもね、力を取り戻したら

 もっと凄いことだってできるんだから」



ヴァレンの声には誇らしさが

滲み出ていた。


テーブルを囲みながらヴァレンは

ちらっとタカツグの顔を見つめる。



「ねぇ、タカツグ...こんな風に

 お茶会するのも楽しいね」



ヴァレンの表情には

見た目相応の子供らしさが出ていた。


しかし、すぐに彼女は

また挑発的な表情に戻る。



「ま、私にとっては

 ただの暇つぶしだけどね!」


「だけど人間のお菓子って

 案外、美味しいよね」




「ドラゴンがお菓子を

 食べるなんて聞いたことないぞ…」



口元にお菓子と紅茶を運びつつ

ヴァレンはふと、ため息を漏らした。



「はぁ…でもさ、こんなところで

 お茶会するよりも本当は…

 山の中で寝転がりたいんだよね」



ヴァレンの言葉には

どこか寂しそうな響きがあった。


それでも、彼女はすぐに

いつもの無邪気な笑顔を取り戻す。



「山の中って……。俺はふかふかの

 ベッドの方がいいけどな」



ヴァレンは一瞬だけ

口元をほころばせた。



「ふかふかのベッド……

 まあ、それも悪くないかも」


「でもね、山の中には

 ふかふかのベッドよりも

 もっと素敵な場所があるんだよ?」



ヴァレンは窓の外に広がる

夕日を眺めながら続ける。



「例えば…夜空いっぱいに

 星が瞬く中で寝るのはどうかな?

 柔らかい草むらに身を預けるんだ」



ヴァレンの瞳には遠い記憶が

浮かんでいるようだった。



「あー、思い出しただけでも

 気持ちいいなぁ」



城の廊下でお茶会をしながら

たわいのない会話をしている

ヴァレンとタカツグ。



「なぁ?ヴァレン?」


「そこにいる衛兵がチラチラと

 俺達を見てるんだが…

 お菓子を渡してあげたらどうだ?」


と、タカツグはヴァレンに提案する。



ヴァレンはお茶会のテーブルに

頬杖をつきながら

彼女の真紅の瞳がちらりと

衛兵の方へ向けられる。



「ふぅん…お腹を空かせているのかな?」


「でもまあ、お菓子はいっぱいあるし

 あの人にあげてくるね」



ヴァレンはそう言って

ふっと微笑んで、彼女は手元の

お菓子の皿を持ち上げて

衛兵に近づいていく。


その仕草には、どこか気怠さが

ありつつも優雅さがあった。



「はい、これあげる!」



衛兵に近づいたヴァレンは目線を合わせ

無造作にお菓子を差し出す。



「君も食べなよ。美味しいから」



少し高飛車ながらもどこか優しい声で

衛兵に言った。



「え?あ、ありがとうございます」



衛兵は驚いた表情をして少し戸惑っていたが

すぐに感謝の気持ちを込めて

礼を述べ、お菓子を受け取った。



ヴァレンは満足げに鼻歌を口ずさみながら

再びタカツグの隣に戻ってくる。


その横顔には少しだけ嬉しそうな

笑みが浮かんでいた。



「ふん、意外といいね

 こういうことするのも」


「人間ってやっぱり、面白い存在かも…」



ヴァレンは首を傾げる。



「良いことしたら気分もいいだろ?」


「ドラゴンに戻ることが出来たら

 今度は暴れないようにしろよ?」



ヴァレンはタカツグの言葉に

驚いたように目を見開き

瞳には何かを思い出すような光が宿り

彼女はゆっくりと息を吐き出し

窓の外に視線を向けた。



「ふーん...暴れないように、ね」



ヴァレンの声は静かでどこか遠くを

見つめているようだった。



「私はただ、自由に空を

 飛び回っていただけなのに...」



ヴァレンは肩をすくめ

再びタカツグの方に顔を向ける。


その表情には笑顔を浮かべてたが

どこか寂しげであった。



「まぁ...今だって少しは楽しいけどね」


「それにしても、君たち人間って

 ほんと面白いよね」


「こんなちっぽけなお菓子と

 紅茶だけで満足できるんだもん」



ヴァレンの声に

少しの羨望が混じっていた。


彼女は窓辺に歩み寄って

赤く染まる空を見上げて手を伸ばす。



「でもね...やっぱり私は

 またあの広い空を飛びたい」



ヴァレンは振り返り

タカツグの目を見つめた。



「だから、約束するよ」


「暴れないってね...」



ヴァレンの言葉には

切望と希望が交錯していて

その瞳には自由への渇望が映っていた。



夕日に照らされた

彼女の灰色の髪は燦然と輝き

ヴァレンを美しく幻想的にさせていた。




タカツグはそんなヴァレンの姿に

見惚れてしまっていた。



ふと我にかえったタカツグは

照れて笑みを浮かべ



「今は翼がないから飛べないもんな」


と、つぶやいた。



ヴァレンはタカツグの言葉を聞いて

自分の背中をさすりだす。



「そういえば、翼がないんだよね

 ちょっと不便だよね…」


「でもね、タカツグ。君と一緒にいてたら

 こんな小さな体でも悪くないって

 だんだん思えてきたよ」



ヴァレンは窓の外に広がる

空を見上げながら静かに呟くように言った。


彼女は少し照れたように

顔を背け窓辺から身を離す。


その仕草には、少しだけ

大人びた雰囲気があった。



「まあ、タカツグがいてくれるなら

 このままでもいいかなって

 思うこともあるんだよね」



ヴァレンの目元に浮かぶ表情は

どこか切なげで温かさも感じさせた。



「俺は自分がいた世界に戻るけどな」



ヴァレンは紅茶をすすりながら

小さくため息をついた。



「はぁ…タカツグのいた世界に…かぁ」



彼女はカップを置き

肘をテーブルに乗せて顎を支えた。


真紅の瞳が窓から差し込む

光に揺れて何かを考えているようだった。



「でもさ、タカツグ…」


「君と一緒にいると、どんな世界だって

 楽しそうだと思うんだよね」



ヴァレンの瞳には期待と不安が混ざっていて

自由な空を飛びたいという願望と

新しい体での生活への興味が

交錯しているのが見て取れた。



「ヴァレンはドラゴンのときに

 冒険とかしていたの?」



タカツグの質問にヴァレンは

目を細めて天井を見上げた。



「あー...そうだね。昔の話だよ」



ヴァレンはしばらく黙り込み

遠い昔の記憶をたどるようにして

微笑んだ。



「私はね、色んな場所の大空を

 飛んで駆け巡ったり

 山の頂上から森を見下ろしたり...」



ヴァレンは外を眺めながら続ける。



「でね、冒険と言えば...

 ある時、私を見つけて

 追いかけてきた勇者がいてさ」


「私は巨大な翼で空を駆け巡って

 勇者は馬に乗って馬を走らせて…

 その追走劇は一瞬たりとも

 退屈したことがなかったよ」



ヴァレンはタカツグの方を

振り返って目を輝かせた。



「やっぱりあの頃は刺激的だったなぁ」


「それに比べて今はちょっと

 平和すぎるかな?」



しかし、すぐに肩をすくめて



「まあ、タカツグといると楽しいけどさ」


と、ヴァレンは言葉を付け加えた。



「・・・平和と言えば、確かに

 この城に来るまでもそうだったけど

 モンスターとかいなかったな」


「ここは剣と魔法の世界だから

 てっきり、モンスターに遭遇して

 戦ったりするのかと思っていた」



タカツグの言葉を聞いた

ヴァレンはお菓子を口に運ぶ手を止めた。



「モンスターねぇ...そう言われてみれば

 本当にいないよね」



ヴァレンは再びお菓子を口に入れた後

ゆっくりと続ける。



「昔は、私の周りにモンスターがいたり

 山にくれば、森の奥から

 巨大な獣たちが覗いていたんだけど…」


「でも、今は静かすぎるよね

 まるで世界が眠っているみたい」



ヴァレンは窓の外を見つめながら

寂しそうに呟いた。



「でもね...タカツグがいるから

 この静けさも悪くないかな

 君と一緒にいると...楽しいし、ね」



ヴァレンは照れくさそうに笑い

頬をほんのりと赤らめた。



すると、その様子をチラチラと

見ていた衛兵が静かに口を開く。


ヴァレンからお菓子を貰った衛兵だ。



「勇者エリオ様のご活躍によって

 魔王は倒されて平和になってるんだよ」


「その影響もあってか、主要都市の

 近辺に魔物達が出没しなくなってね

 仮に出てきても弱い魔物だから

 我々ですぐ討伐が出来るんだ」


「たぶん、この近辺だと

 森の奥深くまで行かないかぎり

 出会すことはないんじゃないかな」



ヴァレンとタカツグは衛兵の

言葉を聞いて目を見開いた。



「魔王が倒されたの!?

 へぇー…あいつ倒されたんだぁ」



ヴァレンは魔王が倒されたことに

少し驚いた様子だった。



「ヴァレンは魔王と知り合いなのか?

 ていうか、勇者ってやっぱ強いんだな」



タカツグの言葉を聞いて

ヴァレンは顔を近づけてくる。



「私は山の中で暮らしてたり

 自由に空を飛んでたりしてた

 だけだったからさ」


「魔王って存在がいるってことを

 知っていたぐらいで

 人間と魔族の争いには興味がなかったし

 実は、そこまで知らないよ」


「だから、魔王と勇者の話って

 あんまり実感はないんだけど…」



ヴァレンは腕を組んで

昔の記憶を思い出すように目を細める。



「ただでも、勇者は強かったよ!

 なによりもあんなにしつこく

 追いかけてくるとは思わなかったよ」


「私の魔法でも、なかなか彼を

 止めることはできなかったし

 本当に厄介な勇者だったよ」


「でも...その強さには

 理由があったんだろうね

 勇者には守りたいものがあって

 それが彼を強くしていたんだと思う」



ヴァレンの声には勇者に対しての

かすかな羨望と尊敬が混じっていた。



「ヴァレンが王都の上を低空飛行で

 建物を壊して暴れたりするから

 勇者もしつこく追いかけてきたんだろ」



タカツグに言われてヴァレンは

少し困ったように笑う。



「私が人間になったのも

 なんだか運命的な感じがするしね

 あの勇者と再会したことで

 何か新しいことが見えてきた気がするんだ」



ヴァレンはふと目を伏せ心の奥底に

隠された感情を隠すように微笑み

テーブルの上にお菓子を並べた。



「ヴァレンと魔王が、もし戦っていたら

 どっちが勝っていたと思う?」



ヴァレンはタカツグの問いに首を傾げる。



「私と魔王が戦う?...ん〜面白い想像だね」



ヴァレンの目が輝き

興味深そうにお菓子の欠片を

弄びながら続ける。



「私が人間になる前の姿なら

 間違いなく、ドラゴンの私が勝つよ!」


「だって、あの頃の私は

 すっごく強かったんだから!」



ヴァレンの声には自信と共に

懐かしさが滲んでいる。



「でもね...今ならどうだろう?

 力を封印されたままじゃ

 魔王にはかなわないかも」



ヴァレンは肩をすくめ

窓の外に視線を向けた。


その顔には、かつての栄光と現在の

自分への葛藤が交錯していたのだった。



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