第5話 方向音痴のドラゴン娘
そして俺達は洞窟の中を
かなり長い間、歩き回った。
タカツグは口を開く
「結構、歩いたよな。…なぁ?」
・・・・
「俺達、もしかして迷子になってないか?
さっきから同じようなとこを
何度も歩いてる気がするんだが?」
ヴァレンは、タカツグの言葉に驚き
灰色の瞳をぱちくりさせた。
彼女が迷子になっていることに
気づいたのは、その時が初めてだった。
「えっ…あ、いや、そんなことはないよ!」
ヴァレンは慌てて言い返す。
しかし、その言葉とは裏腹に
彼女の顔は少し青ざめていた。
ヴァレンは周りを見回し
その表情は戸惑いと不安でいっぱいだった。
「うーん、ここ…どこだっけ?」
ヴァレンは首を傾げ、思い出そうとするが
何も思い浮かばない。
彼女は小さくため息をついた。
「はぁ…」
「まあ、いいや!タカツグ
私の手をしっかり握って!
こうなったら一緒に探検して
城の裏庭までの道を探そうじゃないか!」
ヴァレンは、無理に明るい声を
出して笑ってタカツグの手を
強く握りしめ歩きだした。
「早く…勇者に会わせてくれ〜」
タカツグの情け無い声が
洞窟内をこだまする。
ヴァレンは焦りを感じ取りながらも
どこか楽しそうに笑った。
「わかったわかった!
ほら、あっちに道が見えるでしょ?」
ヴァレンは手を伸ばして指差す。
しかし、その方向は明らかに洞窟の奥深くだった。
それでもヴァレンは気づかないふりをして
ぴょんと跳ねるように歩き出した。
「タカツグ、もっと早く歩けないの?
急がなきゃ勇者が冬眠しちゃうよ!」
ヴァレンの声は明るいが、その横顔には
少しの不安が浮かんでいた。
(本当は勇者に会うのが怖いのかも)
と、ヴァレンは心の中で呟いた。
「それにしても…」
ヴァレンは、タカツグの手を
ぎゅっと握りしめた。
「恋人って…どんな感じなんだろう?」
ヴァレンは真紅の瞳を
キラキラと輝かせながら
タカツグの手を引っ張った。
さらに、洞窟内を歩き回って・・・
「ゼェゼェゼェ…」
「ちょ、ちょっと…少し休みませんかね?
ヴァレンさん…」
ヴァレンは、タカツグの息切れ混じりの
声を聞き立ち止まった。
彼女が心配そうにタカツグを見上げる。
「え、えぇ?もう疲れたの?」
ヴァレンは少し驚いたように目を瞬かせた。
「私、無理に進んでたかなぁ…」
ヴァレンは自分の足元を見つめ
小さく首を傾げた。
その表情には、自分でも気づかない内に
タカツグを急かしていた後悔が滲んでいた。
「ごめんね、タカツグ。
私が調子に乗っちゃったみたい…」
ヴァレンは小さな手で頭を掻き
困ったように笑った。
ヴァレンは手に持っていた
【古代の魔法書】を置いて
タカツグの隣にしゃがみ込み地面に座る。
「私も休憩、いいかも。それに…」
ヴァレンは一瞬だけ視線を伏せ小さく呟いた。
「勇者に会うのは、やっぱり少し怖いし…」
ヴァレンの言葉には普段の明るさとは違う
微かな不安が滲んでいた。
「でも、心配しないで!」
「私が必ず一緒にいてあげるからね」
ヴァレンはタカツグの顔を覗き込み
少し恥ずかしそうに笑った。
「そ、そうね…」
「君がいないと、この洞窟で
残りの人生を過ごすことになるからな…」
タカツグは苦笑いして言った。
「でも、なんで勇者が怖いんだ?
フラれるかもとか?
戦ったことある仲なんだし大丈夫だろ」
ヴァレンは、タカツグの言葉に
一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
「そ、そうかな…」
ヴァレンは小さく呟き
心の中で勇者との戦いを思い返した。
「でも、あの時は私もドラゴンだったし」
「今はちょっと…」
ヴァレンは肩をすくめ
ためらいがちに笑った。
その笑顔は、いつもの自信満々な
表情とは少し違っていた。
「タカツグが一緒なら、きっと大丈夫だよね」
「私、タカツグと一緒にいるとさ
なんだか安心するんだよね」
ヴァレンはタカツグの手をぎゅっと握りしめた。
「だから、一緒に頑張ろう?」
ヴァレンの言葉は不安が少しずつ
薄れていくようだった。
彼女の顔には、再び明るい笑みが浮かんできた。
「う、うん?おお…がんばる」
「俺は勇者に告白はしないけど…。
よし!そろそろ行くか!勇者のもとへ!」
ヴァレンは、タカツグの決意に微笑みながら
立ち上がった。
彼女の灰色の髪が揺れ、真紅の瞳の中には
不安と期待が混じり合っていた。
「そうだね!勇者のもとに急ごう!」
ヴァレンは軽やかに歩き出し
タカツグの手を引いた。
彼女の足取りは緊張からか
少しふらついていたが
それでも前進する意志は固かった。
洞窟の中は薄暗く、壁面からは
冷たい風が吹き抜けてくる。
ヴァレンタインは時折タカツグの方を
ちらっと見ては笑顔を見せた。
「タカツグ、心配ないよ」
「私も一緒にいるんだから」
ヴァレンの言葉には、自分自身にも
言い聞かせるような響きがあった。
「あ!でも、勇者って、私のことを
まだ許してないかもしれないし…」
ヴァレンは少し俯き
自分の心の葛藤を隠すように髪を掻き上げる。
「まぁ、その時はその時さ」
タカツグの言葉を聞いたヴァレンは
小さく笑いタカツグの手をさらに強く握った。
そして、タカツグとヴァレンは
長く、すごく長かった洞窟を抜け
勇者の城の裏庭にやっとたどり着いた。
裏庭に出たタカツグは空を見上げた。
この時代に着いた時はまだ明るかったのに
すっかり暗くなってしまっていた。
「ヴァレン、夜空が綺麗だね」
と、タカツグはつぶやいた。
ヴァレンも夜空を見上げ
その美しい星々に目を細めた。
彼女の真紅の瞳が
星空の輝きを映し出していた。
「うん、本当に綺麗…
なんだか時間が経つのが早い気がするな」
「私の長い人生の中でも、こんなに
時間の流れを感じる日は初めてだよ」
ヴァレンは、タカツグをちらっと見て微笑んだ。
「うん…まぁ…」
「俺達、洞窟で迷子になってたからな」
タカツグの言葉を聞いた
ヴァレンは笑いながら
龍鳞のペンダントをしっかりと
握りしめていた。
「夜空って、なんか不思議だよね」
「私のこと、ずっと見守ってくれて
いるみたいに感じるんだ」
ヴァレンは、星空に向かって呟いた。
「でも、勇者と向き合うのは怖いな」
ヴァレンの声には、微かな震えがあった。
彼女は自分の不安を隠そうと
しているようだったがその表情からは
隠しきれない感情が滲み出ていた。
「あ!今はもう夜だし勇者のやつ
寝てるだろうからこの裏庭で
朝になるまで待たないか?」
ヴァレンは、タカツグの提案に
一瞬驚いたように目を見開いた。
彼女の真紅の瞳が月明かりを反射し
まるで宝石のように輝いていた。
「あ、そうか…」
「勇者は寝てるかもしれないね」
ヴァレンは笑って頭を掻いた。
夜風がふわりと吹き抜け
ヴァレンの髪が揺れた。
彼女は裏庭のベンチを見つけ
ゆっくりと腰を下ろした。
「ここで待とうか。私も少し休みたいし」
ヴァレンはタカツグを
ちらっと見て、小さく笑った。
「でも、タカツグ?私の隣で
寝るつもりなら
しっかり警戒してね」
「昔に私は、寝ぼけて
火を吹いたこともあるんだからね!」
ヴァレンは自分自身に言い聞かせるように
呟きながら、空を見上げた。
「・・・・」
「絶っ対に、火を吐くなよ」
タカツグの言葉でヴァレンの表情には
不安と興奮が入り混じっていた。
「ふふ、わかったよ。おやすみなさい」
ヴァレンは微かな声で囁き
安心させるように微笑んだ。
「明日になればまた新しい一日が
始まるんだね…」
夜が更けていく中、ヴァレンは
タカツグの横で小さく身じろぎをした。
ヴァレンの灰色の髪が月明かりに
照らされて柔らかく光っている。
彼女の瞳は半分閉じられ
時折、小さく震えるまぶたが
眠気を隠せない様子だった。
彼女はゆっくりと目を閉じ
小さな体を丸めて横になった。
夜風がヴァレンの頬を優しく撫でる。
彼女の吐息が静かに聞こえ
まるで森の中の小動物のよう…
ヴァレンの手には龍鳞のペンダントが
強く握りしめられていた。
ヴァレンの眉間に微かなシワが寄り
夢の中で何かと向き合っている。
勇者との再会はただの再会ではない。
それは彼女自身の
存在意義を問う試練でもあった。
長いまつ毛が微かに震え
ヴァレンは再び瞼を開けた。
彼女は静かに天を見上げ
星空に向かって小さく呟いた。
「私はやっぱり、ドラゴンに戻りたいな…」
そしてヴァレンはタカツグの隣で
朝になるまで再び眠りについた。
朝焼けが空を染め始めると
太陽の光がヴァレンとタカツグを照らした。
二人は目を覚まし、ヴァレンは
タカツグをちらりと見て微笑んだ。
その表情には子供の無邪気さと
大人の勇ましさが交錯していた。
「よし!勇者に会いにいこう!」
タカツグはヴァレンを見つめて言った。
それを聞いたヴァレンの顔には
緊張と期待が入り混じっていた。
「えっ、もう行くの?でも…」
ヴァレンは口ごもったが
すぐに気を取り直して立ち上がった。
「わかったよ」
「でも、私の手を離さないでね」
ヴァレンは小さな声で言いながら
タカツグの手をぎゅっと握った。
彼女の手は小さくて
まるで子供のようだ。
二人は城の中に入り長い廊下を歩いた。
ヴァレンは時折、足をつまずいている。
「あっ、危ない…」
と、彼女は呟きながらも
すぐに笑顔を取り戻す。
その笑顔の裏には勇者に会う
不安と期待が隠されていた。
やがて二人は城の中心部にある
大きな扉の前に立った。
「ヴァレン?勇者に
告白する準備はいいか?」
ヴァレンは、タカツグの問いに
呆けたような顔をした。
彼女の真紅の瞳が揺れ、まるで迷子になった
幼い動物のように見える。
「えっ…?告白?」
と、彼女は口ごもりながら
頭の中でその意味を咀嚼した。
「あ、そ、そうか…」
ヴァレンは慌てたように頬を掻いた。
「うーん、告白ねえ…」
「だって、私はただのドラゴンだし…」
ヴァレンはちらりとタカツグを見た。
その目に不安と期待が交錯している。
「今は人間の女の子だろ」
「ちゃんと勇者に愛の告白しないと
ダメだぞ!約束したろ?」
ヴァレンは、タカツグの言葉に驚き
目を見開き、頬を赤らめた。
「え、えっと…愛の告白?」
「わかったよ…でも、私がこんなこと
言うなんて信じられないよね」
ヴァレンは苦笑いしながら言ったが、
その瞳には真剣な光が宿っていた。
彼女は顔を上げて、扉に向かって一歩踏み出した。
ドアノブに手をかけるヴァレンの
指先が微かに震えていた。
「タカツグ?もし失敗しても…」
「笑わないでね?」
ヴァレンの声は不安そうだったが
それでも勇者への思いは強く
彼女を突き動かしていた。
「でも、まあ…なんとかなるか…」
そう言ってヴァレンは肩をすくめると
背筋を伸ばして堂々とした態度に戻った。
ヴァレンは龍鱗のペンダントを握りしめ
「よし、タカツグ行こう!」
「私は勇者に会うよ!」
と、彼女は明るく笑った。
扉が開くと、ヴァレンの心臓は
激しく鼓動をしはじめる。
ヴァレンとタカツグは
ゆっくりと部屋の中へ足を進めた。
「お、おい?ここ厨房じゃないか…」
「勇者の城なんだから
勇者がいるのは玉座じゃないのか?」
タカツグがヴァレンにそう言うと
ヴァレンは、きょとんとした表情で
厨房を見渡した。
「え、本当に?」
「ここは勇者の部屋じゃないの?」
ヴァレンの声には驚きと
軽い混乱が滲んでいた。
彼女は壁に寄りかかり小さく笑った。
「私はやっぱり方向音痴だったみたい…」
ヴァレンの顔が少し赤くなった。
恥ずかしそうに目を逸らし
足元をじっと見つめる。
「でも、意外とここにも
楽しいことあるかもね?」
厨房で働いていた料理人達が
唖然とした顔で二人を見つめるなか
ヴァレンは厨房の棚からガラス瓶を
見つけて目を輝かせた。
彼女が手を伸ばすと
瓶が転がり落ちそうになる。
「あっ!」
と、彼女の小さな声が響いた。
「あはは…。大丈夫」
「きっと何か面白いものがあるよ!」
ヴァレンは笑いながらガラス瓶を手に取って
厨房に差しかかる太陽の光を
浴びせて遊んでいた。
「こらこらこら
遊んでないで早く勇者に
会いにいくぞ」
タカツグは遊んでいるヴァレンをたしなめた。
ヴァレンは困った顔をして
厨房の棚からガラス瓶を戻す。
「うーん…まあ、そう言うなら…」
ヴァレンはふて腐れたように言った。
彼女の足取りは、どこか重たげだった。
「でも、あんまり期待しないでね」
「勇者が私を覚えてるとは限らないし…」
ヴァレンはぼそぼそと呟き
タカツグはヴァレンの手を引っ張って
二人は厨房から出た。
ヴァレンはふて腐れながらも、
タカツグの後に続いて歩いている。
その足取りは、どこか重々しい
ヴァレンは、勇者への告白に
胸を高鳴らせていたが
同時に不安も感じていた。
その内心の葛藤を隠すように
ヴァレンは努めて明るい声で話しかけた。
「ねえ、タカツグ?
もし勇者が告白を受け入れなかったら…」
「どうする?」
ヴァレンの声は震えていて
不安と期待が入り混じっていた目で
前を見ていた。
「どうする?って……」
「そのときは封印の解き方を
勇者に教えてもらおう」
タカツグはヴァレンを見て言った。
やがて二人は玉座がある
部屋の前にたどり着く。
ヴァレンは深呼吸をして
玉座の間の扉を勢いよく開けた。
扉が開いた瞬間に、勇者の姿が見えた。
ヴァレンの頬は赤く染まっていて
勇者は驚きに満ちた目で二人を見つめていた。
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