第4話 勇者の城を目指して


ヴァレンはタカツグの

手を掴んで引っ張り、森の中を駆け出す。

長い灰色の髪がなびき

彼女の足取りは軽やかだった。


ヴァレンが立ち止まって口を開く。



「ねー、タカツグ?あの頃の私と

 勇者の関係、どう思う?」



突然の質問にタカツグは少し困惑する。



「ん?ヴァレンと勇者の関係?

 恋人なんじゃないのか?」



ヴァレンは、タカツグの言葉に驚き

彼女の表情が一瞬固まり「恋人?」と

つぶやいた後、顔を真っ赤にして否定した。



「な、なんてことを言うんだ!

 あいつとは戦ってただけだよ!」



ヴァレンはふと視線を落とし

小さな手でペンダントを握りしめた。


その瞳には懐かしさと寂しさが混ざっていた。



「でも、あいつのことは少しだけ...

 いいや、そんなこと考えるのはやめよう」


「今は勇者がいる城を目指そう!」



ヴァレンはタカツグの手を引っ張り

再び森の中を進み始めた。


ヴァレンは周囲を見回し、眉をひそめた。

森の中を抜けた先に古びた石造りの建物が見え

中に入ってみたが人気は感じられなかった。



「ちょっと待って…」



ヴァレンの声は小さく震えていた。



「勇者の気配がしないんだ。

 ここは確かあの頃の場所のはずなのに…」



ヴァレンの手はペンダントを握りしめている。

目を閉じると、過去の記憶がよみがえってきた。


懐かしい勇者の顔と、その鋭い視線

ヴァレンの胸に、複雑な感情が募った。



「タカツグ、あそこに石碑がある」


「見てくるね」



ヴァレンは軽快に走り出したが

足取りには少し不安が滲んでいた。


石碑の前で立ち止まり

指で古い文字をなぞる。


【魔王を倒し勇者、ここに眠る】




「これ…『勇者の墓』?まさか…」



ヴァレンは信じられない

という表情で振り返った。



「タカツグ、これは…どういうこと?」



タカツグも駆け寄り、石碑を見つめる。



「・・・・」


「まぁ…墓だから死んでしまって

 埋葬されてるんだろうな」




・・・・・・・・。


ふたりの間にしばしの沈黙が流れる。




タカツグがゆっくりと口を開く。



「ドラゴンくん…キミ、飛んできた時代を

 間違えてないかい?」



ヴァレンは一瞬固まった。

彼女のジト目が、驚きと混乱で揺れた。



「私が転移する時代を…間違えた...?

 そんな馬鹿な…」



ヴァレンはふと、灰色の髪を揺らして

空を見上げた。

その瞳には、深い不安と喪失感が

混ざっていた。



ヴァレンは石碑に触れ

その冷たさに顔をしかめた。



「タカツグ...もし勇者がもういないなら

 私はどうすれば…いい?」



ヴァレンの声は弱々しく

まるで捨てられた子供のように見えた。



しかし、次の瞬間ヴァレンは地面を蹴り

勢いよく飛び上がり

いつもの強がりを取り戻した。



「ま…まあ、私は強くて凄いんだ。

 でも、まずはここから出る方法を

 見つけなきゃね。

 タカツグ…何か知ってる?」



タカツグは、頭を抱えてつぶやく。



「あ"〜…全くなんてキミは

 ポンコツドラゴンなんだー」


「と、とにかくもう一度…

 ほら、あの魔法書を使って

 なんか変な陣を描いて…

 ヴァレンと勇者が戦っていた時代にいくぞ」



ヴァレンは、タカツグの言葉に

ムッとして顔をしかめた。



「ポンコツ…?ちょっと待ってよ、私は…」


「まあ、いいやぁ」



ヴァレンは肩をすくめ、周囲を見渡した。



「魔法の陣ね…」



ヴァレンは古代の魔法書を持ち

呟きながら地面に手をついた。


指先から微かな光が漏れ出し

地面に複雑な紋様が浮かび上がった。



「我が魔法の力よ、集え…!

 時空を超えて、勇者がいた時代へ…!」



光が一層強くなり

ヴァレンの周りを包み込んだ。



ヴァレンの姿が揺らぎ始めたとき

彼女は不安げにタカツグを見た。



「タカツグ、もちろん君も

 一緒に来るんだよね?

 私、一人で行くのは少し不安だからさ…」



ヴァレンはそう言って

タカツグに手を差しだした。




「いやいやいや!」


「こんなワケの分からない場所に俺1人だけ

 取り残されても非常に困るんですけど!」


「一緒に行くから、次はちゃんと

 勇者がいるとこにいってくれ」



タカツグは焦りながら

ヴァレンの差しだされた手を掴んだ。



ヴァレンは、タカツグの言葉に一瞬驚き

そして小さく笑った。


彼女の灰色の髪が風に揺れ、

ジト目の奥には不安と期待が交錯していた。



「あはは、心配しなくてもいいよ。

 今度こそちゃんと勇者のいる時代に

 連れて行くから!」



ヴァレンは地面の魔法陣を見つめ

再び呪文を唱え始めた。


手のひらから放たれる光が強まり

周囲の空気が震えた。



ヴァレンの声は力強く、しかし微かな緊張も

垣間見せていた。



「タカツグ、しっかりつかまっててね!」



ヴァレンはタカツグの手を握りしめ

さらに大きな声で詠唱した。


時間が止まったかのように感じられた

次の瞬間、光が二人を包み込む。



タカツグはゆっくりと目を開けると

周りの景色がぐるりと変わった。


広がる景色は森の中で

太陽の日差しが降りそそぎ

少し遠くには大きな建物が見えた。



ヴァレンは息をつき、周囲を見渡した。



「ここだ…。ここなら間違いなく

 勇者がいるはずだよ」



ヴァレンの声には少しだけ

安堵が混じっていたが

その目には

まだ警戒心を隠していなかった。




「本当に。この時代にヴァレンの

 力を封印した恋人になるであろう

 勇者がいてるんだな?」



ヴァレンは一瞬、目を見開いた。



「恋人…?そ、そんなわけないよ!」


「私はただ、彼に負けただけだよ。

 それに…」



と、ヴァレンの口から思わず漏れた。

彼女はすぐに顔を赤らめ、髪をもじもじとかき回す。



ヴァレンはすぐ視線を逸らした。

その表情には、何かを隠しているような

微妙な変化が見られた。



「うーん、まあいいや。

 とにかく、ここにいるはずだよ」



ヴァレンは気を取り直し、辺りを見渡して

タカツグに質問をする。



「タカツグはこの世界のことは知らないの?」



ヴァレンは不思議そうにタカツグを見た。




「ドラゴンくん?俺がこの世界のことを

 知ってるわけないでしょ?」



タカツグは続けてヴァレンに話す。



「俺は何百年も生きれるほど寿命長くない」


「てか、そもそもの話

 剣と魔法の時代とかには

 生まれてないから」



「仮にもし、この世界に

 生まれたとしてもだ

 間違いなく、どっかの村の

 村人Aってモブだから

 …まぁいいや、早く勇者を探そう」



ヴァレンは顔をしかめ、じっとタカツグを見つめ

地面の小さな石を蹴り飛ばした。



「タカツグがモブだって?そんなことないよ」



ヴァレンはふと笑みを浮かべ

タカツグの肩に手を置いた。



「君がいなきゃ!私と一緒に勇者を探そうよ」



ヴァレンはタカツグを引っ張り、森の中から

少し離れて見える大きな建物に向かって歩き出した。



道中でヴァレンは小さな花をつまみ

口の中でもぐもぐと噛みだす。



「それにしても…人間たちって

 本当に面白いね」



ヴァレンは花を食べながら

タカツグに目を向け言う。



「でも、タカツグほど面白い人間はいないよ」



ヴァレンの目には、興味と好奇心が溢れていた。



「ああ…。俺も君みたいなドラゴンに

 会ったのは初めてだよ

 ところで勇者の城はどこよ?

 あの大きな建物か?」



ヴァレンは、タカツグの言葉に

一瞬だけ考え込むように目を細めた。



「勇者の城…」



ヴァレンの声には不思議な響きがあった。

周囲を見渡し、彼女の目が大きな建物を捉えた。



「あれだ!あの向こうに見える建物が

 きっと勇者の城だよ!」



ヴァレンはタカツグの手を引き

小走りで森の中を走る。

彼女の長い灰色の髪が風に揺れ、

その動きはまるで子供のようだった。


しかし、その瞳には真剣な光が宿っていた。



「ねえ、タカツグ…」



ヴァレンは息を切らしながら話かけた。



「勇者ともう一度会えるなんて

 と思ったら…

 なんだかドキドキするよね」



タカツグは困惑した様子で答える。



「お?おお…そうか。ドキドキするのか」



そんな他愛もない会話をしてる間に

ヴァレンとタカツグは森を抜けて

城門の前に立ち止まった。



ヴァレンは勇者の城を指差す。


その表情には、期待と不安が入り混じっていた。



「なぁヴァレン?城下町はともかく

 城自体の中に普通に入って行って

 いいものなのか?」



タカツグは心配そうにヴァレンに質問すると

彼女は一瞬戸惑いの表情を浮かべ

そしてふわふわとした笑みを浮かべた。



「え?普通にって…?んーまぁ城なんて

 私にとってはただの大きな家

 みたいなものだけどね」



ヴァレンの目が光った。



「確かに、ドラゴンの私が堂々と行くのも

なんか不自然だよね。警備も厳しそうだし

でも、安心してタカツグ。私に任せて!」



ヴァレンは自信満々に胸を張り、

そっと灰色の長い髪をかきあげた。



「今は人間の少女の見た目だけどな」



タカツグはボソッと言った。



ヴァレンはタカツグに淡々と語りだす。



「私、昔はこの辺りで暮らしてたから

ちょっとした知識くらいはあるよ」


「まずは裏口から忍び込むのが一番だね

どうせみんな前門ばかり見てるだろうし」


小さく肩をすくめ、歩き出すヴァレン。



「まぁ…ヴァレンに任せてみるよ…」



タカツグの言葉を聞き

ヴァレンはにんまりと笑った。

太陽の光で照らされた彼女の灰色の髪が

いたずらっぽく輝き風に揺れる。



「うん、任せて!さあ、行くよ!」



ヴァレンは軽やかに走り出し

再び森の中へと消えていった。



タカツグがついていくと

ヴァレンは一際大きな木の根元に

しゃがみ込んでいた。



彼女は小さな石を拾い上げ、

それを指先でくるくると回しながら


「ここからだと、遠回りだけど…」


と、つぶやく。



「あ、そうだ!」



ヴァレンは突然立ち上がり

タカツグの手を取った。

彼女の目がきらきらと輝いている。



「私ね、昔ここに隠れ場所を作ったんだよ!

 だから、そこから行こう!」



ヴァレンはタカツグの手を引いて

さらに奥へと進む。

その足取りは軽やかで

まるで森の精霊のようだ。



ヴァレンは洞窟の前で立ち止まり

得意げに笑った。



「ここだよ!」



洞窟の中は暗くて冷たい空気が漂っていた。



「怖がらないでね

 私がいるから大丈夫だよ!」



その声は少し震えていたが

ヴァレンは気丈に振る舞った。



「なぁ?ここから本当に

 勇者の城にいけるの?」


「ただの洞窟にしか見えないんだけど」



それを聞いたヴァレンは

洞窟の中で立ち止まり

瞳を輝かせた。



「ここから?もちろん行けるよ!

 私が知ってる近道だもん」



ヴァレンは得意げに胸を張り

洞窟の奥へと足を踏み入れた。



「この洞窟、私が昔作ったんだ」



ヴァレンは洞窟の壁を指で

なぞりながら進んでいく。



「でも、あんまり大きな声出さないでね

 この洞窟、結構脆いんだ」



ヴァレンは声をひそめて言った。

不安そうに振り返りながらも

ヴァレンの顔には

期待と興奮が浮かんでいた。



「結構脆い…だと?

 本当に大丈夫なのか?!

 心配になってきた…」



タカツグはそう言って大きなため息をついた。



「ここの洞窟を抜けると、勇者の城の

 裏庭に出られるんだよね

 私の案内は完璧だと思わない?」



ヴァレンはにっこりと笑い

タカツグに向けて親指を立てた。



ヴァレンとタカツグは洞窟の奥へと進んだ

足元には小さな光が揺らめいている。



ヴァレンの声が響く。



「ほら、ここだよ!この石を動かすと…」



ヴァレンは大きな岩を力を込めて押し

岩に隠されていたところから通路が現れた。


ヴァレンは得意げに笑い

タカツグに向かって手を差し出す。



「さあ、行こう!私の知識を信じて!」



ヴァレンの言葉にタカツグの心には

一抹の不安がよぎる。



タカツグはヴァレンが岩を退かすのを見て

ドラゴンの身体のときもわざわざ岩を退かして

この道を通っていたのか?と疑問に思った。



「ヴァレンって…ドラゴンだったとき

 手先が器用だったタイプか?」



ヴァレンは一瞬、遠くを

見つめるような顔をした。



「うーん、そうね。ドラゴンの頃は…

 私、結構器用だったよ

 爪で岩彫りとかしてたんだ」



ヴァレンは手元に視線を落とし

小さな石を弄び始めた。



「でも、人間の体って

 なんか不思議だよね。

 器用な気もするし、不器用な気もする」



ヴァレンはふと笑い、タカツグに向き直った。



ヴァレンはポケットから小さな石を取り出し、

それを指先でくるくると回し始めた。

石を空中に放り投げ、キャッチしようとしたが

石は彼女の指からすり抜け、地面へと転がった。



「あっ…」彼女の顔に恥ずかしそうな

表情が浮かんだ。



「ヴァレンって無邪気だよな

とにかく、目的は勇者に会って

キミの愛の告白だからな?

気を引き締めていくぞ!」



タカツグは真剣な眼差しでヴァレンに言った。



ヴァレンはタカツグの言葉に一瞬驚き

目をぱちくりさせた。


彼女の頬がほんのりと赤く染まる。



「愛の告白?」と、小さく呟いてから

彼女は笑みを浮かべた。



「私の?ええっと…でも、勇者に告白って…」



ヴァレンは少し戸惑いながらも

その目には決意の光が宿った。



「まあ、いいか!タカツグがそう言うなら

 やってみるだけやってみるね!」



ヴァレンは深呼吸をして、洞窟の奥深く

勇者の城への道を進んだ。


足取りは少し重いが、その胸には

新たな期待が膨らんでいた。



「私の告白…うーん、どう言おうかな…」


と、ヴァレンから小さな声が漏れる。



「でも、告白って難しいよね

 私、どんな言葉を使えばいいか

 分かんないや」



ヴァレンは首を傾げながら

ふと自分の指先を見つめた。



「でも、勇者の前で失敗するのも

 悪くないかもね。また新しい経験だもん!」



ヴァレンの表情は真剣で瞳には

決して見せない緊張が浮かんでいた。

しかし、その緊張もすぐに彼女特有の

明るさによって和らいでいく。



ヴァレンはタカツグに向き直り

にっこりと笑った。

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