懐かしい店

 シーナ達と別れた後、私は故郷の街へと出向いた。母に会いに行くよりも先に、行かなければならない場所がある。


 ……相変わらず騒がしい街だった。五年経っても、良くも悪くも変わらない姿をしていた。


 私は、あえて大通りを避けて人気のない場所まで行った。狭い脇道もまた、変わらないままである。この小さな路地で、一生の親友、サファイアと出会ったのだ。

 私は、目を瞑る。そして、首にかけている割れた赤い宝石に祈った。



 その後、古本屋へ行ってみた。ジジイやクラリスは元気にしているだろうか。また、昔みたいにココアを出してくれるだろうか。そんなことを考えながら、私は店の扉に手をかけた。

 店に入ると、やはりインクの匂いがして、懐かしい気持ちになった。カウンターには、一人の少女が座っており、私の方を目を丸くしながら見つめていた。


「クラリス?」

「ミリ! 久しぶりだね!」

「五年ぶりくらいか……元気だったか?」

「うん、私は元気だよ」


 クラリスも、私と同様に背が伸びていた。しかし、内面は当時のまま変わっていないように思う。


「そうだ、ジ……おじいさんは?」

「あ、そっか……おじいちゃんはね、もういないんだ」

「え?」

「ミリがこの街を出て一年後くらいかな……寿命だったみたい」


 ……そうか。そうだったのか。私がいない間に。


「クソ、ちゃんと『ありがとう』って言えばよかったな……ずっと後悔してたんだよ」

「それなら大丈夫。私には聞こえてたよ、去り際に小さくありがとうって言ってたの」

「そうなのか? なら、よかった」


 本当は、立派な医者になった私を見てほしかった。あなたがくれた四冊の本が、私をこんなにも成長させましたよ……と。そう伝えたかった。でも、もう遅いんだな。

 考えれば考えるほど、後悔ばかりだ。ちゃんと例も言わず、ただ生意気だった私……。


「おじいちゃんが言ってたよ。ミリはすごい才能を持っている。あの子は『努力』できるんだって」

「努力か……それは本をくれたおかげだし、私には偶然魔力量が多いっていう才能があったから」

「それについてはね、実は違うんだよ」


 クラリスは、カウンターの奥から魔石を持ってきた。あの時私が触れたものだ。しかしそれは、赤ではなく青い色をしていた。


「青い魔石?」

「これはね、魔石じゃなくて魔光石っていう、いわゆる装飾品だよ」

「えっ? 魔石なんじゃ……」

「おじいちゃんは、ミリを傷つけないために、これを魔石だって嘘をついたんだ。これが強く光ったのは、ミリの魔力の量に反応していたわけじゃなかったんだよ」


 そうだったのか? 今日までずっと騙されていたぞ。


「でも、私は確かに魔力量が多い方だと思うんだが……?」

「それはミリが努力して身につけたもの。生まれながらに持っているものじゃないよ」

「……そうか」


 私はずっと、自分の才能のおかげでなんとか医者になれたと思っていた。しかし、昔の私はちゃんと努力してたみたいだな。


「ありがとう、クラリス。なんだか勇気が出たよ」

「なんの勇気?」

「この後、母に会いに行くんだけど……喧嘩して出ていってしまったから。合わせる顔がなくて」

「そういうことだったんだ。応援してるよ!」


 クラリスは「もう少しゆっくりしていきなよ」と言って、ココアを出してくれた。この店は、代わりにクラリスが継ぐことになったらしい。


「おじいちゃんには、二人の息子がいたんだ。一人は、私のお父さんだね」

「あぁ」

「もう一人は、重い病気で亡くなったんだって……だから、魔法学園に入学して、どんな病気でも治療できるようになりたいと思ったらしいよ」


 ……しかし、家族を養うために仕事をしながら勉強することは不可能だった。それに、入学に莫大な資金が必要である。よって、彼は入学を諦めたんだそうだ。

 その代わり、少しでも学生の力になりたいと、古本屋を開いたらしい。卒業する者は教科書を売って資金に、入学する者は少しでも安く教科書を手に入れることができる。


 また、魔法学園の校長に何度も手紙を送り、推薦入学のシステムを提案したのも彼らしい。だから、二人は知り合いだったのか。


「……とまぁ、こんな感じ」

「私って助けられてばっかりだな」

「でも、おじいちゃんもミリに助けられていたみたいだよ。教え子が、魔法学園で有名になったって。ずっと喜んでた」

「そうなのか?」


 私の噂はここまで広がっていたのか。なら、母さんにも……?


「クラリス、私さ。母さんに見捨てられてないか心配なんだよな」

「絶対そんなことないって! おじいちゃんも、自分の息子の病気を治すために死ぬ気で頑張ったんだよ。家族っていうのは、そういうもの」

「そうかな?」

「そう、絶対そう」


 少し元気が出たので、私は出発することにした……が、その前に古本屋で一冊本を買った。呪いに関する本である。これでシーナの役に立てるかもしれない。

 やはり、私は本や勉強が好きらしい。それに、努力とは言っても、きっとみんなのおかげで頑張れているのだ。

 クラリスに背中を押してもらった。なら、行くしかないよな……。


「じゃあな、クラリス」

「またね、ミリ。次は久しぶりに屋根の上で日向ぼっこでも、どう?」

「しない」


 私は古本屋を出て、よく覚えのある道を辿った。ここは、かつて生意気な少女が通っていた道だ。何度もここを、本を抱えて行き来していた。だからよく覚えている。


 五年かけて、生意気な少女は大人になった。大切な物を失い、大切な物ができた。けれどまだ、やることがある。


 少女は、ただ歩いた。

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