懐かしい道

 例の騒動から一ヶ月後、とうとう私は故郷へ帰ることを決意した。医学の聖地と呼ばれた国、ラース王国だ。


 ……ギリギリまで躊躇っている私のためにロミーナは別の医者を手配してくれたり、色々なアドバイスもくれた。エリカには、家族だけじゃなくて学園の友達とも会ってきなよと言われた。これはもう、引くに引けない状況である。


 ……母さんは元気だろうか。


 あれから五年、私は一度も帰っていない。五年あれば、色々ある。


 私は母に酷いことをした。母は、そんなクソガキの私を許してくれるのだろうか。私は、果たして母を前にして上手く謝れるのだろうか。不安は募るものの、楽しみでもあった。久々に友達に会えるからな。シーナ達には手紙も送ってある。


 私が一人で乗った船は、ラースの港に到着した。今回はサファイアがいない。肌寒い空気と相まって、少し切ない気持ちになった。思えば、今までサファイアのおかげで長旅も淋しくなかったんだな。


 まずは、私の母校である魔法学園へと向かった。馬車に乗って港町を離れると、すぐさま田舎の山道に景色が変わった。懐かしい雰囲気、懐かしい空気、そして懐かしい寒さに襲われた。

 ラース王国は、記憶の中の数倍は寒い。よくここで生活していられたなと、急いでマフラーを巻く。シーナにもらったものだ。

 シーナ達はまだ学園の生徒として毎日勉強しているそうだ。しかし、今は長期休みのシーズンなので暇であるとの連絡があった。よって、今日会うことにする。


 魔法学園までの道のりが、なんだか懐かしかった。シーナ達とよく訪れた街にまで差し掛かると、不思議な感覚で胸が一杯になる。

 そして、待ち合わせ場所である魔法学園の門の前まで辿り着いた。集合時間まで残り四十分。早く到着し過ぎたみたいだ。これはしばらく待つことになるな────。


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「ミリ、久しぶりですね」


 振り返ると、そこには少しだけ大人っぽくなったシーナが立っていた。白銀の世界に溶け込む綺麗な白髪がなびく。その姿に、私は懐かしさで胸がギュッとなった。


「シーナ、三年ぶりだな」

「ミリは……少し背が伸びましたか?」

「少しじゃない、すごく伸びたぞ」


 前にシーナと話した時は、少し見上げていたくらいなのに、今はほとんど同じ目線になっていた。懐かしさのあまり、思わず目頭が熱くなる。

 私達は、門の近くにある石段に座り、近況を報告し合った。


「医者の生活はどうですか?」

「まぁ、色々あったけど……うまくやってるよ」

「良かったです。というか、噂はこっちにまで届いてますよ」

「は? 噂?」

「そう、『異国の診療所にいる卑屈な天使』についてです」

「なんだそれ……」


 私はどうやら、有名人になってしまったらしい。そういえば、魔法学園在籍中もよくそんなことを言われたな。目立つのは嫌いなんだがな……まぁでも悪くない気もするな。


「シーナはこの三年間、どうしてた?」

「あぁ……そうですね。死ぬほど寂しかったです」

「それはすまん……」

「今まで通り、呪いの研究をしてましたよ。順調に解明が進んでいます」

「そうか、よかったよ」


 シーナは相変わらず右目を隠していたが、それは癖らしい。ネムの作ってくれた魔道具は今も使っていて、呪いの効果はちゃんと消えているとのことだ。

 ネムか……そういえば集合時間を過ぎているな。


「シーナ、とりあえずアイツを起こしに行こうか」

「そうですね。彼女も相変わらずですよ」


 魔道具研究棟へ行く途中、シーナが気づいた。


「そのマフラー、まだつけてくれてたんですね!」

「そう、大事にしてるよ。冬になると、これがないと落ち着かなくなるまである」

「わぁ、なんだか嬉しいですね……!」


 二人で思い出話をしながら歩いていると、魔道具研究棟に辿り着いた。建物の中は相変わらず、片付けがされていない散らかった空間だった。私は大きな声で「誰かいるか?」と言った。すると、本棚の奥からメガネをかけた青年が現れた。


「あ、天使だ。久しぶりだね。ネム先輩なら上で寝てるよ」

「あぁ、話が早くて助かるよ……で、天使って何?」

「みんなそう呼んでるから……」


 変なアダ名がついたものだな。

 二階にある例の部屋に行くと、ネムはやはり布団で眠っていた。相変わらずモフモフなヤツだ……尻尾でも触ってやろうか。

 私はネムに近づいて、尻尾に触れようとした────。


 しかし、手が触れる前にネムは飛び起きてしまった。


「わっ! ミリ、久しぶりだね……何かしようとしてなかった?」

「いや、何も。起こそうとしただけ」

「もしかして、尻尾触ろうとして……?」

「いや、それはない」


 ネムは安心したようにベットから降りた。


「ミリが元気そうでよかったよー。おはよう」

「昼なんだが。というか集合時間過ぎてるんだが」

「あはは……それはごめんねー。でも弁明させて、昨日は楽しみで眠れなかったんだ」


 一日中寝てるネムでも、ネムれない夜はあるんだな……。


 久々に集まった三人は、変わったようで変わっていなかった。昔話に花を咲かせたり、みんなでケーキを食べたりして、楽しい時間を過ごした。ちなみに生徒会長は、去年卒業してしまったらしい。久々に会いたかったので残念だ。


 やがて、あっという間に日が暮れた。窓の外が真っ暗になっているのを見て、少し心配になった。


「あ、夜だ……どうしよう、宿あるかな」

「なら今日は私の部屋に泊まりますか? タダですよ」

「え、いいのか? それはありがたい」


 シーナの部屋か、確かに行ったことなかった……少々気になるな。魔法学園にいたときはいつも私の部屋に集まっていたからな。

 すると、ネムが言った。


「魔道具研究棟に泊まってもいいよー」

「いや、遠慮しておくよ……」

「えぇー」


 こうして、ひとまず解散した後にシーナの部屋に泊まることにした。卒業生なのに、こんなに学園をウロウロしていて大丈夫な理由だが、事前に校長に手紙を送って許可してもらっている。これも、恐らく天使である特権だな。


 女子寮もまた、変わってなかった。かつて私が使っていた部屋には、別の誰かがいるらしい。シーナの部屋に案内してもらうと、きちんと整頓された綺麗な部屋だった。どこかの魔道具オタク達とは大違いだ。


「ミリがベットを使ってください」

「シーナはどうするんだ?」

「私は床で寝ますよ」

「はぁ? それだと寒いだろ。一緒に寝るぞ」

「えっ? ええっ!」


 シーナは顔を真っ赤にして、目を逸らした。大丈夫、襲ったりしないから。


「風邪をひかれたら困る……まぁそのときは治すけど」

「ならお言葉に甘えて、一緒に寝ましょう!」


 彼女は何故かノリノリだった。襲われたりしないだろうか。

 とにかく、明日ここを出て故郷へと帰らなければならない。しかし、まだまだ話したいことが山ほどある。ならば、今からでも沢山話しをしなければな……。


 よし、今夜は寝かせないぞ(いやらしい意味ではない)。

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