生きたい

(ミリ視点)


 この場所に閉じこもってから体感で数十分、実際は数分しか経っていないだろう。植物魔法で壁を補強しながら、必死に助けを呼び続けた。しかし、声が枯れても助けはこない。私は、とうとう死ぬんじゃないかと思い始めた。魔力が足りていないのか、背中に受けた傷が中々塞がらない。血も絶えず流れてくる。

 しかし、考えれば考えるほど、頭によぎるのは大切な人たちだけだった。


 ……生きたい。その思いだけが、私を動かしていた。食い破られそうな壁をすぐさま補強し、命をつなぐ。


 すると遠くで、魔物達よりも奥の方から、人の話し声が聞こえた。壁の中なので、何を言っているかまでは聞き取れなかったが、確かに人の声である。


 私は、咄嗟に大声を出した。


「助けて! 誰かっ!」


 ────その瞬間、私の周りで大きな爆発音が鳴り響いた。壁の中まで熱気が流れ込み、思わず目を閉じた。何があったのか、理解できないまま数秒間の時間が過ぎた。


 目を開けると、正面の草木の壁から白い光が漏れていた。その光の中から、そっと手が伸びてくる。幻覚か、それとも夢か、それとも……私はそっと、その手をつかんだ。


 グッと身体を引っ張り上げられ、私は壁の外に放り出された。見ると、周囲に魔物の姿はない。その代わり、私が何度も治療してきたギルドの冒険者達がずらりと並んでいた。何十人もの戦士たちが、私のために駆けつけてくれたのだ。

 そして、私が手を握っていたのはロミーナだった。彼女の顔を見た途端、全身の力が抜ける。私は生きているんだ。みんなが助けてくれたんだ、数秒かけてようやく実感した。


「ミリ、助けに来たよ」

「ロミーナ……」


 私は思わずロミーナに抱きついていた。冷たく固い鎧越しに、確かな温もりを感じる。私は生き延びることができたんだ。


「ミリ……怪我してるじゃない! だ、だれかヒーラーは?」


 魔力切れの症状なのか、それとも安心したからか、突然全身の力が抜けるのを感じた。いや、出血が酷いのか。そして、やがて瞼が重くなった……眠い。


 薄れゆく意識の中で、皆の声が聞こえた。


「おい、出血してるぞ!」

「ヒーラーはいないか!」

「とりあえず止血するぞ」


 私、どうなるのかな。もしかしてこのまま……それとも、誰かが助けてくれるのかな。私はロミーナにグッと抱きついて、小さく呟いた。


「死にたくない……」



 私は診療所のベッドで寝ていた。まさか、自分がここで寝ることになるとは。なんだか頭がぼーっとする。

 ベッドの真横で、ロミーナがぎゃーぎゃー泣いていた。さっきまでの安心感はどこへ行ったんだよ。というかこいつ、泣くときもうるさいのか。


「ミリ! 無事でよかったぁ!」

「うるさいぞ、ルーキー……」


 ロミーナは私の前で初めて泣いた。自分が魔物にボコボコにされて、全身血だらけになった時ですら泣かなかったくせに。


「ミリい! うわぁあん!」

「……うるさいってば」


 私はひとまず、体を起こしてみた。やはり、怪我は治ってるみたいだ。あんなにも大怪我だったはずだが……私が疑問に思ってると、それを悟ったかのようにロミーナが補足した。


「ミリの怪我はエリカが治してくれたよ。今は夕飯を買いに行ってくれてる」

「そうか。よくあんな傷を治せたな……?」

「それがね、エリカや他のヒーラー達でも治せないほどの大怪我だったんだけど……これ見て」


 ロミーナが差し出したのは、私が身につけていたサファイアの形見のペンダントだった。そして石が真っ二つに割れてしまっている。

 魔石は、それが壊れたときに今までに吸収していた魔力を放出するという性質がある。ということは……。


「この魔石は、ミリがサファイアを治療しようとしたときに溢れていた魔力を吸い取っていたんだよ。この中の魔力を使って、エリカがミリを治療してくれたんだ」

「サファイアの形見が……私を助けてくれた?」

「そういうことになるね」


 私は思わず泣きそうになった。過去の自分の魔力が、自身の怪我を治してくれたのか。きっと、サファイアが私を守ってくれたんだ。


「ま、とにかく生きててよかったよ!」


 彼女は嬉しそうに笑った。私よりも先に泣くし、私よりも先に笑うし……本当にいい友達だな。


「ロミーナ、ありがとう」

「私じゃなくてギルドのみんなにもお礼言うんだよ? もちろんエリカにもね」

「そうするよ」

「あ、後さ。出入り禁止は解いてね?」

「そうだったな。それは、その……ごめん」



 こうして私は、無事に診療所の仕事に戻ることができた。治療にやってきた人たちには、あの日のことをちゃんと謝罪してある。

 しかし、皆気にしていない様子だった。むしろ、普段から助けてもらってばかりだからと謙遜する者もいた。


 私はこんなにも幸せだったんだなと、再確認させられた。お金のためだとか、見返すためだとか、そんな理由で生きてきたのに……そんなことはもうどうでも良い。私はこの場所が、この仕事が好きだ。


 そして私は、心に決めた。近いうちにラース王国へ帰ろうと。

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