医者は無力だ

 それからも、私は毎日のように、汗だくでハァハァしてる筋骨隆々剣士を相手に、癒やしとクソガキパワーをフルに使ってめちゃくちゃ頑張った。

 ……イヤらしい意味ではない。君はいつも、イヤらしいことばかり考えているね。


 やがて、二年の月日が経過した。沢山治療して、沢山稼いだ。心配しなくても、ファンクラブの件ではない。給料だ。

 ある日、試しに自分が稼いだ金貨を並べてみた。ギラギラと輝くそれは、一枚一枚に驚くほどの価値があるのだ。私は、とうとう金持ちになった。そう実感することができた。


 昔からずっと、お金が嫌いだ。

 でも昔から、コレの力をよく知っている。


 これを半分、母さんに送るのはどうだろうか? ふとそんな事を思いついた。あの日、酷いことを言って出て行ってしまったな。あれからもう、五年は経つのか……。

 これで、母も許してくれるだろうか。いや。母のことだ。「いらない」とか「自分の為に使いなさい」とか、そんなことを言うんだろうな。


 でも、この為に医者になったんだ。その為に努力したんだ。今までの苦労は全てそのために……。

 すると、いつものようにロミーナとエリカが診療所に訪れた。怪我はしていないので、単に遊びに来たのだろう。この二人に相談してみようか? いや、やめておくべきか……。


「どうしたの、ミリ? 元気なさそうだけど」


 ロミーナは心配そうに私を覗き込んだ。


「いや、まぁ……悩みがあってね」

「悩み? 私達でよければ聞くよ!」


 エリカも、隣でコクコクと頷いた。仕方ない、この二人にならいいか……。


「私は、ずっと母と二人で暮らしてたんだけど……」


 結局、二人にここまでの経緯と悩みを打ち明けた。二人のことをここまで信用していたのかと、自分でも驚いた。しかし、誰かに話さなければ押しつぶされそうだった。


「ミリの人生は随分とハードだね……でも、お金を送るのは少し違うんじゃない?」


 ロミーナはそう言って、長椅子に腰掛けた。エリカも、頷きながら隣に座る。


「ミリがもう一度会いに行って、その日のことを謝ればいいんじゃないかな」

「私もそれが良いと思う。いっそのこと、一緒に買い物でも行けば?」


 二人の意見は、確かに納得のいくものだった。しかし、私はあの家に帰りたいとは思わない。もしかすると、歓迎されないんじゃないか。私を娘だって、認めてくれないんじゃないか。そんな考えがよぎるのだ。


「まぁ……採用するかは別として、ありがとう二人とも」

「いえいえ」


 二人に相談した結果、解決には至らなかったが、心は楽になった。これが友達というものなのだろうか。この五年間でなんとなく分かった気がする。


 二人はいつものように雑談を始めた。私はほとんど聞いているだけだったが、いつもより少し居心地が良く感じた。

 ふと、サファイアを撫でようとすると、やはり普段よりも元気がなかった。何故だろう。この国の気候の問題だろうか、それとも何か別の原因があるのか。


 ロミーナとエリカはいつもよりも優しく、サファイアを撫でてくれた。



 あれからというもの、母に会いたいという気持ちが強くなっていた。いや、本当はずっと寂しかったのかもしれない。心の奥底にあったその気持ちが、ようやく顔を出したような、そんな感覚だった。


「ねぇ、サファイア。私、家に帰るべきだと思う?」


 しかし、いつものように返事は返ってこなかった。


「サファイア……?」


 もう一度問いかけるも、やはり返事はなかった。急に、心臓が締め付けられる感覚がした。私は、ベットに寝転んでいるサファイアの元へと駆け寄った。

 見ると、細い息をしたまま、ぐったりとしていた。私は慌てて、サファイアにヒールをした。


 嫌な考えが頭を巡り、冷や汗が流れ始めた。手足はガタガタと震えている。私は身体中の魔力を込めて、サファイアをヒールした。何かの病気ならば、こうしていれば治るはずだ……私は自分に言い聞かせて、ヒールし続けた。


 その時、診療所の扉がノックされた。しばらくして入ってきたのはロミーナだった。


「あ、ミリ? どうしたの?」

「ロミーナ! サファイアが弱ってて……」

「そっか、分かった。じゃあ、今日は診療所は休みにしよう! ギルドのみんなにも伝えてくるよ」

「助かるよ……」


 そう言って、ロミーナは診療所から出ていった。


 私は薬草を炊いたり、本で調べたりしながら、あらゆる方法でサファイアをヒールした。病気かもしれない、毒かもしれない、あるいは呪いかもしれない。しかし、一向にサファイアの様子は変わらなかった。

 ならば、私の魔力が足りないんだ。全て使い切る気持ちで……ヒールしないと。


 私は何時間も、休まずにサファイアをヒールし続けた。

 途中、魔力切れの症状で頭痛に襲われた。吐き気がした。鼻血が止まらなくなり、視界はボヤけ始めた。それでも、ヒールをやめなかった。ずっと、ずっと……。



 けれど、全ては無駄だった。

 サファイアは、安らかに眠った。


 医者だからわかる。寿命だったのだ。この世にあるどんな魔法や薬を持ってしても、それには逆らえない。私はサファイアの脈を取り、自分の無力さを悟った。

 散らかった部屋が、やけに静かになる。自分の鼓動の音が鮮明に聞こえ、頭痛だけが残った。


 ……そうか、私は独りか。そういえば、ずっとそうだったな。サファイアがいなければ、とっくに野垂れ死んでただろう。


 私は、何もできないただの農民Aだったことを思い出した。農民Aは、金欲しさに医者になり、背伸びして他国に行く。しかし、そこで孤独だったことを知る。


 農民Aは、何度も泣いた。



 サファイアの墓は、診療所の裏にある景色の良い岡に作られた。また、形見である魔石はペンダントにして身につけることにする。所謂形見というやつだ。後から駆けつけたロミーナは、何も言わず、色々と手伝ってくれた。


「ねぇ、ミリ。診療所はしばらく休んだほうがいいんじゃない? また元気になったら再開しなよ」


 私は首を横に振った。

 そんなの迷惑だろう。私の自分勝手でここが休みになれば、ギルドの皆は困る。それはロミーナも同じだ。


「でも、無理しないほうがいいよ。私……ミリのことが心配だよ」


 そう言ってるけど、本当は違うんだろ? 私がいなければ、みんな怪我したままになるんだ。なら、私が休むわけにはいかない……。


 私はもう一度、首を横に振った。

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