深いダンジョンの先へ
ダンジョン攻略当日。
この日のためにロミーナが、ちょうどいい難易度のダンジョンを見つけてきてくれた。診療所が留守になることを懸念していたが、それも問題ないらしい。なんと、前にあの診療所で医者だった人物を呼んでくれていたのだ。
直接会ってはいないのだが、噂は聞いたことがある。私と同じくらい人気だった(自分で言うと恥ずかしいな)そうだ。
今回のダンジョンは何度か経験した地下にあるものではなく、遺跡の中にあるものだった。見上げるほど高い石でできた建物に、無数の蔦が絡まっている。所々ひび割れており、何かの拍子に崩れそうで怖かった。
ロミーナは、私とエリカに概要を説明した。
「このダンジョンは、見ての通り小さい。けど、油断せずに進もう。二人は後衛で、私が前に出るよ」
いつものロミーナとは違い、なんだか気が引き締まった様子だった。
ダンジョンの入口は、石でできた大きな門だった。やはり、例に漏れず真っ暗で、私の魔法無しでは一メートル先も見えない。炎魔法を使って明かりを確保し、フォーメーションを組んで立ち入った。
入ってすぐに、奥の暗闇からガサガサと音が聞こえた。ロミーナは「魔物だ」と言って、音のする方へと消えてしまった。
「おい、ロミーナ?」
「ちょっと待ってて」
僅か数秒後、ロミーナが戻ってきた。彼女の相棒である大剣は、魔物の血で染まっており、鎧にも返り血がついていた。
「倒してきたのか……早いな」
「ま、二人を守る役だからね」
その様子に、エリカは少しだけ悔しそうにしていた。先を越されたとか、いいところを見せたかったとか、そう思っているのだろう。しかし、焦ることはない。まだダンジョンは始まったばかりだ。
そんな調子でロミーナが魔物を倒すところを眺めながら、順調に奥まで進んでいった。あまりにも簡単に魔物を倒すので、もしかしたらダンジョンの難易度を間違えたのかとさえ思った。しかし、このままだとエリカに教えることは見つからないな。ボスに期待するか……少しは骨のあるやつだといいが。
やがて、他よりも大きな扉の前に辿り着いた。今までの経験から察するに、これがボスのいる部屋だ。意外と順調だったな。もう少し苦戦するかと思っていたが……とうとうエリカの出番は無かったな。
そして、ロミーナが扉に手をかけて言った。
「私が先に入るから、みんなは後から続いて」
「あぁ、任せたよ」
ふと、足元に何かの模様が描かれているのが分かった……よく目を凝らすと、円形で見覚えのある形をしていた。これは魔法陣か? なら、危ないんじゃ────。
気づいた頃には、ロミーナが扉を開け放ったところだった。その瞬間、青白い光に包まれて、私の視界は数秒間真っ白になった。そして、足元の魔法陣が突如、その周辺の地面ごと破裂した。地面が消え、底が見えないほどの深い穴に放り出される……身体が軽くなり、数十秒経ってから地面に叩きつけられた。
痛みを感じた瞬間、慌てて自分にヒールをした。立ち上がり、四肢の無事を確認する。瓦礫に挟まれたりもしていないようだ。
ふと足元を見ると、エリカが倒れたまま、必死に自分にヒールをしていた。しかし、魔力量が少ないのか、一向に傷が治らない。
「エリカ、ヒールするから待ってろ」
「えっ……自分でするから!」
「だって遅いだろ、お前……」
私はエリカの全身の怪我を瞬時にヒールした。彼女は不服そうに「ありがとう」と言った。まぁ、気持ちはわかる。しかし、ここはダンジョンの中だ。プライドよりも確実性を優先しなければ。
辺りは暗く、よく見えないのだが、やはりロミーナの姿はなかった。大声で名前を呼んでみたが、返事ではなく反響した私の声が何度か返ってきただけだった。
「ロミーナは上にいるのか? 瓦礫のせいで声が届かないみたいだが」
「多分そう……早くここから抜け出そう、今度は私が前線に出るから」
「そうだな。とっととロミーナと合流して、ボス倒して帰るぞ」
まさかボス部屋の前で穴に落とされるとはな……何があるかわからないな、ダンジョンというのは。ひとまず、周囲の様子を確認してみた。耳を澄ますと、奥で風の音が聞こえた。
「こっちに道があるな」
「じゃあ、ミリさんは炎魔法で周囲を照らしてて。先導するよ」
「おう、頼んだぞ」
細い道を警戒しながら進むと、奥から魔物の気配がした。それに気がついたエリカは、背中に差していた短剣を抜いた。そういえば、ヒーラーなのに剣を持っているんだな。
「行ってくるから待ってて」
「おい、怪我すんなよ」
「大丈夫だって」
私は心配になったので、彼女の後について行った。そこにいた魔物は、以前に見たことのある小さな蜘蛛型のものだった。いわゆる雑魚なので、私でも余裕で倒せる。
安心した私は、ひとまずエリカを見守ることにした。これで倒せなかったら手伝ってやろう……なんて考えていたが、杞憂だった。彼女は一瞬のうちに魔物を真っ二つにしたのだ。
「おお……いい剣さばきだな。生徒会長以来の逸材だ」
「生徒会長? よくわからないけど、私は剣が専門なの」
「そうなのか? じゃあ何故ヒーラーに?」
「……それは、その。なんでもいいでしょ」
何か深い理由があるのかもしれないな。別に興味はないがな。
「まぁ、頼もしい剣士がいるのは何よりだが」
「剣かぁ……嫌いなんだよね、この武器。でも、ミリさんを守らなきゃだし」
「すまんな。私も魔物討伐は手伝うからさ」
そして、その細い道を真っ直ぐに進んだ。途中、現れた魔物は全てエリカが倒してくれた。ヒーラーとしての腕はイマイチだが、剣士としては相当の実力である。
やがて、上階に戻れそうな階段が右前方に見えた。しかし、その左手奥にはやけに天井の広い空間になっている。炎魔法の明かりでも奥が見えないほどだ。
「この広さ……ボスでもいるんじゃないか?」
「かもしれないね。気をつけて進もう」
「はぁ、さっきの扉がフェイクとかだったらダルいな」
なんて呟きながら、ふと見上げてみた。すると、暗闇の中に二つ、赤いものが光っていた。間違いない、大型の魔物の目だ。
私はとっさに、エリカに告げた。
「上! いるぞ!」
「えっ!?」
すると、天井に張り付いていた魔物が、一直線に地面に降りてきた。その勢いで、地面に砂埃が舞い、衝撃が全身に伝わる。広い空間に轟音が反響して耳が痛くなる。見ると、それは人形でありながら、十メートルほどの大きな体をもった魔物だった。体に鎧のようなものを纏っており、両手の爪は鋭く、一本一本が大剣のようである。
間違いなく、コイツがこのダンジョンのボスだ。
エリカは咄嗟に回避したが、着地の衝撃に巻き込まれていたらひと溜まりもなかっただろう。私は闇魔法でボスを威嚇するも、効いていない様子だった。
「エリカ、コイツ相当強いぞ?」
「わかってる! けど、やるしかないでしょ!」
エリカは短剣をグッと握りしめ、ボスの方へと走り出した。ボスがエリカに向かって爪を振り回すも、彼女には当たらない。全ての攻撃を見事にかわし、距離を詰める。そして、大きく飛び上がってソイツの腹に剣を突き立てた。しかし、剣は通らず、彼女は弾き飛ばされた。
今ので効いてないのか。よし、私も手伝おう。いや、それでも勝てるかわからないが……まぁ、やるしかない。
シーナに教えてもらった闇魔法を使い、周囲に無数のトゲを作り出した。丁度、暗闇の中だから本領発揮できそうだ。そして、それをボスに発射する。
全てのトゲが直撃するが、やはり効いていないようだ。
次は炎魔法を使い、直径四メートルほどの火の玉を作り出した。
「エリカ、伏せとけ!」
「えっ! わかった!」
その玉を、ボスの顔面にぶつけた。途端、赤い閃光とともに爆発音が鳴り響き、真っ黒の煙で視界が埋め尽くされる。
その勢いでボスがふらついたのをエリカは見逃さなかった。煙が晴れると同時に、すぐさま足元にまで詰め寄ると、足首に向かい剣戟を放つ。彼女の無数の連撃に、ボスの足首からは血が飛び散り、やがて後ろ向きにバランスを崩した。
音を立てて、ボスは地面に倒れた。その瞬間、エリカはその巨体にに飛び乗った。そして、顔面に向かい、目一杯剣を振る。火花が散って、エリカの攻撃は弾かれた。しかし、彼女は諦めずになんども剣を振りかざす。何度も、何度も……。
私は闇魔法でボスの手足を拘束し、エリカに言い放った。
「頼んだぞ! エリカ!」
「わかってる!」
彼女は諦めずに、ボスの顔面に剣戟を放ち続けた。それらの攻撃が、徐々に表面の鎧のような材質を削り、やがて剣が通った。
赤色の血が周囲に飛び散り、ボスの唸り声が響いた。耳をつんざくような悲鳴が止み、周囲が静まり返る。
エリカが剣をしまったことで、私は勝利を察した。振り返ったエリカは、返り血を浴びていたが笑顔だった。
「ナイスだ、エリカ」
私がグッドサインを出すと、エリカも同じように手を掲げたのだが、右手にうまく力が入らない様子だった。
「おい、その手折れてるだろ……治してやるから来い」
「え? バレちゃったか……」
「医者をナメるなよ」
私はエリカの右手を治療し、ちゃんと動くようになったことを確認した。それにしても、骨が折れるまで剣を振り続けるとは、やはり逸材だな。
「こんなにも強いのに、なぜ剣士じゃないんだ?」
「えっ……それは、その」
「まぁ話せよ」
「うん。私も、昔はちゃんと剣士としてパーティーに参加してたんだよ」
……エリカはかつて優秀な剣士として、この街で活躍していたそうだ。しかし、ある日、魔物との戦闘に集中しすぎたあまり、その剣で親友を怪我させてしまったそうだ。その親友とやらは全く気にしていなかったが、エリカは反省し、ヒーラーへと転身してそのパーティーを抜けたらしい。
まぁ、ヒーラーとしてはルーキーであるため、移籍した先のパーティーも抜けさせられたのだとか。どうやらその瞬間を、私は目撃していようだ。
冷静に考えれば、ヒーラーなのに怪我しすぎだし、そもそも実力がないとこの街には来ることすらできないからな。ただのルーキーではなかったというわけだ。
「……まぁ、そんな感じかな。だから、ミリさんに弟子入りして優秀なヒーラーになりたかったんだよ」
「はぁ……でも、お前絶対剣士に向いてるぞ?」
「でも、親友を怪我させた剣なんだよ? その日、ミリさんがヒールしてくれたからその子は助かったけど」
「ならいいじゃん。本人も気にしてないって言ってるんだろ? 誰だか知らないけどさ────」
話していると、階段を駆け下りる音が聞こえた。音の正体は魔物ではなくロミーナだった。先程のボスの声を聞いて駆けつけたのだろう。なんだか不安そうな表情を浮かべており、頬には汗が滲んでいた。よほど探し回ったのだろう。
「二人とも無事!? よかった!」
「あ、出遅れた人だ」
「いやぁ、本当に心配したよ。ボスも……倒したんだ、二人で」
「そう」
私はふと、ロミーナに聞いてみた。
「エリカがさ、めちゃくちゃ強い剣士だってこと、知ってる?」
エリカが慌てて止めに入る。
「いいじゃん、その話は! やめようよ!」
「なんで? 同じパーティーなんだろ?」
すると、ロミーナが答えた。
「知ってるよ! むしろ、私が一番良く知ってるんだから」
「ほう?」
「前も一度パーティーを組んでたんだよ! 何故かヒーラーに転身するって言ってやめちゃったけどね」
「あぁ、なるほどね」
エリカが怪我させた親友とはロミーナのことだったのか。確かに、そんなことは気にしないようなメンタルの持ち主だしな。だとしたら、やっぱりヒーラーとしてより剣士として戦ったほうがいいんじゃないか?
「なぁロミーナ。エリカってさ、ヒーラーより剣士のほうが向いてるよな?」
「うん、私もそう思う。なんでヒーラーになっちゃったんだろ」
エリカは拍子抜けな様子だった。
「わ、私はロミーナを怪我させたことを反省して……それでヒーラーになったんだよ! 私の剣は人を傷つけるんだって。なら、むしろ治療する側になろうって」
「あぁ、そういうことだったの!」
ロミーナはそれに気づいていなかったらしい。やはり、図太い神経の持ち主であったようだ。
「だからって剣士をやめなくたっていいのに! あの怪我だって、ちゃんとミリが治してくれたよ?」
「それはそうだけど……うぅ」
「また一緒に組むことになったんだしさ、同じ剣士として頑張ろうよ? 他のみんなも、エリカの剣さばきが見たいはずだよ」
「……」
エリカはしばらく考え込んでいたが、決心したように顔を上げた。
「もう一度、剣士として頑張ってみるよ……」
「それがいい」
私はそれを見て少し安心した。もう面倒なことをしなくて済むからだろうか、それとも友人同士が仲直りしたからだろうか……。
「なら、エリカ。お前は破門だ」
「ミリさんにはお世話になったよ、ホント……これからは友達として、診療所に遊びに行ってもいい?」
「まぁ、駄目ではない。と言っておこう」
その後、ダンジョン攻略も無事に終え、その日は解散した。当初の予定とは違ったが、エリカも元気になったみたいだ。
診療所に戻ると、サファイアはいつもよりエサを食べていなかった。新しい土地に慣れていないのか、それとも不調なのか……一応ヒールをかけてあげたが、原因はわからなかった。
なので、いつもより優しく撫でてあげることにした。
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