師匠と弟子

 私がロミーナと雑談(一方的に聞かされているといったほうがいいか)をしていると、診療所の扉がノックされた。入ってきたのは、フードを被った金髪の少女だった。いわゆるエリカである。


「わぁ、メソメソ系ルーキーヒーラーだ」

「相変わらず失礼な人だ……」

「まぁ座れよ」


 エリカは珍しく大怪我を負っていた。以前食堂で出くわしてから早一週間。彼女はめげずに冒険者をやっているみたいだ。しかし、ヒーラーとはいえ治しきれない傷は存在する。むしろ、冒険者パーティーに属しているヒーラーの役目はあくまで応急処置である。


 近況でも聞こうかと考えていたところ、ロミーナがエリカに話しかけた。


「エリカ、今日も頑張ってるね」

「え? まぁ……」


 いや、知り合いなのかよ。といった私の表情を読んだのか、ロミーナが説明した。


「エリカとミリ、すでに知り合ってたんだね。先日、訳あって私のパーティーに入ることになったんだ」

「ほう」


 エリカが以前のパーティーをやめさせられる瞬間に立ち会ったからな。そうか、その後ロミーナに拾われたのか。よかったな、ソイツはうるさいけど頼りになるぞ。


「で、どうなの?」

「エリカは優秀なヒーラーだね。周りの人間がどう立ち回るかにもよるけど。ウチのパーティーとは相性がよかったみたい」

「そうか。私見る目あるよな」

「まだまだ練習不足ではあるけど、才能アリだよ。それに、私の親友だからね……」


 親友? やけに仲良くなったな。まだあれから数日しか経っていないのに。まぁ、ロミーナは社交的なやつだからな。変でもないか。

 私はエリカを治療しながら、パーティーでの様子を聞いていた。エリカはというと、なんだか恥ずかしそうにしていた。


「私なんかまだまだだよ。ロミーナが優しいだけ……」

「ま、精進してまえよ」

「それで、ミリさんに相談なんだけど!」

「うん?」

「あの……わ、私を弟子にしてくれないかな!」


 ……弟子? あぁ、うん。嫌だな。


「しない」

「えっ、そんな……ちゃんと言う事聞くから!」

「しない」

「年会費も払うし!」

「う……いや、しない」


 エリカは残念そうにしていた。しかし、弟子になったところで私が教えられることなんて無いぞ? それに、私のことも過大評価している気がする。私はあくまで医者だ。冒険者じゃない。


「とにかく、自分でなんとかすることだな。そもそも、私にはそういうの向いてないから」


 私がきっぱりと断ると、何故かロミーナが割り込んできた。


「別にいいんじゃない? ミリ師匠ってかっこいいじゃん」

「は?」


 エリカは目を輝かせ、それに食いついた。


「じゃあ、弟子にしてくれるんですか!?」


 …………ややこしいことになったぞ。とにかく、この腹筋見せびらかし系少女を止めなければ。


「なぁ、ロミーナ。勝手に決めるなよ。後、ミリ師匠って別にかっこよくないし」

「いいじゃん。ついでに私も弟子になろうかな」

「これ以上ふざけたこと言うと、次から治療しないぞ?」

「えっ……それは嫌だなぁ」


 ……そんな会話をしていたのにも関わらず、エリカは嬉しそうに立ち上がった。


「ありがとう、ミリさん! ロミーナさん! 私、弟子として頑張る!」

「はぁ? 勝手に進めるなよ」

「なんだかワクワクしてきた!」


 コイツって、意外と話を聞かないタイプか? まぁ、ロミーナとつるむくらいだしな。クソ……こうなったらもう、いっそ放っておこう。無視作戦開始! 勝手にやっとけ!


「ミリ師匠、これからよろしくお願いいたします!」

「…………」


 こうして私には、素敵な弟子(?)ができた。



 あれ、「ミリ師匠」ってもしかしてかっこいい?


 私は、診療所に併設された宿直室(私はここに住んでいる)で水浴びをしながら、ふとそう思った(貴重な水浴びシーンだぞ!)。

 私にもし、師匠がいるとすれば間違いなくジジイである。彼は私に、魔法の全てを教えてくれた。もし私がエリカの師匠ならば、それはもう超絶かっこいいのではないかと思えてきた。いや、ロミーナに騙されているだけか? クソ……難しいな。


 水浴びを終え、サファイアをベッドに連れ込み(健全な意味である)、毛並みをチェックしつつ問いかけてみる。


「なぁサファイアよ。私が師匠だったらかっこいい?」

「にゃあ(意訳:その通り)」

「ほ、ほんとに? サファイアもそう思う!?」


 なるほど、サファイアが言うなら仕方ないな! なら、師匠とやらになってやるのも悪くないか! ……でも師匠って何をするんだ? まずはヒゲを生やすところからか。いやそんなわけないよな。うーん、難しい。

 そうだ、今一度回復魔法について勉強し直そう。私の知識が曖昧だったら、人に物を教えることなどできない。



 そして翌日、私は街で紙の束と替えのインクを買った。今日から、少しづつ魔法学園での勉強を復習していくことにする。それを、この紙にまとめる。痛い出費だが、勉強のためだ。

 ……やはり、私は勉強が好きな人間みたいだ。少し、いやかなり楽しみだぞ。


 思えばずっとそうだったな。色々な理由をつけていたが、今までずっと勉強すること自体を楽しんでいたんだな。

 何にせよ、私は師匠というものにふさわしい人間ではないがな……。



 ある日、ボロボロになったエリカが診療所に駆け込んできた。


「師匠、ヒールしてよ」

「師匠じゃないんだが……なんだか、いつにもまして大怪我だな?」

「あ、分かるー?」

「なんだその面倒くさい感じの反応」

「今日は頑張って前線に出てみたんだけど、このザマだよ。でも、師匠に負けないように頑張らなきゃ」


 あれから、エリカは私を師匠と呼ぶようになった。正直恥ずかしくて嫌なのだが、彼女はやけにノリノリである。対して師匠らしいことはしていない(たまに当たり障りないアドバイスをするくらい)のだが、彼女はそれで満足そうであった。


 私は少しだけ、彼女が頑張りすぎているように思えた。


「エリカ、たまには休めよ」

「何言ってるのさ、休んでたら強くなれでしょ」

「……まぁ、私も休むのは嫌いだがな」


 それでも、ヒーラーが傷だらけになって診療所に駆け込むのはおかしいだろ……。



 エリカが去った後、ロミーナに聞いてみた。


「なぁ、ロミーナ。最近のエリカ、頑張りすぎじゃないか?」

「そうだよね、私も思った。なんというか、魔物に積極的に突進していったりするんだよね」

「だから大怪我なのか。しかし、それじゃあヒーラーとして成長できないんじゃないか?」

「そうだろうね。でも、止めても聞かないんだよ」


 なるほど、厄介なヤツだな。プライドが高いとは思っていたが、こんなにも考えなしだとちょっとな……そのうち倒れるんじゃないか。

 そんな私の様子を見て、ロミーナが首を傾げた。


「心配なの?」

「いや、まぁ……」

「なら、師匠であるミリが正しい道を示してあげなきゃじゃない?」

「そうだが、めんどいな」

「まぁそう言わずに、助け合いだと思ってさ」


 助け合い……なるほどね。このまま放っておくのも気分が悪いから仕方ないか。クソ……本当に年会費取ってやろうか、全く。


「じゃあ、ロミーナも協力しろよ」

「いいけど、何すればいいの?」

「私とロミーナとエリカで、ダンジョンを攻略する。それが一番良い気がする」

「ミリも? 危険じゃない?」

「だからお前が守れってことだよ」

「ほう! そんな大役を任されるとは! 頑張っちゃうぞ」


 ロミーナは張り切っている様子だった。事実、彼女の実力は中々のものらしい。他の戦士たちも一目置く存在なのだとか……まぁ、本人から聞いた話だからどこまで本当か分からないがな。とにかく、実際にエリカと共に戦うことによって彼女の欠点を見つける。その後、それを踏まえてアドバイスをすれば完璧だ。


 しかし、正直面倒くさいが……まぁ、仕方ないか。彼女が優秀なヒーラーになれば怪我人も減って、少しだけ診療所の仕事が楽になるかもしれないしな。

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