心の治療
医者として生活を始めてから早半年が経過した。私の評判は相変わらず好調(むしろ右肩上がりな気がする)。サファイアは相変わらずモフモフだった。
ロミーナは、怪我をしていないときでも診療所にやってくるようになった。仕事を邪魔されない分には別にいいが、よっぽど暇なんだろうと思った。暇すぎて診療所に来るくらいなら剣でも振れよと思いつつも、なんだか楽しくて「帰れ」とは言えなかった。
それに、彼女からギルドや街の情報を得てるので、そういった恩恵もあった。
そんなある日、ロミーナがやってきて、街のトレンド情報を教えてくれていた。
「……っていう店があってね。ミリも今度行く?」
「行かない。高そうだし」
「ミリは安くても行かないでしょ……何回誘っても断られるから困るよ」
「何回誘っても断らられるなら諦めろよ」
その根性はギルドで鍛えられたのか?
「あ、そういえばロミーナ。私、この間良いことを思いついたんだよね」
「なになに?」
「私のさ、ファンがいるって言ってたよね? いっそ、私が公式にファンクラブを作れば、年会費で金が取れるんじゃない? これアリ?」
「お金好きだねー、ミリは」
しかし、その提案にロミーナは首を傾げた。
「でもさ、ファンクラブを作るのは別にいいんだけど。会員の特典はどうするの?」
「えっ……そうか、特典がいるのか」
どうしよう、罵倒サブスクリプションしか思いつかないぞ。
「やっぱりナシじゃない?」
「ナシだな……」
いい考えだと思ったんだがな。まぁ、仕方ないか。そもそも半分冗談だったし。
ロミーナは、サファイアをそっと抱き上げると入念に撫で始めた。サファイアは広い心の持ち主であるため、大人しく身を預けていた。私の変な人生観なのだが、猫好きに悪い人はいないのではないかと思う。もちろん例外もあるだろうけど、少なくとも私の周りではそうだった。
ロミーナも、悪い人じゃないのかもな。
「ねぇ、ロミーナ」
「どうしたの? トイレ?」
「違うってば、そうじゃなくて。やっぱり今度出かけない? 休みの日にさ」
「おっ! とうとうミリが観念した! 行こう、どこがいい? 良い食事処なら沢山の知ってるよ」
「落ち着け……別にどこでもいいから」
ロミーナは、テンションが上がったということがわかりやすい。声のボリュームとトーンが上がるからだ。しかし、私と出かけることができるのがそんなに嬉しいのか?
「ロミーナってさ、変わってるよな」
「それはミリもだってば」
「……こんな感じの会話を昔した気がするなぁ」
私は少しだけ、魔法学園での生活を思い出していた。なぜみんな、私と仲良くしたがるのだろうか。こんなにもクソガキなのにな……。
などと考えながら、私もサファイアを撫でた。
◇
ロミーナと買い物に行った次の日のことだった。前日の疲れ(もちろん遊び過ぎて)もあって、身体はフラフラだった。
昼食を取りにギルドの食堂まで行くと、奥のほうから何やら揉めている声が聞こえた。耳を澄ますと、剣士の男が魔法使いの少女と言い合いをしているところだった。
「あのなぁ、もう少し早くヒールをしてくれないと、こっちもやりにくいんだ」
「私だって頑張ってるんだから! むしろ、あなた達が攻撃を受けすぎなんだって!」
「はぁ……正直に言って、エリカ。お前は技術不足だ。このパーティーはお前みたいなヤツはいらない。そのうち大怪我するぞ?」
「なっ……そ、その時は自分で治すから!」
「ミリさんが、だろ? とにかく、俺たちのパーティーからは外れてもらう」
「えっ! そんな……!」
剣士の周りにいた人達は、やがてその場を去り、エリカという少女は一人になった。今にも泣き出しそうな顔をしながら、机をドンと叩く。その拍子に、金色の髪がふわりとなびいた。
多少気の毒ではあるが、私には何もできない。そのまま、食堂で日替わりランチ定食(これが特に安い)を注文し、完成までの間ぼーっとしていた。横目でエリカの方を見ると、拗ねたのか、ローブについているフードを被って机に突っ伏していた。
すまんが、心の治療は専門外なんだ。
やがて、定食の入手に成功したので、なるべくエリカからは遠い席に座って食べ始めた。面倒事に巻き込まれたくないからな。
しかし、どうしても彼女が気になる。もう一度様子を見てみると、やはり同じ状態だった。まぁ、私には関係のない話だ。
それにしても、ここの飯は美味いな。日替わりでこんなにも美味しい料理にありつけるのは本当に幸せだ。ここで働いて良かったことの一つである。
……しかし、やはり彼女のことが気になってしまう。もう一度エリカの方を見てみると、やはり同じ状態だった。クソ、これだと飯に集中できないだろ! どうしてくれるんだ!
私は、トレーを持って立ち上がった。このまま立ち去っても良かったのだが、反射的にエリカの方へと向かってしまった。そして、同じ机の対面した席に座った。それでも、エリカは反応しなかった。数秒後、そこにいるのが私だと認知したのか、いきなり飛び上がった。
「あっ! え? ミリさん、本物……?」
「偽物な訳はないだろ」
エリカは間抜けた表情を浮かべているものの、目は赤くなっていた。これは相当泣いていたな。
「エリカ、だっけ?」
「お、覚えててくれたんだ……いつもお世話になってるよ」
すまんな、さっき盗み聞きしたから名前を知っているだけだ。決して覚えていたからではない。
「お前はもう、昼飯は食ったのか?」
「いや、食べてないけど……」
「そうか」
私は食堂にいた料理長に、私と同じものを頼んだ。その行動に、エリカは驚いた様子である。
「ミリさんと相席する日が来るとは思ってなかったよ。噂だと、ガードが硬いって聞くから……それに、奢ってもらえるなんて」
「は? 奢りじゃないんだが。お前が払えよ」
「は、はぁ……」
絶賛貯金中だからな。
「それで、診療所の天使が私になんの用? ……もしかして、馬鹿にでもしにきた?」
「そんなくだらないことしないって。私のことガキだと思ってるのか? というか、別に用はないよ」
「……噂通り、変わった人だね」
エリカは、私を訝しんでいる様子だった。しかし、それでいい。先程みたいにメソメソされては飯が不味くなる。人からの視線には慣れているからな。
「美味いだろ、これ」
「え、まだ食べてないけど」
「普段何食ってるんだよ」
「焼肉定食だけど」
「よく食うな、流石は冒険者って感じ」
「冒険者……か。私はもう、そうではないみたいだけど」
エリカはまた「絶賛泣く三秒前です」みたいな顔をした。
「あ、ヒール量が足りないんだけっけか」
「…………やっぱり、あなたも私を馬鹿にするんだ」
「はぁ。別に私も彼らも馬鹿にしてるわけじゃないぞ。だって事実なんだろ?」
「うぅ……」
エリカが泣き出す前に、私は本題に入った。
「ヒール量が足りないとは言ったが、原因はいくつかある。魔力不足か、単純な技術不足か、もしくはお前の視野が狭いかだ」
「……?」
「お前がいくらトレーニングを積んでも、ヒールの届かない場所に怪我人がいたらどうする? ちゃんと周りを見ているか? 味方の場所は把握できているか?」
これは、魔法学園でダンジョンを攻略した時に身に着けた知識だ。常に変化する戦闘の場面では、いかに視野を広げるかが大事だった。
「……私は、できてないかも。沢山ヒールの練習はしたけど、実戦はあまり経験してないから」
「そうか。なら、まだまだ成長できるってことだな」
「そうかな。そうだといいけどさ……」
「お前次第だよ」
丁度、エリカの分の定食が届いた。彼女は、それを何も言わず食べ進める。そして、しばしの時間が経った。
────突然、厨房から「痛っ」という声が聞こえた。見ると、料理長が包丁で怪我をしたようだった。犬も歩けば棒に当たるんだな。猿も木から落ちるし、料理長でも調理器具で怪我をするんだ。
「エリカ、ヒールしてきたらどうだ?」
「なっ、あなたがすればいいんじゃないの? 医者なんでしょ?」
「ヒーラーなんだろ? ちゃんと見ておいてやるから」
「なにそれ? まぁ、分かったよ」
エリカは立ち上がって、料理長の元へ駆け寄った。そして、ヒールをする。それらの手順をずっと見ていたが、やはり回復魔法の技能レベルとしては十分であった。
席に戻って来たエリカに、私は告げた。
「良いヒールだったよ」
「えっ?」
料理長も、厨房から「助かったよ!」と声を上げた。
「じゃ、そういうことだから。先に行くね」
私は完食したトレーを持って立ち上がった。エリカは何か言おうとしていたが、それを待たずに私はとっととその場を去った。
彼女はこれから、ちゃんと冒険者としてやっていくことができるのだろうか。もちろん私には関係ない。が、次に診療所に来た時は近況でも聞いてやろうと思った。
そしてそれが、少し楽しみだった。
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