助け合い
私が診療所でサファイアをこねくり回していると、ノックの音が聞こえた。「どうぞ」と声をかけると、例のクセ強女騎士が中に入ってきた。
「あ……ども」
彼女の正式名称……もとい、本名をロミーナと言う。ロミーナは血だらけだった。頭からダラダラと血が流れ、全身を包むご自慢の鎧もボロボロである。診療所の床に、瞬く間に血の海ができた。床が黒く染まっている原因が、今ここで判明した。
「あの……治療してくだせぇ」
「何その喋り方? まぁいいや。来て」
ロミーナは、見れば見るほどグロテスクな状態だった。これにはルーキーも、ドン引きである。略してドンビキーである。
しかしロミーナは、痛がったり泣き叫んだりはしなかった。むしろヘラヘラしている。見るだけで痛そうな傷なのに。これには私も困惑した。
私は、すぐさま治療に取り掛かった。手のひらに魔力を込め、ベッドに横になったロミーナをヒールした。
「ァア! これは効くぅ!」
いや、語弊が生まれるような声を上げないでくれ。マッサージ屋じゃないんだぞ。しかし、いくらなんでも慣れすぎてないか? こんなにも大怪我をしているんだぞ。
「ねぇ、痛くないの?」
「痛気持ちいいぐらい」
「ドンビキーだわ」
「なにそれ……ってァア! 効くぅ!」
私はしばらくの間、適度に不快な時間を過ごした。その結果、見事彼女の傷は完治し、元気になったようだった。
「すごい! 一瞬で治ったよ、さすが天才で美少女だね!」
「……ああ、そう」
さっきまでボロボロだったのにな。コイツのメンタルはどうなっているんだ。流石、日頃から腹筋を露出しているだけのことはあるな。
「君、治療するの上手いね?」
「君じゃなくてミリね。で、治療が上手いってどういうこと? 前も言われたような気がするけど」
「治療中、少しも痛くないんだよね。下手なヒーラーだとそうはいかないからね」
なるほど。ヒールされたことが無いから知らなかったな。前の医者も、かなりの腕前だったとは聞いていた。そんな人物よりも治療が上手い自信なんてないぞ。それに、医者なんて皆同じだろう。どうせ金目的なんだよ。
「で、ロミーナはなんでそんなにヘラヘラしてるのさ。血も出てたんだぞ?」
「え? それはね。ちゃんと助けてもらえるからだよ」
「ふぅん」
その後、何やら世間話を始めたロミーナ。早く帰れよと思いつつも、意外にも参考になる話が多かった。内容としては、ギルドのシステムや流行、他の冒険者との関係性などである。
しかし、一つ気になった点がある。ロミーナは、あろうことか我がサファイアを「可愛い猫ちゃんだね!」と言って撫でまくっていた。
まぁ、サファイア殿は寛大である。尻尾以外なら触ることを許そう……! 尻尾は私の特権だ。その後、ロミーナは満足そうに帰っていった。嵐が去ったような感覚で、私の初仕事は終わった。
しばらくして、また扉がノックされる。
「どうぞ」
「あ、ども」
来たのはロミーナではなかった。その男はこの街の冒険者らしく、やはり全身に怪我を負っていた。そして「あの……治療してくだせぇ」と言った。
「みんなその口調になるの?」
「?」
私は、面倒くさいなと思いながらも、丁寧に治療した。
◇
それから毎日、患者がやってきた。種族や役職はバラバラ。血みどろの騎士、骨の折れた魔術師、中にはヒーラーやクセ強美人女騎士まで……。
毎日のように知らない顔のヤツが現れて、その度に治療をした。これまでの間にモブA〜モブZまでが揃っている。まだ足りないだろうから次に来た奴はモブAAと呼称しよう。
考えている間に、モブAAが現れた。槍使いの青年だった。
「あの、治療してくだせぇ」
「……それってさ。やっぱり言わないといけないお決まりのセリフなの?」
「いえ、そうではないんですけど……なんとなく」
しかし何故か、彼らは同じような態度をとるんでせぇ。
……不思議でせぇ。
「思ったんだけどさ、なんでこんなに怪我してるのさ?」
私は治療しながら、気になっていた質問をぶつけた。
「それぐらい過酷なんですよ、この土地は。でも、怪我するのが怖くないってのもあるかもしれませんね。新しい医者に、皆喜んでますよ!」
「はぁ、いい迷惑だな……」
「いつも助かってますよ」
モブAAはどうやら何度かここに来たことがあったらしい。私が忘れていただけみたいだ。その結果、カウントが狂ったのでモブ達のことは総じてモブと呼称することにする。
「なぁ、モブよ」
「モブって……僕のことですか?」
「そう。お前さ、そんなに血だらけになって、怖いとか痛いとか、何も感じないの?」
ロミーナに聞いたことと同じ疑問をぶつけた。やはり、答えは同じようなものだった。
「治療してくれる人がいるのですから、怖くはありません。痛いのは、ちゃんと痛いですがね……」
私が変なのか、この街が変なのか……彼らの気持ちが微塵も理解できなかった。こっちとしては、給料が他よりも多く貰えるから治療してやってるだけである。「この人を助けあげよう!」といった気持ちは一切ない。それでも、彼らは必ず、診療所を出る時に感謝をするのだ。
「ありがとうございました、ミリさん」
「…………」
◇
この街に来てから、早くも二ヶ月が経過した。宿直室の、やけに柔らかいベッドにもすっかり慣れた。二度給料が出たが、今までの自分では想像もつかないような大金だった。未だに、金貨を見るのはなんだか恐ろしい。
そしてこの日も、いつもと同じように、ロミーナが治療しにやってきた。
「やっほー! 遊びに来たよ!」
「治療しに来たんでしょ?」
「それも兼ねてるね。さ、頼んだよ」
彼女は随分と馴れ馴れしい態度を取った。私としては、有象無象のモブ達と同じような扱いをしているのだがな。しかし、彼女の話には少しだけ興味があった。ギルド内の状況や、私の評判などを定期的に教えてくれる。ずっと診療所に籠もっているので、彼女は唯一の情報源だった。
「ミリ、聞いてよ! 近々、大きなクエストを十人以上の大人数で受けることになったらしい。かなりの高難易度だから、診療所も忙しくなりそうだよ」
「ほう? いい迷惑だな」
「私も参加するから、怪我したらよろしくね」
「はぁ……みんな、なるべく怪我してほしく無いんだがな」
「優しいね! 流石は『天使』」
「優しいんじゃなくて面倒くさいからね……で、天使って?」
そんなダサい呼び方をされたことは一度もないな。ロミーナのあだ名のセンスが悪いのか?
「みんなミリのことをそう呼んでるよ! 親しみを込めてね。熱烈なファンも何人かいるね」
「なんだよそれ。普通に呼べよ」
「はは、もしかして照れちゃう?」
「そんなわけないだろ……」
天使かぁ。私とは真逆の言葉だな。絶対にもっと適切なヤツがあるはずだ。せめて『クソガキ』とかはどうだ? ……いや、みんなから「やぁ、クソガキ! 治療してもらいに来たよ」なんて言われたら普通にキレるな。とにかく、変なあだ名はやめてほしい……恥ずかしいから!
すると、ロミーナがカバンをガサゴソと漁り始めた。
「どうした、忘れ物でもしたのか?」
「子どもじゃないんだから……そうじゃなくて、ミリに差し入れを持ってきたんだー!」
「差し入れ……?」
ロミーナは、大量の紙袋を取り出して、テーブルに並べた。
「これは、この街で一番有名なパン屋で買ってきたパンだよ。オススメだから是非食べてほしいな!」
「ほう……?」
私って、ユニークスキル「人から何故かパンが貰える」の持ち主だっけか(そんなものは存在しないが)。クラリスといいロミーナといいさ……。
差し入れということは、つまり無料ということだ。世の中の全てにお金はかかるはずなのに。なんだか調子が狂うな。
「……ありがとう」
「どういたしまして! 今食べてよ。感想聞きたいし」
「え、今? じゃあ、そうするよ」
私は渡された紙袋の中から、適当なものを選んで、指先で千切って口に運んだ。
「千切って食べるんだ! かわいい!」
「うるさいなぁ……まぁでも、美味しいよ。これ。高かったんじゃない?」
「高級だね。でも、診療所の天使からすれば取るに足らないんじゃない?」
「私はパンなんかに金をかけたりしないよ。貯金してるんだから」
「パンなんかって……こういう贅沢も大事なんだよ?」
そう言って、ロミーナは紙袋からパンを取り出し、そのままかぶりついた。差し入れと言いつつ、自分も食べるんだな……まぁ、いいけど。
しかし、こっちの街に来てから、食事にはなるべく予算を割かないようにしていたのは確かだ。街へ買い出しに行っても、なるべく安いものを選んでいた。お金が大事すぎて無理しているわけではなく、その生活が普通だと思っていたからだ。だから、贅沢が大事だというロミーナの気持ちが不思議でならない。
「ねぇロミーナ、純粋な質問なんだけどさ。なんで損しかないのに人に物をあげるヤツがいるんだろう。この差し入れもそうだけど……」
「えっ? 損だけじゃないよ。ちゃんと得してるからそうするんだよ!」
「得を?」
「そう。さっき、パンを食べたときのミリの表情、可愛かったよー?」
「……クソ」
本当に、彼女の行動全てが理解できなかった。もはや、何か裏があるんじゃないかとか、そういったことまで考えてしまう。私が、人の好意を素直に受け取れないクソガキなのか、この街の人が変人なのか……謎は深まるばかりである。
ロミーナはパンを食べきって、診療所を去った。彼女について、最初はモブの中の一人だと思っていたのに、何故か気になっている自分がいた。彼女のとる不思議な行動に、どういった意味があるのか。
診療所の卑屈な天使は、今日も憂鬱だった。
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