ルーキー

 目的地に到着した。

 息を目一杯吸い込むと、ほんの少し馬車の酔いが醒める感覚がした。とても心地の良い、空気の綺麗な土地だった。風が吹くと、平原が海のように波打つ。サファイアも、心地よさそうにあくびをした。


 私は手元の地図を頼りにギルドに向かった。診療所の場所は地図に載ってない。なので、ギルドの人に会えばどこにあるかを教えてくれるはずだ。


 診療所とはいえ、毎日利用する場所らしいからな。トイレの場所を把握しない農民がいないのと同じである。もしそんなヤツがいるのならば、それは農民ではなく魔物だ!



 ────そして私は、謎の女騎士に絡まれていた。


「おぉう、そこのルーキーぃ!」


 やばいぞ。変なやつに目をつけられてしまった。クソ、ギルドに来たのはいいものの、少し座って休憩しようとしたのが間違いだったか。


 そいつは私よりも背が高く、綺麗な顔立ちとは裏腹に口調は荒い。そして、屈強な鎧を身に纏っている。鎧というのは、身を守るためのものなのだろう。ならば、お腹なんて出すなよ。それがこの街のお洒落なのか。

 それともあれか、いざとなった時に腹筋を見せないといけない事情があるのか? 例えば腹筋の自慢バトルとか……。


 とにかく、まずい状況だ。グラスに入ったキンキンの水でもぶっかけて逃げようかな……。


「見たところ、まさにルーキーぃだな!」

「ねぇ、その喋り方、うざいんだけど」

「あ、ごめん! なんかね、父上にルーキーを見かけたらとりあえず圧をかけとけって言われてたんだよね」


 この女騎士がクセ強な訳ではなかった。癖強ファミリーの、クセ強父の教えらしい。ただし、どんな喋り方をしようが声がデカい。あと三分も一緒にいたら耳が嫌がって鼓膜が失踪するほどだ。


 とはいえ、悪い奴ではなさそうだな。火の壁を作り出して、私と喧嘩をしようって訳でもないだろうしな。


「ねぇ、クセ強女騎士。私、この街に来たばかりで何も分からないんだよね」

「あ、やっぱりそうなんだ! ……って、クセ強!?」

「そう。だから、そのクセ強ボイスで色々教えてくれると助かるな」


 彼女はすぐに、大声でこの街について教えてくれた。


 まず、ここから少し行くと大きな森がある。そこには絶対に立ち入るなとのことだった。危険度の高いモンスターが蔓延っており、知らずに立ち入れば命の危険すらあるとのことだ。このギルドでは、加入したばかりのルーキーにそれをしっかり教えるのが常識だそうだ。


 誰がルーキーじゃい、とは思ったが、まぁいいや。機嫌を損ねると殴ってくる可能性だってある。最悪の場合、私のか弱い腹筋が危ない。


 そして、この街の常識は他にもあった。怪我をすれば、診療所に行け、とのことだった。なるほど、やはり噂通りこの街は怪我人の巣窟なんだな。


「で、その診療所はどこに?」

「慌てるな、ルーキーよ! 前の医者が退職してからというもの、今は次の医者が来るのを待っているらしい!」

「……」


 次の医者がぁ、到着ぅ! と言えば喜ぶかな。まぁ嫌だけど。そのまま、彼女は説明を続けた。


「で、その次の医者がヤバいらしいんだよ!」


 ……え、どうヤバいんだろう。港で受付の人をぶん殴ったことが有名になったのか?


「実はその医者、天才なのに若くて美人らしいよ! まぁ、私程ではないがな?」

「なんだよそれ。くだらないな……で。どこなの? 診療所?」

「えっ、聞いてなかったの? 今は医者がいなくて……って、ん? ま、まさか?」

「……噂通りの美人じゃなくてすまんな」



 その後、クセ強美人女騎士(自称)はルーキーこと私を診療所に案内してくれた。もちろんサファイアも。その建物は、木造のお洒落な外観をしていた。小さな庭もあり、入り口の横にはガラスの窓があった。

 安心した私とは裏腹に、彼女はなんだか反省した様子だった。声のボリュームも三十パーセントほどカットされている。


「ここが診療所です。はい。すいません」

「案内ありがとう。思ってたより広いんだね」

「あ、はい。すいません。無礼でした。ルーキーは私です、もう調子に乗りません」


 癖強美人女騎士は、いつの間にかクソザコルーキーになっていた。私がシメたからではない。無論、腹筋自慢バトルはしていない。その場合負け確定だしな。

 

 どうやら、ギルドは上下関係が厳しいらしく、他人にナメられてはこれからに支障をきたすのだとか。

 この女騎士は、最強、美人、女騎士(自称)らしいのだが、いくら強くてもその容姿から下に見られることも多々あるのだそうだ。どこからが本当でどこからが嘘なのやら。


 そして、その中でも医者は最も高い地位とされているらしい。まぁ、それに関しては上下関係とはまた違うらしいが。とにかく、噂通り医者の存在は尊いものとされているのだとか。


「あの、怪我しても私だけ治さない……とかはちょっと……」

「別にそんなことはしないってば。けど、いいの? 私がヤブ医者だったらどうするの」

「いえ、噂は耳にしています」


 クソザコ女騎士は、クソガキ女医のことをよく知っているそうだ。例えば、黒猫を連れているとか、少々生意気な茶髪の少女だとか……もっと早く気付けよ、と思ったが言わないでおいた。



 そして私は、医者になった。念願の医者になったものの、なんだか拍子抜けだった。イマイチ実感は湧かないし、「よし、これから頑張っちゃうぞ☆」という気持ちもない。ただ、何故か少しだけ高揚してた。

 診療所は小さな建物だったが、設備は充実していた。ベッドは二つあり、窓からはちゃんと日が差し込む。宿直室は綺麗だし、サファイアもいる。充実した生活を送れそうだな。


 気になるとすれば、床が黒ずんでいることぐらいか? まぁ、住むのに支障はない。

 しかし、なぜ床だけがこんなにも黒いのか。前の医者はよっぽど食べるのが下手くそだったのかもしれない。ソースやスープを、そこらにバシャバシャこぼしてシミになったとか? もしそうだったら普通にキレる。



 しかしながら、巷で流れる私についての噂は、美化されまくったものだった。


 ラースの地に産まれた、悲しい過去をもつクールな美少女。医学の天才と称され、独学で魔法学園の推薦入学を果たす。その後、高値の花として二年間の時を過ごし、卒業。異例の速さで医者となる。そして、故郷から去るとき、船で初対面の男をぶん殴ったという伝説が残っている。


 美化され過ぎてて、逆に引いた。なんだ、クールな美少女って。まぁ、最後のやつだけは合っているな。

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