別れは寂しいもの
結局、合格したことをシーナに伝えることのできないまま夜になってしまった。部屋で一人サファイアを撫で、ずっと考えていた。
「ねぇサファイア、どうすればかいいな?」
「にゃ?」
「よしよし。私さ、合格しちゃったんだよね……」
「にゃ」
「つまりさ、ここを離れるってことなんだよ」
サファイアは首をかしげ、小さく鳴いた。
何故だろうか。シーナにそれを伝えるのが、怖かった。それは彼女が悲しむからだろうか。それとも、私が悲しいからだろうか。
とにかく、言いたくて言えない状況が続いていた。
────突然、ノックの音が聞こえた。恐らく、シーナが遊びに来たんだ。私はサファイアを抱えたまま、部屋の扉を開けた。
部屋の外にはシーナとネムが立ってた。しかも手にはケーキを持っている。
「えっと、どうしたの二人とも……?」
「聞きましたよ、とうとう医者の試験に合格したって!」
「えっ……! まぁしたにはしたけど。なんで知ってるの?」
「あなたは有名人ですからね。最年少の少女が最速で医者になるって、みんな噂していましたよ」
「それは迷惑な話しだな、私から言おうと思ってたのに……まぁ、とりあえず入って」
二人を部屋に招き入れ、合格の経緯を説明した。シーナはまるで自分のことのように喜んでくれた。ネムは……ケーキを貪りながら「おめでとー」と言っていた。まぁ、祝ってくれたこと自体が嬉しいからそれでいいか。
近々魔法学園を卒業するということを話すと、やはりシーナは少し表情を曇らせた。
「やっぱりそうですよね。分かってはいましたが、いざそう言われると……」
「私ももっとここにいたかったよ。シーナに教えてもらいことも沢山あったし」
「でも、ミリには目標がありますもんね! 応援してますよ」
「ありがとう」
シーナが無理をしているのは一目瞭然だった。重たい空気が流れたところで、ネムが小さく呟いた。
「ま、また会えるでしょ」
彼女の楽観的な考えに、少し助けられた。そうだよな。今度は医者になって、二人に会いに来よう。
「ありがとう、ネム。なんだか気が楽になったよ」
「それはよかった。シーナは寂しかったらまた魔道具研究棟に遊びにおいでよー」
シーナは頷いて、すこし安心したような表情を浮かべた。
「じゃあ、せめて卒業までの間は一緒にいましょうね」
「そうだな」
その日、私達は夜遅くまで色々な話しをした。魔法学園を卒業したら、どんなことがしたいか。医者になったら、どのくらい稼げるのか。もし、本当にお金持ちになったら、何に使うのか。
思えば、こうして夢を語り合える仲間ができたのは、私の大きな支えになっていたのかもしれない。ずっと一人だと思っていたし、この先もそうだと思っていた。
医者になることがゴールではない。ここからが私の人生だ。むしろ、ここからがスタートだ。
◇
私は医者として働く場所を決めるため、校長と何度も相談した。出した条件は「報酬が多いこと」「報酬が多いこと」、それに「報酬が多いこと」である。その分忙しくなるぞと言われたが、大金持ち大作戦のためなら妥協はしない。覚悟はしてある。
その結果、とあるギルドの診療所に配属されることになった。ダンジョンが数多く存在し、凶暴なモンスターが蔓延る過酷な土地だそうだ。故に、毎日のように怪我人が出るという。
並の人間では務まらないが故に、報酬も多い。そんな場所である。
そして、書類の作成や手続きなどを済ませてから一週間後、とうとう出発の日になった。
荷造りを済ませ(と言ってもカバン二つ分ほどである)、サファイアを抱えて校門の前まで来た。旅立ちの日特有の空気に、少しだけ泣きそうになる。魔法学園にいざ背を向けると、意外にもここでの生活が楽しかったことを実感させられた。
今日のために、シーナとネム、それからレンも見送りに集まってくれた。
「なぁ、シーナ。お前はこれからも、呪いについて勉強するんだよな?」
「はい。私の呪いも、完全に解けた訳ではありませんから。いずれ、魔道具に頼らずとも普通の生活を送れるように研究を続けますよ」
「応援してるよ」
シーナはぎこちない笑顔を見せてくれた。その表情から、せめて明るく見送ろうという気持ちが見え、こっちが泣きそうになった。私はそういうのに弱いんだ……やめてくれよ!
「ネムは、これからも魔道具の研究か」
「そうだねー。それが一番楽しいからさ。ミリも、楽しいことしなよー?」
「楽しいこと、か。まぁ、それどころじゃないかもしれないな」
「せめて甘いものくらい食べなー」
ネムはいつも通りだった。結局、一度も尻尾をモフモフさせてはくれなかったな。仕方ない、サファイアほど寛容な猫(ネムはキツネっぽい?)は中々いないからな。
「生徒会長は、まぁ……迷惑かけてすまなかった」
「ミリは天才で努力家だけど、トラブルメーカーだからね……」
「悪かったよ」
「いや、それもミリさんの良さだよ! これからも沢山トラブルを起こしまくってね!」
それ、生徒会長が言っていいのか? それはそうと、レンには本当にお世話になったよな。校長との連絡も仲介してもらったし、ダンジョンも何度か攻略したな。
見送ってもらえる仲間がいるのって、すごく幸せなことだよな。考えれば考えるほど、足がすくのを感じた。この足はまだ、ここにずっといてみんなと遊んでいたいと思っているようだ。
でも、行かなきゃ。
「じゃあそろそろ行くから……」
そう言って、校門に背を向けた瞬間、いきなり後ろから抱きつかれた。シーナは泣きながら、私を離そうとしない。
「ミリ! 私、寂しいですよ……!」
「私もだよ。でもほら、また会えるから」
「本当に会えますよね!? 絶対にまた会いましょうね!」
「約束するよ。次会った時は、私も立派な医者になってるからさ」
私は一歩、踏み出した。学校が、みんなが、遠ざかっていくのを感じる。寂しい気持ちと、期待感で胸が熱くなる。泣いているのを悟られないように、私は振り返らずにゆっくりと歩いた。
私は医者になるんだ。
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