挑戦
次の日。私は約束通り校長室を訪れた。
「校長、話があるって言ってたけど」
「はい。先に言っておきますが、昨日の侵入者の件ではごさいません」
「そうなのか? てっきりその話かと思ったが。怒られるんじゃないかって」
「前から思っていたのですが……私、そんなに怖く見えますかね」
「あぁ、見える」
「それは、ショックです……」
校長は少し寂しそうな顔をした。すまんな、傷つけるつもりはなかったんだよ……じゃなくてだな。一体何の要件なんだ。わざわざ呼び出しておいて「暇だから」とかだったらこっちが怒るぞ。まぁ、校長に限ってそんな訳はないいんだが。
「で、なんの話?」
「今回ミリさんを呼んだのはですね、あなたが医者になる資格を得るための試験を受けることを許可するためです。それも、特別な試験です」
「えっ……? 試験を? 私が!?」
私は思わず声を荒らげた。今の言葉が本当なら、医者になる夢がもうすぐ叶うということになる。ずっと努力してきた甲斐があった……!
「昨日の行動を見て、素質があると判断しました。さぁ、試験を受けますか?」
「う、受ける! 受けます!」
「よろしい。では、その試験の概要について説明しますね。今から私と街に出て、とある人物の病気を治してもらいます」
「ほう?」
病気の治療か。怪我や火傷は治したことがあるが、病気はないな。それにしても校長が随伴してくれるのか。きっと、私が治せなかった時のためでもあるんだろうな。
どんな病気かは分からないが、絶対に治してやる。
「無事治療できたら、その時に結果を伝えますよ」
「なるほど……うん。やらせてくれ! 私はすぐにでも医者になりたいんだ!」
「いい心がけですね。ですが、焦りは禁物ですよ」
「あぁ、わかってるよ」
今から試験を受けるという実感は、イマイチ湧いていない。が、身体はそれに気がついたのか、心臓が動きを早めるのを感じた。それに、全身がガタガタと震えている。
数十分後の私次第では、とうとう医者になれるのか。不安な気持ちと、逆に楽しみな気持ちが入り混じり、変な感覚だった。
「それでは、準備をしてまたここへ戻ってきてください」
「あぁ」
私は校長室を飛び出して、女子寮へと駆け出した。
◇
「準備できたみたいですね」
「できたよ。準備万端だ」
準備とは言っても、母にもらった小さなカバンに、薬草のセットと本を数冊入れただけだ。だが、心の準備の方はようやくできた。絶対に試験に合格してやる! 私はそう意気込んだ。
「じゃあ行きましょうか」
私達は、目的の街へと出発した。
道中で今回の試験についての概要を説明してもらった。街のはずれにある小さな村で、とある少年が原因不明の難病にかかってしまったらしい。しかし、街の医者には手に負えず、魔法学園まで連絡が入ったそうだ。
その少年を無事に治療することができれば、晴れて合格することができる……わけではないらしい。校長の判断で、治療した上で、合否を決めるそうだ。そのため、絶対にヘマはできない。
「そろそろ着きますね。その前に、街で必要な薬草を買い揃えて行きますか?」
「一応、そうしようかな」
私は魔法学園で、回復魔法だけではなく薬学も勉強した。薬学とは、人体に良い効果をもたらす植物を、薬として患者に処方することによって治療するというものだ。薬草、適切に調合し飲ませることによって、回復魔法の効き目をサポートしたり、本人の痛みを和らげることができるのだ。
街で一通り薬草を買い揃えたが、その費用は校長が支払ってくれた。これらには使用期限があり、生なら数日、乾燥しているものなら数ヶ月以上はもつ。今から治療するのがどんな病気か分からないので、沢山あっても損はない。
「校長、私……正直言って心配だよ」
「どうしてですか? あなたは優秀ですから、自信を持っていいんですよ」
「いや、だってさ。優秀とは言っても、私が知っているのは全部本の中の知識だ。実際に人を治療した回数は少ない」
「先日、全身火傷の侵入者を即座に治療しつつ、水魔法で消火までしていましたよね? あなたには素質がありますよ。きっと立派な医者になれますよ」
だといいがな。私の強みは生まれつき持った膨大な魔力量だが、いざ病人を目の前にして冷静でいられるだろうか。もし、テンパってミスでもしたら、やはり試験は合格できないだろう。
そんなことを考えているうちに、目的の家まで辿り着いた。そこは、その村の中でも特に小さな、貧相な家だった。故郷にある私の家を思い出す。
校長が扉をノックすると、中から中年の男女が出てきた。恐らく、患者の両親だろう。表情は曇っており、母親と思われる女性が心配そうに校長へ問いかけた。
「あなたは、魔法学園の方ですか?」
「はい。手紙をもらったのでやってきました、校長のジェシカと申します」
「ありがとうございます! まさか、校長先生が直々にきていただけるとは!」
校長の本名って校長じゃないんだな……なんて冗談はさておき、私も自己紹介をした。
「魔法学園の生徒のミリです。この度は、私が治療を担当させていただきます」
「あなたが?」
拙い敬語だからか、それとも私が子供だからか。とにかく、二人は困惑した様子だった。そこで、校長がすかさず補足する。
「この子はウチの学校に推薦入学された、近年稀に見る天才です。きっと、完璧に治療してくださいますよ」
「そうなんですね! よろしくお願いいたします」
そして、私達は家の中へと案内された。狭いが掃除の行き届いた空間で、一階はリビング、二階に子ども部屋と寝室があるという。例の少年は、その子ども部屋にいるのだとか。
二階へ上がり、少年の名前が書かれた立て札がかけられた扉をそっとノックした。
「魔法学園のミリだ。入るぞ」
扉を開けると、奥にあるベッドに、幼い金髪の少年が横たわっていた。少年といっても私よりもずっと年下である。こんなにも幼いのに、今もなお病気に苦しんでいるのか……。
息は荒く、意識は朦朧としており、額には汗が滲んでいる。想像していたよりも重症だ。
私は校長と目線で合図し、腕をまくった。そして、まずはカバンから薬草を取り出す。すり鉢を用意し、三種類の草を混ぜて入念にすりつぶした。
丁度、少年の父親が水を持ってきてくれたので、その水と薬草を少年に差し出した。
「飲めるか?」
「……」
私は仕方なく、少年の体を起こし、そっと飲ませてやった。
「苦いけど我慢しろよ」
「……うぅ」
次に、適切な回復魔法を本を使って調べた。回復魔法にはいくつも種類があり、症状によって使い分けることが必須である。この子の場合は、特に発熱が酷い。私は、少年に手をかざし、発熱に対応した回復魔法をそっと使った。すると、彼の表情が少しだけ和らいだのを感じた。
ここからは我慢比べである。その魔法をひたすら使い続けて、長い時間をかけて治療するのだ。一度に流し込める魔力量には限界があり、それを超えると患者に負担がかかる。なので、ゆっくりと焦らずにヒールする必要がある。
私は水を一口飲んで、治療を開始した。
◇
治療を始めてから一時間ほどが経過した。私は一度も休まずに、少年をヒールし続けた。魔力量に自身はあるが、忍耐力は無い方だと思う。それでも、諦めなかった。
やがて、その努力が実ったのか、少年の呼吸が整い始めた。自分と彼の額に手を当て、体温を確かめる。熱も下がっているようだ。
私は少年に問いかけた。
「気分はどうだ?」
「……良くなった」
「そうか。なら良かった」
私は水を飲み干して、校長の顔を見た。校長は微笑んで「よく頑張りましたね」と言ってくれた。つまり、治療に成功したということだ。私は、疲れ切った体をぐっと伸ばし、大きなため息をついた。
「校長、報告しにいこう」
「そうですね。無事成功したと」
少年の両親は、下手にうろうろされると気が散るので一階に待機させておいたのだ。故に、ずっと気が気でなかったはずだ。早く報告してやらないと。
部屋を出ようとすると、少年に声をかけられた。
「あのっ! ありがとう、お姉さん……! 本当にありがとう!」
「お姉さん? 私が? ……うん、まぁ。どういたしまして」
お姉さんか……悪くないかもな。なんて思いながら、私と校長は部屋を出た。少年の両親に無事治療できたことと、何かあればまた魔法学園に連絡をしてほしいということを告げると、私はすぐさま(颯爽と)立ち去った。かっこいいだろ!
こうして私は、無事に少年を治療することができた。初めての経験に身体は疲れきっている。証拠に、帰り道が二倍ほど長く感じる。これじゃ合格しているかどうかも危ういな。
帰り道の途中、校長に素直な気持ちを打ち明けた。
「正直疲れたし、テンパってたし、ちゃんと治療できたのが奇跡かもしれないよ。私もまだまだだなって思ったね」
「そうですか? あなたはよく頑張っていましたよ」
「頑張っては……いたかもな。いざ、苦しんでいる人を目の前にしたらさ、こんな私でも『助けなきゃ!』って思ったよ」
「ほう? なら合格です」
……え?
「校長、今なんて?」
「合格です。あなたが医者になることを認めましょう」
「えっ! な、急すぎないか? もっとこう、色々あるだろ……!」
「先程の発言を聞けば、あなたが医者になる素質があるということがわかります。それに、あの少年はかなりの重症でした。それを、たったの一時間で完治させたのはまさに天才ですよ」
……本当なのか? 夢じゃないよな?
私は何度も、心の中で校長の発言を復唱した。合格したのか、私は!
ずっと夢だった。そのために努力してきた。魔法学園に入るまでも、入った後も……不意に泣きそうになる。全部無駄じゃなかったという事実を、ゆっくりと噛みしめる。
「校長。私、まだ信じられていないんだが……」
「次第に実感が湧いてきますよ。実は、あなたは実力だけで言えばとっくに合格することができたのですよ。ただ、気持ちの部分と言いますか……人を助けることができる人間かどうかを試したということです」
「人を助ける……か」
未だに、自分がそういう人間だとは思えない。どうしようもないクソガキだと、そう思っている。それでも、あの少年に言われた『ありがとう』が脳内で何度もリピートして消えないのは何故だろう。
不思議な感覚だった。まるで、私まで助けられたような感覚に陥ったのだ。
夕焼けの色に染まった魔法学園の大きな建物が、いつも通り私を出迎えてくれた。この場所で学んだことが、ただの生意気な少女をここまで成長させてくれた。二年前に、この門をくぐった時の私とは大違いだ。
ふと、私は思い出した。合格したということは、学校を卒業するということだ。私は少しだけ、いやかなり寂しい気持ちになった。胸がキュッとなる。
シーナに、そのことを伝えなきゃ……。
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