最悪の再開

 平穏に過ごしていたある日のことだった。


 その日、私はシーナに会いに行くために、図書館へと向かっていた。辺りは暗くなり、少しだけ不気味な気配がする。暗いところは好きだが、何故かこの夜だけは、不穏な空気が漂っていた。


 急いで帰ろうと足を早めたその瞬間────。


 突如、私の目の前に男が立ちはだかった。暗いが、はっきりと顔が見える。確かに見覚えのある、しかしここにいるはずのない男の姿だった。そう、かつてシーナをいじめて退学になったセンパイの姿がそこにあったのだ。


「……お、お前!」

「探したぞ! クソガキ……!」

「なぜここにいるんだ? 退学になったはずだろ」

「復讐しに来たんだ! あの日からずっと、お前を殺すために鍛えてきたんだ!」

「不法侵入かよ……」


 男は手を振り上げた。私はとっさに身構えるも、その拳は振り下ろされることはなかった。天高く掲げた右手には、おぞましいほどの魔力が込められていた。そして、赤色の炎になって周囲に散らばる。みるみるうちに私とセンパイの周りは炎の壁に囲まれた。

 熱気がヒリヒリと肌に伝わり、緊迫した空気が漂った。そして周囲は昼間のように明るくなった。


「逃げ場を無くすってワケね……」

「ああ、そうだ! お前が以前のように逃げ出さないようにな!」

「なるほどね、バカのくせに考えたな」

「なんだと!」


 男が力いっぱい振りかざした拳が、私の左頬に直撃した。刹那、世界が揺れると同時に、気がつくと地面に倒れていた。初めてだ、人に殴られるのは……。

 私は自分の頬をヒールし、身構えた。少し後ずさりをするも、背後には炎がある。


 今度は腹部に、強烈な蹴りを入れられた。強烈な痛みに、息ができなくなる。急いでヒールをするが、次の攻撃が飛んでくる。


 私はふと、先日の出来事を思い出した。シーナに教えてもらった闇魔法で、確か生き物の心を直接動かせるものがあったな。恐怖心を与えて敵を追い払う技だっけ。使い方を少し教えてもらったような……。

 しかし、これで本当に追い払えるのか? 酔っ払いとはワケが違うんだぞ? ……いや、考えている暇はない。このままだと本当に殺される。


「死ね! ガキが!」

「…………!」


 私は、全身に魔力を込めて、闇の力を溜めた。心から溢れてくる憎しみや怒りを恐怖心へと変え、魔力に乗せた。全身が昂ぶるのを感じる。

 そして、それらを全て放った。ありったけの魔力を込めて。


 すると、男は手を止めた。私を見下ろすその眼差しは、怒りではなく恐怖に変わっている。この距離でも足が震えているのがよくわかった。つまり、魔法は十分に効いたのだ。


「どうした、手が止まってるぞ────」

「うわぁぁ! 助けてくれっ!」


 男は翻り、私に背を向けた。そして、情けない声を上げながら走り出した。しかし、その先には自らが作り出した炎の壁がある。


「おい、そっちは!」


 男は炎の中に飛び込むと、地面に倒れ込んだ。そして、悲鳴を上げながらのたうち回る。このままだと全身に火傷……いや、死んでしまう!


 私はとっさに水魔法を使った。周囲に大量の水の球体を作り出し、火の海に覆いかぶせた。消火を終えると、すぐさま男の方へ駆け寄り、全身の火傷をヒールした。男は恐怖や痛みのあまり気絶していたが、息はあるようだ。


 ────すると、背後からシーナの声が聞こえた。


「ミリ! 大丈夫ですか!? 遅いと思ったらこんなところで……」

「あっ、シーナ。えっと、私は大丈夫」

「こ、この人は……」

「私に復讐に来たらしいんだけど。追い払うために闇魔法で恐怖心を与えたら、自分で作った火の海に飛び込んでしまったんだ……だから、とっさにヒールした」


 私は、シーナに顔を合わせることができなかった。


「私、シーナの敵に……ヒールしてしまった。何故だろう、目の前で人が死ぬのが嫌で……ごめん」

「何を言っているんですか? あなたは医者になる人間でしょう! 相手が誰であろうと、命を救った、それが正解ですよ」

「そっか……ありがとう」


 医者になる人間……か。私は、ずっとお金のためだけに努力していた。シーナの思っているほど私は立派な人間じゃないし、お人好しでもない。

 それでも、目の前で人が死ぬのは嫌だったのだ。



 その後、駆けつけた生徒会長や校長に事情を説明し、目撃していた生徒やシーナの証言によりセンパイは牢獄行きとなった。私は、咄嗟の治療で人命を救ったことが認められ、生徒会からの厳重注意が解除された。まぁ、闇魔法を使った私にも非があるとは思うが……。

 そして毎度思うのだが、生徒会長はいつも到着が少し遅い。そのことを本人に問うと「私の技量不足」だと謝られた。まぁあまり気にするなよ、ヒーローは遅れて登場するものだって言うし(さっきと言ってることが違う気もするが)。


 そして、校長には別件で明日、話があると言われた。今度こそ怒られるのではと思いながら、私は部屋に戻ることにした。

 一段落ついて安心した私は、シーナと一緒にサファイアを撫でながら、今日あった出来事について話した。


「いやぁ、災難だったぞ。学校の警備もどうなってんだよ」

「本当に大変でしたね。校長は、これから警備を倍にすると言っていましたよ」

「あぁ、頼むよほんと」

「それにしても、ミリが無事で良かったです」

「優しいな、シーナは」


 シーナこそ、医者にでもなればいいのにな。私なんかよりよっぽど適任だろう。


「そういえばシーナは、将来はどうするんだ?」

「えっ! それはですね……まだ決まってないのですが。その、ミリみたいに人の役に立てることができればな、とは思いますね」

「へぇ。強いんだから冒険者になればいいのに。あ、そうか。一匹狼だから……」

「す、ストップ! それ以上はなしですよ! からかわないでください……」


 毎回この反応が返って来るのが楽しくて、ついからかってしまう。これがキュートアグレッションというやつか……。



 窓から見える星空は、いつも同じように瞬いていた。近いうちに、私は魔法学園を卒業することになるだろう。そうなると、シーナやネム、レンとはもうしばらく会えなくなるんだな。別れというのは、やはり寂しいものだ。


 最初は友達なんていなくていいと思っていた。なのに、今となってはみんながいない生活なんて想像できなくなっている。


 私は、良くも悪くも変わってしまったのだろうか。

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