少女が見た景色

 その夜、私はシーナを部屋に呼んでパーティーのようなモノを開催した。といっても、普段より美味しいものを食べる会というだけである。もちろん、ケーキも用意しておいた。

 サファイアにはなんと! 新鮮な高級魚を召し上がっていただいた。これにはサファイアも大喜び!


 シーナはまた半泣きになりながら、一緒に用意したご馳走にありついた。そして、百点の笑顔を見せてくれた。彼女は、普段からあまり笑わない人だったと思う。ずっと持っていた『嫌われる』呪いは、彼女の心までもを蝕んできたのだろうと実感することになった。


「そういえばシーナは、魔法学園に来るまではどうしてたの? 昔話とか聞きたいんだけど」

「えっ……? それはですね、その。こんなご馳走を食べながらするような話しではなく、ほの暗いといいますか」

「でも、聞きたいな。シーナのことがもっと知りたいんだ」

「えっ! そう、ですか? そんなに言うなら……」


 シーナは、最後の一口を食べ終えてから、過去の出来事を話してくれた。壮絶で、暗い彼女の物語を────。



(シーナ視点)


 私は、産まれた時から不幸になることが決まっていたのだと……そう思っていた。


 ラース王国から南にある、平穏な国の小さな村に私は住んでいた。私の家は村一番の金持ちである。誰よりも立派で、誰よりも広い庭がある。そんな私のことを、村の子供たちはいつも羨ましがっていた。


 そんな私は、両親に育てられて七歳までを過ごした。間違いなく、幸せな毎日だったと言える。

 しかしある朝から、右目に違和感を覚えるようになった。怖くなって母に相談すると、母は怪我をしているのではと私の目を診てくれた。


 その時、母は私に見せたことのない表情を見せた。


「お母さん……どうしたの?」

「あぁ、えっと。なんでもないわ……」


 その時、じわじわと心の中に恐怖が芽生え始めたのを感じた。


 その後、両親は私と目を合わせなくなった。丁度その頃から友達が減り、誰もが私の元から離れていった。薄々実感していた。その違和感の正体は……やはり右目によるものだろう。


 それが嫌になって両親に病院に連れて行ってもらったが、私の右目を見るなり医者は「この子はもう、連れてこないでください」と言った。

 私は、理由の分からないまま孤独になり、やがては家すらも嫌いになった。そして、村の外れにある人気のない図書館に籠もるようになった。


 暗い図書館で、本棚の端から端までを読み漁って何日も、何年も過ごした。誰にも会いたくない、そんな日は図書館に泊まって両親を心配させたりも……。

 そしてある日、私の右目には『呪い』というものがかかっているのではないかと、本を読んでいて気がついたのだ。


 

 それを、私はすぐさま両親に報告した。


「今日、本で読んだんだ。瞳に宿る、『嫌悪の呪い』について。誰も目を合わせなくなり、次第に嫌われていく呪いらしい」

「……シーナ、それは一体なんのことかしら?」

「知ってるよ、誰も私と目を合わせなくなった……本当はみんな私のことが嫌いなんでしょ!」

「そ、それは」


 母は口籠った。相変わらず目を合わせてはくれない。父も同じ様子である。そして、苦し紛れなのか、ある提案をしてきた。


「もし、シーナの目が呪われているとしたら、その専門の人に診てもらうのはどうだ?」

「呪いを専門にしている医者はいないって本に書いてあったよ」

「それならほら、魔法学園に行ってみるとかはどうだ?」

「……そ、そんなのどうせ、私にどこか遠くへ行って欲しいだけでしょ! 父さんも母さんも、みんな私のことが嫌いなんだ!」


 私は大声で怒鳴り、そのまま家を出ていった。行く先はもちろん図書館だ。私は一人、暗く狭い図書館で泣きながら本のページをめくった。どこかに、私の呪いを解く方法はないだろうか。私を救ってくれる一文はないだろうか。


 しかし、私の求めていた答えはそこには無かった。



 それから数ヶ月後、父に呼び出された。その頃には既に、私は右目を隠すようになっていた。前が見えなくて転ぶこともしばしば……だが、嫌われるよりはマシである。


「で、用は何? 父さん」

「今日からお前に魔法を教えることにした」

「えっ? 魔法を?」

「そうだ。近いうちに、お前を魔法学園に通わせる。学費は全て用意した。後は魔法さえ習得できれば入学できる」

「とか言って、やっぱり私を何処かへ追いやりたいんでしょ! みんな私のことが────」

「違う!」


 父は声を荒らげ、私の目を見た。右目を隠していた髪をかき上げ、しっかりと私の両目を見て言った。


「本当は、ずっとこうして目を合わせていたいんだ! お前は大事な娘だから……だからこそ、魔法学園に行って呪いを解いてほしい。酷なことなのは分かっているが、俺にはそれしかできない……」

「……父さん」


 私はその時、初めて理解した。この世の誰が敵になろうとも、きっと両親だけは味方でいてくれる。ならば、魔法学園に行っても頑張れるかもしれない。


 私は覚悟を決めて、父に言い放った。


「じゃあ、私に魔法を教えて!」


 こうして、魔法学園に行くための訓練が始まった。

 闇属性魔法の天才と呼ばれていた父は、私に沢山の魔法を教えてくれた。私も少しづつだが上達し、やがては使いこなせるようになった。しかし、父は言う。


「この闇属性魔法の力は強大だ。生命のエネルギーを司るこの魔法は、絶対に人に向けてはならない。いいな?」

「分かった。絶対に人には向けない」


 父は、目を合わせてくれなかったが、優しく頭を撫でてくれた。今はそれで良かった。いつか、呪いが晴れる日までは……。



(ミリ視点)


「……それで私は、魔法学園に入ったわけです。でもこれで、次の長期休みに帰省して家族に報告できますね。呪いを和らげる魔道具を手に入れたって」

「なるほどね。やっぱり大変だったんだな」


 シーナは首を横に振った。


「でも、父と母が支えてくれたから大丈夫でしたよ。後はミリとネムのおかげでもあります」

「それはよかった」


 ……両親か。母はどうしているだろうか。私みたいなクソガキのことなんか、忘れているんじゃないだろうか。


「ミリやネムを見ていると思うんです。世の中の不条理は努力で乗り越えられるって」

「努力?」

「そうです。あなたたちみたいな努力家が、すごいことを成し遂げるんだなと思いましたよ」

「努力ねぇ……本当にそうなのかな?」


 そういえば、クラリスは世の中は助け合いだと言っていたな。確かに、ここ数年間でそれを実感することができた。

 そして努力も、金と同じくらい大切な気がするな。そうなると、私の努力もいつか報われるのだろうか。そうだといいな。


「シーナ、私なるべく早く医者になるよ。それこそ努力してさ」

「それはその……少し寂しいですね。でも応援してますよ!」

「おう」


 私は心の奥底で、改めて医者になりたいという気持ちがフツフツと湧き上がってくるのを感じた。久しく忘れていた昔の感情を、シーナの話を聞いて思い出したのだ。

 魔法学園を卒業して医者になるには、そのための試験に合格する必要がある。通常、筆記試験や魔法の実演などを通して、長期的に行われる。が、極稀に優秀な生徒は特別な試験を受けることができるそうだ。


 どんな方法でもいい。私は医者なるんだ。

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