戦利品は夢のアイテム

 ダンジョン攻略から数ヶ月が経った。


 普通の学生生活が続く中、全身の筋肉痛も少しづつ和らいでいって、やがては元通りになった。そして先日の件で、回復魔法の技術としては十分だが、戦闘においてはあまり活躍できないということが分かった。特に、洞窟の中ではお得意の植物を操作する魔法も使い物にならない。よって、戦闘に関する魔法の知識を積極的に取り入れるようになった。


 レンみたいに剣は振れないが、炎や水の魔法で遠距離での攻撃が可能になれば、これからのクエストでも役に立ちそうだからな。それに、シーナがかっこよすぎた。あんなことされたら誰でも憧れるだろ。



 そんなことをして過ごしているうちに、図書館に眼鏡をかけた青年が訪れた。そう、魔道具研究棟にいた「眼鏡の人」である。


「こんにちは、ミリさん。元気そうでなによりだよ」

「あ、眼鏡の人だ。どうしたんだよ、急に」

「実は、ネム先輩があなたを魔道具研究棟まで連れてきてほしいとのことでね。今から、いいかい?」

「いいけど……本人が来なよ。後どうやってここが分かったんだ?」


 男は、眼鏡をグイッと上げて「君は有名人だからね」と言った。決め台詞風に言ってるが、あんまりかっこよくないぞ。


「で、ネムが私に何の用事があるって?」

「分からないけど、何か見せたいものがあると言っていたな。あと、そうだ! シーナさんという人物も連れてきて欲しいと言っていたよ」

「シーナも? なんでだ」


 お近づきの印にケーキが欲しい! とかなのか? だとしたら怒るぞ。それとも、何か呪いについて分かったことがあったのか。後者だといいな。


 そして私と眼鏡の人は、シーナと合流して、魔道具研究棟まで向かうことにした。もちろん、ケーキは買っていない。



 魔道具研究棟に入ると、やはり掃除のされていないゴチャゴチャした空間が広がっていた。眼鏡の人は研究の続きがあるからと一階へ残り、私とシーナは二階へ上がった。そして、ネムのいる部屋を何度かノックしてみる。

 シーナは不思議そうな顔をした。


「おかしいですね……今はいないのでしょうか?」

「いやね、多分寝てる」

「こんな時間にです!? ……す、すごい人ですね。そういえば前回もそうだったような」


 私は勝手にドアを開けて、中に入った。すると、やはり奥にあるベッドでネムはスヤスヤと眠っていた。尻尾がゆっくりと左右に揺れている。


「……」

「どうしました、ミリ?」

「あ、いや。あれ、モフモフかなって」

「モフモフ? まぁ、そりゃあ獣人ですからね」

「触ってみていいかな? ……寝てる方が悪いしな」


 私はそっと、ネムに近づいて、尻尾に触れてみた。一瞬。ほんの一瞬だけ、モフモフの感触を味わうことができたのだが────。

 その瞬間、ネムが飛び起きて、真っ赤な顔をして大声を上げた。


「なにしてるの! ミリ!」

「え? いや、尻尾を触ろうかと……」

「そ、そんな……はしたない! ミリがそんなに変態だとは思わなかったよっ!」

「変態?」


 私がか? 尻尾ぐらい触らせてくれていいだろ! 減るもんじゃないしさ……ぐへへ。おっと、これだと本当に変態になってしまう。とにかく、勝手に触ろうとしたのは悪かったが、尻尾を揺らしているほうも悪い。心優しいサファイアだったら尻尾くらい許してくれるぞ!


「でもまぁ、すまなかったよ」

「ほんとに……もうしないでよね」


 ネムは恥ずかしそうに目を伏せた。


「こんなネムは始めて見たな」

「逆に、初めてこんなことされたよ……! し、シーナも見てるのにー」

「分かった、悪かったから」


 ひとまずネムを落ち着かせると、何故ここに私とシーナを呼んだのかを聞いた。


「いい質問だねー。君たちを呼んだのは他でもないよ!」

「へぇ、他でもないんだ」

「そう! 他でもないよー。そう、新しい魔道具を作ったんだ。前回攻略したダンジョンで手に入れた素材でね!」

「ほう?」


 なるほど、自慢でもするのか。というか、そういうことするタイプだったのか。


「これを見て、二人ともー!」

「これは、指輪か?」


 ネムが取り出したのは、金色の指輪だった。表面には、細かく魔法陣などが刻印されており、見るからに高級感のあるデザインになっていた。お洒落アイテムにしか見えないが、これも魔道具なのか。


「この指輪はね、特定の魔力を吸い取るっていう機能が備わっている魔道具だよー」

「ほう?」

「この指輪をつければ、一時的に呪いなんかを無効化できるんだ! 多分だけどね、五割くらいの確率でねー」


 呪いが……無効化?

 私が口を開く前に、シーナが食いついた。


「本当ですか!? 本当に、本当ですか?」

「五割本当だよ? はめてみる?」

「えっと、いいのですか?」

「もちろん。ミリにそう頼まれたんだもの。最初からそのつもりで作ったんだよー」


 ということは、ダンジョン攻略の誘いも、素材が必要だったのも、全てこのためだったのか。クソっ、粋なところもあるじゃねぇか! ネム先輩かっこいいぜ!

 シーナは指輪を手渡された。しばらくそれを眺めた後、言われた通り右手の指にそれをはめた。すると、シーナはハッとした。


「か、身体が軽くなった気がします」

「それはね、呪いの効果が失われた証拠かもねー」

「ほ、本当に呪いが消えているのでしょうか?」

「多分ね。試してみよっかー」


 ネムは、シーナの前髪をそっと上げて、右目を覗き込んだ。シーナは動揺し、目を逸らす。やはり、見られるのは慣れないんだろうな。


「ど、どうですかね……?」

「うん、かわいいお顔」

「そうじゃなくて、成功しているかどうかですよっ! ……って、そうか」

「うん、成功だね。よかったよー」


 ネムは呪いの反応を示さなかった。つまりそういうことだ。私は、心から嬉しく思った。シーナは、背負わされた重すぎる重荷からやっと開放されたのだ。

 私はシーナにハイタッチしようとしたが、彼女は泣き崩れてしまった。


「シーナ?」

「ぐすっ……あの、何とお礼を言えばいいか。その、私ずっと……」


 大粒の涙を流しながら、何度も私とネムに「ありがとう」と呟いた。その様子を見て、改めて辛い状況に置かれていた彼女の気持ちが分かった気がした。

 ……もらい泣きしそうになったのは秘密だ!


「シーナ、良かったな」

「はい! 本当に、本当に良かったです」

「私も嬉しいよ」

「二人とも、ありがとうございます……!」


 そして私は、ふと思った。


「ネム。お前にお礼しなきゃいけない気がするよ。何か欲しいものとかしてほしいこととかある?」

「んー? それはもうもらったよ?」

「えっ、何をだ?」

「初めて会った日にケーキをくれたでしょ? それのお返しにその魔道具を作っただけだよー」

「……」


 私はネムに、粋でかっこいい気持ちが七割と、少しかっこ悪いなという気持ちが三割ほど芽生えた。



 ひとまず、私とシーナは寮に帰ることにした。シーナは何度もお礼を言って、また今度ケーキを持ってくると約束していた。

 帰りに、一応眼鏡の人にも礼を言っておいた。彼も、ネムに頼まれた(パシられた?)とはいえ、わざわざ図書館まで呼びに来てくれたんだ。


「ありがとう、眼鏡の人」

「いえいえ……って、だから僕もちゃんと名前があるんだけど」

「そっか。あったんだ、名前。すまんな……そうだ。今日のお礼にさ、良いことを教えてあげよう」

「なんだい?」

「ネムはね、お菓子をくれた人の名前は積極的に覚えるんだとさ」

「なんだって!」


 ……その後眼鏡の人は、ネムに名前を覚えてもらえたそうな。確かに名前だと呼びやすいが、なんだか残念である。眼鏡の人の方が面白かったから、私は引き続きそう呼ぶことにしよう。

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