暗いダンジョンの奥へ

 ダンジョン攻略当日。

 私はシーナと、待ち合わせ場所である魔道具研究棟の前まで来ていた。シーナは少しだけ心配そうな様子である。


「本当に来ますかね? 『三人目』は」

「来るよ。約束は守るタイプだし」


 その直後、背後から元気な声が聞こえた。


「こんにちは、ミリさんにシーナさん!」


 声の主は、生徒会長のレンだった。あまりにも人脈に乏しい私は、例のベンチで待ち伏せをしてレンを誘うことにしたのだ。噂で聞いたことがあるが、彼女は優秀な剣士だという。待ち伏せをしたからといってストーカーとかじゃないからな!

 これで、ヒーラー兼魔法使いの私、魔法使いのシーナ、そして剣士のレンが揃った。かなりバランスのとれたパーティになったな。後はそうだな、ネムは何の武器を使うのだろう。


「助かったよ、生徒会長。忙しいのに悪いね」

「大丈夫だよ! こう見えて、クエストは結構好きなんだ」

「なるほどね。まぁ、私は初めてだから何かあったら助けてくれよ」

「うん、そうするよ」


 やがて、約束の時間になった。しかし、いくら待ってもネムは現れない。十五分を過ぎた辺りで、シーナが心配そうにし始めた。


「こ、来ないですね……何故でしょう」

「多分ね、寝てる。起こして来るよ」

「ね、寝てる? 今はお昼ですけど!?」



 ネムを叩き起こし、やっと四人目が揃った。彼女は相変わらずモフモフした尻尾を揺らしながら、よたよたと集合場所までやってきた。クエストの提案者が寝過ごして遅刻とは……ある意味すごい神経をしているな。関心するぞ。

 そしてネムの提案により、全員が自己紹介をするところから始まった。


「私はミリ。怪我したらヒールするから」

「私はシーナといいます。大したことはできないですが、よろしくお願いいたします。あと、闇属性魔法を使います」

「私はレン! 剣士だよ。先頭で頑張るから背中は任せた!」

「私はネムだよー。好きな食べ物はねぇ、甘いものならなんでも好きかなー。強いて言うなら、そうだな……ケーキはもちろん好きだし────」


 よし、全員の自己紹介が終わったな。


「じゃあ出発するか」

「あっ! ミリひどいよー。好きな食べ物紹介の途中だったのに」

「誰も興味ないよそれ」

「ミリって毒舌だねー。それにしてもさ、よくこんな大物二人を集めることができたね?」


 大物二人? シーナとレンのことか?


「どうして?」

「いやさ、剣士としても一流な生徒会長に、一匹狼のシーナでしょ。そんな有名人を二人も集めるなんて流石はミリって感じだよ」

「え? 有名人?」


 レンはまぁ、わかる。生徒会長だし、よくその辺をうろうろしているし、顔も広そうだ。けどなんだ、一匹狼のシーナって。聞いてないぞ!


「えっと、シーナ? これはどういう?」

「それはですね……恥ずかしい話なんですけど、一人でクエストをこなしていくうちにそういった呼ばれ方をされるようになってですね……」

「へぇ。すごいんだな、シーナって」

「そ、それほどでもないですよ……」


 シーナは顔を真っ赤にして目を逸らした。しかし、彼女がそんなに強いとは知らなかった。確かに、たった一人でクエストを達成するには相応の実力が必要だよな。納得だ。


 すると、ネムがシーナに問いかけた。


「シーナが、ミリの言っていた呪われた右目を持った子?」

「あ、はい……ですから、見ないほうが良いですよ」

「うん、申し訳ないけどそうさせてもらうよ。でも安心してねー。私は魔道具のスペシャリストだから。大船に乗ったつもりでいてよ」

「……まぁ、はい」

「大陸を横断できるくらいの大船だよ!」

「……」


 シーナは少しだけ疑心暗鬼な様子だった。確かに、こんな変なヤツが本当に魔道具のスペシャリストなのだろうか。私も半分、いや三分の二は信じていない。が、藁にも縋るような思いで彼女を信じてみよう。今のところ、他に方法がないからな。一応校長のお墨付きだし……。


「よし、じゃあみんな。出発するぞ」


 私達四人は、魔法学園の正門から外に出て、目的地である東の森の奥深くへと向かった。




 魔法学園の正門は外壁の南側に位置している。そのまま南下すると買い物に行った街へ、さらに南へ行くと私の故郷の街がある。逆に、正門からの道を東に逸れた場合、立ち入りの制限がかかった暗く大きな森が姿を見せる。ここでは、主に魔法学園の生徒たちがクエストを行う場所になっている。


 その森の奥深くにある巨大な洞窟が、今回の目的地だ。


 その洞窟は目の前で見ると圧巻の大きさだった。見上げるほど高い大きな崖の側面に、巨大な蛇の口のような禍々しい穴が空いている。洞窟の奥からゴォォと風が吹く音がして、私は少しだけ怖気づいた。

 その気持ちに気づいたのか、シーナは私の肩をポンと叩いてくれた。


「大丈夫ですよ。何かあっても私が守りますから」

「頼もしいな、流石は一匹狼」

「そ、その呼び名は恥ずかしいのでやめてください!」


 少し気が緩んだところで、レンが先頭に立った。そして、片手剣を天に掲げる。綺麗に磨かれた刀身がギラリと反射し、彼女の元気な声が響いた。


「さぁ、ダンジョン攻略を始めようか!」


 私達はすかさず返事をした。


「あぁ」

「はい!」

「おー」



 洞窟は暗く、じめっとした空気が漂う異様な空間だった。足音が絶えず反響し、その空間の大きさを示しているようだった。目を凝らすも、既に一歩先も見えないほどの暗闇にいるのがわかった。そこでネムが指示する。


「ミリ、炎魔法よろしくー」

「あぁ、そうするよ」


 私が手のひらを空に掲げると、小さく、けれど強い光を放つ炎の玉が出現した。これは、私が夜中に本を読むために身に付けた、中級の炎属性魔法だ。


「魔力切れには気を付けてねー」

「あ、それは大丈夫。私、魔力切れになんてそうそうならないから」

「あっ、そうだったね。君は魔力のバケモノだったんだ」

「バケモノって言うな」


 そこでシーナが口を挟んできた。


「そうですよ! ミリはバケモノじゃありません! あなたこそ、待ち合わせを寝過ごすナマケモノですよ」

「おっ上手いね。さすがは一匹狼! 一本とられちゃったね。後でケーキ分けてあげるよー」

「いりませんよ……」


 そんな私達の様子を見て、レンは「仲良さそうでなによりだよ」と笑った。いや、これは仲が良いと言えるのだろうか? かなり独特な感性をしているな、生徒会長殿。

 そうして私達は、それなりに会話を楽しみながら歩を進めた。


 ────すると突然、背後から物音が聞こえたら。最後尾にいる私の後ろということは……私達ではない何か。そう、恐らくは魔物だ! 私は慌てて振り向き、その姿を目視した。


 初めて見る魔物の姿に、足がすくむのを感じた。それは、コウモリのような羽をもつ大きな魔物で、鋭い牙や赤く光る目がその凶暴さを説明していた。

 ソイツは、すぐさま私に飛びかかってくる。とっさに身構えたその瞬間、魔物は甲高い悲鳴を上げて地面に落下した。見ると、黒い矢のような魔力の塊が、魔物の胸部に刺さっているのがわかった。やがて、ソイツはピクリとも動かなくなる。


「……く、クソ! びっくりしたぞ!」

「大丈夫ですか? ミリ」

「あぁ。で、今のはシーナがやったの?」

「はい。守ると約束したので」

「な、なるほど。流石は一匹狼」

「ですからその呼び名は恥ずかしいのでやめてください……!」


 シーナは、顔を赤くした。なるほど、闇属性魔法の使い手で一匹狼とはいえ、かわいいところはちゃんとあるんだな。また後でイジろう。

 ……それはともかく、正直焦っていた。初めて魔物に襲われた感想は「それなりに怖い」である。シーナには感謝しないとな。


「ありがとう、シーナ」

「どういたしまして。この先も用心して行きましょう」

「あぁ、そうするよ」


 ちなみに、先程シーナが用いた闇属性魔法の詳細について説明する。

 暗い闇の中には、特殊な魔力が宿っている。それらを司る闇属性魔法は、その特殊な魔力を具現化し、変化させることによって様々な形状の魔力の塊を生み出すことが可能だ。それを素早く射出し、魔物に当てる。見事な魔法さばきだ(かっこいいぜ!)。

 無論、洞窟のような暗い環境下ではシーナの魔法は真価を発揮する。この先も頼んだぞ。



 そして私達は、洞窟の中を十五分ほど歩いた。途中に遭遇した魔物達はシーナやレンが討伐し、私とネムは対してやることがなかった。いや、ヒーラーの出番がないのはいいことなんだがな? ただ、やっぱりみんなには良いところを見せたいじゃん。今のところ、私はただの便利な移動式ランタンだよ。



 そして、洞窟の最深部と思われる広い空間に到着した。その広さは魔法学園の芝生広場よりも広く、炎魔法の灯りでも先が見えないほどだった。そして、只者ではない魔力を、全身でヒリヒリと感じる。恐らくここは、「ボス」がいる空間だ。


 レンが警戒しながら一歩踏み出すと、ネムがそれを止めた。


「待って、生徒会長。先に準備だけするから」

「準備? 一体何をするんだ」


 ネムは、背負っていたやけに大きなカバンを地面におろし、ガサゴソと何かを取り出した。やけに大荷物なくせに戦闘には参加しないんだな、と呆れていたのだが、どうやらボス戦のために魔道具を温存しておいたらしい。

 ネムは、私の足と同じくらいの長さの大きな筒を取り出した。表面には沢山の魔法陣が描かれている。


「ネム、これは?」

「お、ミリ。いい質問だね。これは、携帯できる大砲だよ」

「大砲? それがか?」

「そう。みんなには今から、全力で私を守ってもらう。そして私が、この大砲に魔力を込めて発射すれば、ボスだろうと粉々だよ」


 ネムは大砲に弾薬のようなものを詰め込み、肩に担いだ。準備完了の合図で、レンが刀を抜く。


「じゃあ、ボス戦を始めよう! ミリ、灯りを倍にして!」

「あぁ!」


 私は炎の球体に倍……いや三倍の力を込めた。すると、この空間の全容が浮かび上がった。そして、その奥に潜むボスの姿も。ボスは、小家のような大きさの蜘蛛型の魔物で、その複数の瞳は私達へと向けられている。向こうもこちらを認識したということだ。鋭い手の爪で地面をガリガリと削り、今にも飛びかかろうと言わんばかりの姿勢を保っている。

 レンが距離を詰めるために駆け出したその時、ボスがその口から糸のようなものを吐き出した。それは、通常の蜘蛛のそれではなく、鎖のように太く頑丈な見た目をしていた。が、散布された糸は、シーナの闇属性魔法によってバラバラに引き裂かれた。


「サンキュー、シーナさん!」


 レンは散乱する糸の隙間をくぐり抜け、ボスまで一気に距離を詰めた。そして、ボスの右前方の足に斬りかかる。金属が跳ねる音がして、ボスは悲鳴を上げる。


「ネムさん! 魔力の準備はできてる?」


 レンの問いかけに、ネムは腑抜けた返事をする。


「おっけーだよ」


 その言葉と同時に、レンはサッと翻り、こちらに向かって走ってきた。ボスの攻撃目標は完全に彼女へ向いている。

 立て続けに糸を吐いて、彼女を狙うも、全てシーナの魔法によって阻止された。ボスは洞窟全体を揺らしながら、一歩一歩近づいてくる。


 私はハッとしてネムの方をみる。どうやら、近くまでおびき寄せるようだ。一歩、また一歩とボスが近づいてくる中、ネムは獣耳をピンと立て、静かに言い放った。


「生徒会長! 衝撃に備えてね」

「えっ!? あぁ、えっと」


 私はとっさに、困惑する生徒会長の背後に土魔法で壁を作った。


 ────その瞬間、ネムは大砲を発射した。轟音と共に地面が揺れ、魔力の塊となった弾丸が、ボスの顔面に向かい一直線に放たれた。着弾と共にまばゆい光と轟音、そして土煙が舞い上がった。


 ボスの顔周辺は跡形もなく消し飛び、その亡骸は地面に叩きつけられた。周囲に散乱した血液と、動かなくなったボスの手足を見て、コイツを倒したことを悟った。

 私は呆気にとられていたが、すぐさまレンの方を見た。無事、土壁の後ろに隠れて爆風を避けることができたようだ。目立った怪我もない様子だ。


 私はほとんど何もしないまま、初めてのダンジョンを無事、攻略したのだ。


「ミリさん! シーナさん! ありがとう、助かったよ」


 レンが土を払いながら駆け寄ってくる。


「あとはネムさん、次からはもっと早く言ってよね」

「そうだねー。それがよさそう」

「もっと早くに気づかなかったのかい? まぁ、無事だったからいいけどさ」


 一方私は、シーナとハイタッチをし、初めてのダンジョン攻略を喜んだ。


「ミリ、おめでとうございます。無事攻略できましたね」

「いやぁ、かっこよかったよ。シーナの闇魔法」

「そ、そうですか……? 褒められると恥ずかしいですね……」

「まぁそんなに謙遜するなって」


 こうして私達は、ダンジョンを無事攻略することができたのであった。だが、これで終わりではない。ボスの亡骸から素材となる部位を剥ぎ取ったり、このダンジョンに隠された宝物をを持って帰らなければならない。


 ネム曰く、どうしても必要な素材があったのでここを選んだそうだ。先程の戦闘を見て分かったが、やはり彼女は生粋の魔道具好きなんだと思う。魔力を使った大砲なんて、普通は考えつかないからな。


 ひとまず、私達は手分けしてアイテムをかき集めた。

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