眠りから覚めて

 私はケーキを持って、魔道具研究棟までやってきた。シーナは例のごとくサファイアと一緒に留守番をしてもらった。なにより、自習をしなければならないらしい。

 建物は少し寂れていて、他よりも小さかった。中に入ると、資料や木片などが乱雑に置かれており、それが扉の前まで侵食している。片付けが行き届いていない、無造作な空間である。中に人の気配はない。


「おーい、誰かいるか?」


 私はなるべく大きな声で呼んだ。しばらくして、大きな本棚の隙間から男の返事が返ってきた。


「誰だい?」

「私はミリ。ネムという人物に会いに来たんだ」

「今そっちに行くよ」


 しばらく待っていると、本棚がズズッとスライドし、奥から眼鏡をかけた青年が現れた。


「お前がネム?」

「いや、僕じゃないよ。ネム先輩は二階にいるから、そこの階段から上がって」


 男が指さした先には、やけに急な階段があった。これを今から登るのかと、少し躊躇うほどだ。


「ネム先輩、起きてるといいけど」

「昨日徹夜でもしてたのか?」

「あ、いや。違うんだ。彼女はいつもそうなんだよ」

「ほう?」


 私は少し心配になった。いつも寝てばかりの甘いもの好き……大丈夫か? そんなヤツが本当に魔道具のスペシャリストなのだろうか。ケーキを二倍甘くする魔道具とかを作ってるんじゃないだろうな。だとしたらちょっと気になるな……いや、そうじゃなくて。


「まぁ、色々言いたいことはあるけど教えてくれてありがとう」

「あぁ、構わないよ。なんなら、君も僕たちと魔道具を研究しないか? 最年少の天才少女が味方に加われば心強いからな」

「なんだそれ、私のこと知ってるのか? てか天才って……」

「君はここでは有名人だからね」


 なるほど……なんだか恥ずかしいな。別に私は天才ではないんだが。現に、他の人の知識を借りにここまで来ているわけだし。


 複雑な思いを抱きながらも、その青年に礼を言って、私は階段で二階へ上がった。ちなみに、見た目通りの急勾配でとても疲れたので二度と登りたくない。

 二階もまた、何日も片付けてないであろう汚い空間だった。奥にはもう一つ部屋があり、扉には「ノックしてね」と書かれた札がかけられている。私はそれに従い、律儀に扉をノックした。が、返事はなかった。


 すると、階段の下から声が聞こえた。さっきの青年の声だ。


「勝手に入っていいよ。どうせ寝てるから」

「あ、そうなんだ……ノックは?」

「しても起きないネム先輩が悪い」

「おぉ……そうか」


 私は扉を開けて、そっと中を覗く。すると、奥にあるベッドに、人が眠っているのがわかった。金髪で背の低い少女で、頭には獣の耳、背後には獣のモフモフの尻尾が揺れていた。初めて見たが、間違いなく獣人だ。


「あの……起きてる?」

「…………」


 返事はない。


「ケーキ持ってきたけど────」

「おはよー!」


 その獣人は飛び起きたかと思えば、元気に挨拶をしてきた。布団から這い出ると、こちらへ駆け寄ってきて、私の手元の紙袋を、眠そうな目でじっと眺めた。


「あなたがネム?」

「そう、私がネムだよー。それは何味のケーキなの? くれるんだよね」

「いやまぁ、そうだけど。あなたに聞きたいことがあって」

「食べながらでいい?」

「い、いいけど」


 ネムはほとんど私と背丈が変わらない、腑抜けた話し方をするようなヤツだった。シーナが言っていた野蛮人は一体誰のことだったんだ。絶対に人違いだろ。


 そして、ネムが用意した二枚の皿にケーキを切り分けて、部屋の隅にあった椅子に座った。


「あの、私も食べるの?」

「食べないの? 遠慮しなくていいよー!」

「私が買ってきたんだけど」

「確かにー! 頭いいね君。最年少で推薦入学しただけのことはある」


 出た、最年少。私ってばそんなに有名人なのかしら。照れちゃう……じゃなくてだな、本題に入らなければ。


「ネム……さんは」

「呼び捨てでいいよー。ケーキをくれた君とはもう友達だからね」

「あぁそう。ネムはさ、魔道具について詳しいらしいよね? 私の友達に魔眼持ちで、呪いをかけられてしまった子がいるんだけど」

「ほう?」


 ネムの声のトーンが少しだけ変わった。


「その子の呪いについて、魔道具を使ってなんとかできないかな?」

「さぁね……その呪いについて知らないことにはなんともだねー」

「右目を呪われていて、見た人がその子のことを嫌いになってしまう……みたいな?」

「右目? 目に宿る魔力が原因かぁ。なるほどね。それなら、魔道具でなんとかなるかもよ」


 ネムはケーキを食べ終え、また布団に戻った。


「本当か? 適当言ってるわけじゃなくて?」

「本当だよ。まぁ、あくまで可能性だけどねー」

「その方法、私に教えてくれないか?」

「いいけど……条件がある。明後日までにメンバーを集めて、ダンジョン攻略を手伝ってくれない?」


 ダンジョン攻略を手伝う、か。ダンジョンでは魔道具の材料も沢山手に入るから、それが目当てなのかもしれないな。ならば、シーナの言っていた人物像も間違いではないのかもしれない。

 それはともかく、引き受けよう。こんなチャンスはめったにないかもしれない。


「いいよ。ダンジョン攻略、手伝うよ」

「それじゃあ、明後日までに三人ほど集めておいて」

「三人……三人か」

「そ、あなたも含めてね」


 ……そこはまぁ、なんとかしよう。


「じゃあまた、ここに来ればいいか?」

「そうだね。クエストの申請はこっちでしておくよ。じゃあ、私は寝るね」

「あ、あぁ……」

「そうだ! あとねー、君の名前を教えてもらわなきゃだね」

「あ、私はミリ」

「ミリかぁ。よろしくねー。あと、おやすみー。おやすミリだー」


 そう言ってまた、彼女は寝てしまった。一体何なんだ……そう思いつつ、私は部屋を出た。それと、おやすミリは普通にセンスがない。


 例の階段を落ちそうになりながら降りて、そのまま建物から出ようとした時、先ほどの青年に話しかけられた。


「どう? 目的は達成できたかい?」

「まぁ、半分くらい」

「良かった良かった。ちなみに、ネム先輩に名前は聞かれた?」

「え? まぁ、聞かれたけど」

「良かったじゃないか! 認められたんだね! 実は、僕はまだ聞かれてないんだよね……」


 なんだそれ。名前を聞くことが友好の証ってことか? ますます変なヤツだな。


「じゃあ逆に、普段なんて呼ばれてるのさ?」

「えっとね、僕は『眼鏡の人』って呼ばれてる……」

「そうなんだ、お気の毒に。ときに眼鏡の人、ダンジョン攻略とか興味ない?」

「僕はね、ダンジョン攻略とかはちょっと……難しいかな」


 ……だよな。仕方あるまい、眼鏡の人は連れていけないな。どうしよう、私とシーナと、あと一人か。まぁ、ひとまず帰ってシーナに報告だな。


「ありがとう、眼鏡の人」

「あ、あぁ……その、一応僕名前あるんだけど」

「そっか、でもいいや。眼鏡の人で。じゃあな、眼鏡の人」


 心做しか、彼は哀しそうな顔をしていた。

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