雪の日

 私は次の日の授業終わりに、シーナと自室に集まっていつもの集会を始めた。集会とは言っても、内容は雑談ばかりである。たまに料理などを教えてもらったり、サファイアをひたすら撫で回したりすることもある。私にとっては、この時間こそが癒しだった。



 私がネムという人物について、シーナに報告すると、彼女は首をかしげた。


「ネム……聞いたことがあります。ミリと同じく推薦入学をした生徒ですよね?」

「あぁ、そうらしいな」

「噂によれば、ダンジョン攻略に熱を注ぎ、欲しいアイテムのためなら何でもする野蛮な人だと聞きましたが……?」


 ダンジョン攻略とは、冒険者達の仕事の一つである。ダンジョンと呼ばれる、魔物や古代人が作り上げた建造物に立ち入り、隠された宝物やアイテムを入手することを総じてそう呼ぶらしい。

 その規模は大小様々で、未だ攻略されていない巨大ダンジョンも存在するのだとか。

 ダンジョン攻略には危険が伴うものだ。そんなものに熱心だなんて、ネムとやらはやはり野蛮人なのだろうか。


「まぁ、接触してみないことにはなんとも言えないな。校長が紹介してくれた人だからな。突然斬りかかってきたりはしないだろ……しないはず」

「確かにそうですが……心配ですね。その、私も行きましょうか? 今度会いに行くんでしょう?」

「うーん、まぁ大丈夫だろ。シーナは勉強で忙しいだろうし」

「でも、それはミリもでしょう!」

「私は優秀だからな! ちょっとくらいサボっても大丈夫だよ」


 シーナは呆れたような、あるいは感心したような表情を浮かべ「あなたはやっぱり変ですよ」と言った。もちろん、悪口ではない。シーナなりの褒め言葉である……。

 いや、にしても変わった褒め言葉だな。


「とにかく、また報告するよ」

「お願いします……あの、ほんとにスミマセン。私のために色々と」

「あまり気にするなよ。私としても、魔道具とかについて知るのは面白そうだと思っているしな」


 最近気づいたことがある。私は勉強が好きだ。ずっと部屋に籠もって勉強してきたせいで他の遊びを知らないというのもあるが、それだけではない。私にとっては勉強こそが一番の娯楽なのだ。

 二番目は……そうだな、サファイアやシーナと遊ぶことかな。


「ところでシーナ、美味しいケーキ屋とか知らない? 今度街に出て買いに行きいなって」

「ケーキ屋ですか? なんでまた急に」

「校長曰く、ネムとやらに会うには差し入れが必要なんだって。それも甘いもの限定らしいよ」

「なるほど……ケーキ屋なら沢山知っていますが。どうせなら一緒に行きませんか?」

「いいよ」

「い、いいんですか!?」


 シーナはやけに大袈裟な反応を見せた。


「うん、いいよ」

「ほんとですか!? 友達と買い物……私の憧れの! ショッピングですね!」


 そんなに嬉しいのか……? ただケーキを買いに行くだけだぞ。それも、自分たちで食べるわけでもないケーキをさ。


「じゃあアレですか! 広場とか石像の前で待ち合わせとかするんですか!」

「それは私の部屋に集合で良いんじゃない」

「あ、そうですよね……」


 そうして私達は、翌日二人で街に出ることにした。魔法学園から一番近い街は、徒歩で十数分の場所にある。規模は私の故郷の街より少し大きいらしい。よって店も沢山あり、学生もよく訪れるのだとか。

 これは明日が楽し────。


「くしゅん!」

「大丈夫ですか? 風邪です?」

「いや、違うと思う……まぁ、最近寒いからな」


 ふと窓の外を見ると、もう日が暮れていた。ラース王国特有の季節を感じさせる寒さが、部屋の中まで伝わってきたらしい。私は、長い時の流れを感じながら、サファイアをぐっと抱き上げて、その温もりに浸った。



 私とシーナは、魔法学園を出て街に来ていた。多くの人で賑わう、大きな街だ。石造りの建物が行儀よく並んでおり、数多くの看板があちこちに立っている。歩くだけでワクワクする、素敵な街だった。騒がしいこと以外は完璧である。


 そして私服姿のシーナについてだが、中々にお洒落だった。ブカブカのローブを適当に選んだ私が少し格好悪く思える。これは恥ずかしいな……。

 ま、まぁ? 医者になるのにファッションの知識なんて必要ないからな! これでいいんだよ。


「シーナ。とりあえず店まで案内してよ」

「はい! 行きましょうか。意外とね、近いんですよ」

「そうなのか。それは楽でいいな」

「面倒くさがりですね、ミリは」


 ふと、雪が降っていることに気がついた。空を見上げると、綿のような雪がぽつぽつと、私達の頭上に降り注いでいた。そっと手を伸ばすと、雪が手のひらの上で溶けてなくなってしまう。


「ミリ! 雪ですよ!」

「あぁ、雪だな」

「すごくないですか! 雪! 久しぶりに見ました」

「そう? あんまり珍しいものでもないけどね」


 そういえばシーナは、ラース王国の出身ではあるが、かなり遠い町から来たらしい。魔法学園の入学に伴って、ここに引っ越してきたのだとか。シーナが住んでいた場所ではあまり雪が降らなかったからこんなにはしゃいでいるんだな。


「私、雪が好きなんですよ。とても綺麗で、ロマンチックすから」

「私は寒くて苦手かな。今もね、ちょっと凍えそうだよ」

「そ、そんなにですか? ……まぁ、かなり薄着ですもんね。心配になります」

「まぁ、風邪引いたらその時は自分で治すよ」

「それはそうですけども……」


 シーナは何か言いたげな様子だった。まぁ、心配してくれているのは分かるが、ここで上着を取りに帰るのはかなりのタイムロスだ。なるべく早くケーキを買って、ネムに会いに行かなければならない────。


「へくしゅん!」

「やっぱり寒いんじゃないですか……?」

「いや、大丈夫」


 そして、シーナに案内されてケーキ屋にやってきた。高級感のある外観に少しだけ躊躇したものの、なんとか入店。店内は甘い匂いのする、空腹を誘う空間だった。オススメのメニューらしい沢山の果物が乗ったケーキを一つと、私とシーナ用のケーキを買った。それを、拙いながら氷魔法を使って冷やす。こうすることで、痛まずに長持ちするらしい。

 また、これらの料金は全て、シーナが払ってくれた。


 店を出てすぐ聞いてみた。


「本当に良かったのか? 私の分もまとめて払ってくれたけど」

「いいんですよ。そもそも私のためにしてくれていることですからね。それに、ミリの分については恩があるし、それに私は結構稼いでますから」

「稼いでる?」

「そう、よくクエストを受けているのです」

「そんなことをやってたのか? 知らなかったな……」


 クエストとは、魔法学園の生徒がお金を稼ぐことのできる手段の一つである。街の人々の依頼を受けて危険な魔物を討伐したり、ダンジョン攻略で手に入れたアイテムを街で売る事によって、報酬を手にいれることができる。それで生活費や学費まで賄っている者もいるのだとか。

 それにしてもシーナがクエストか……私の知らないことがまだまだあるな。


「クエストって、つまり魔物とかと戦ったりもするんだよな? 危険じゃないのか」

「いえ、それほどの難易度のクエストは受けていません。それに、戦うのは結構得意なんですよ」

「ほう? 知らなかったな。それなら、シーナでも例の先輩もボコボコにできたはずでは?」

「あぁ、それはですね……私は闇属性魔法の使い手なんですけど、闇の魔法は人に向けちゃいけないんですよ。それを律儀に守っていたばっかりにミリに迷惑をかけてしまったわけですが……」


 闇魔法は、命に危険を及ぼす可能性があるため、絶対に人に向けてはいけない。これは本や魔法学園のガイドにも書いてある、魔法界での常識だ。それをいいことに、シーナをターゲットにしていたのか。全く、アイツは本当に性格が悪いな。


「まぁでも、ルールをしっかり守っていたシーナは偉いよ」

「そ、そうですか……? 良かったです」

「あぁ。仮にルールを破った場合、退学どころの騒ぎじゃないからな」


 それにしても、シーナが闇魔法の使い手で、かつ実力もあったなんてな。意外だな。なんだか見直したぞ。


「じゃあ今度、一緒にクエスト受けてみるか? シーナが怪我したらヒールできるし」

「な、それ本当ですか!? ずっとソロで寂しかったんですよ!」

「逆に今まで、よくソロでクリアしてたな……」


 私が感心していると、シーナが、とある店の前で立ち止まった。そこはお洒落な服屋で、私とは縁が無さそうな上品さも感じる外観だった。そして彼女は「ちょっと見てきます」と言って中に入ってしまった。なるほど、お洒落な若者(私より年上)は常にこういうところにアンテナを張ってるんだな。私は医者になるので、ファッションの知識は(以下略)。


 私は、店の前の段差に座ってシーナが戻って来るのを待った。

 雪は本格的に積もり始め、指先の方から少しずつ感覚がなくなっていくのを感じる。寒いのは慣れているが、やはり手がかじかむのは不便である。


 白い息が空に消えていくのを眺めながら、十分ほど経過した。ようやくシーナが店を出てきた。手には何かの包装紙を持っている。そして随分と満足げな表情だった。いかにも「へへ、いい買い物でした」みたいな顔をしている。


「お、何か買ったのか?」

「はい、これはミリへのプレゼントです」

「え?」


 そして、私はその包みを手渡された。動揺してしばらく動けなかった。プレゼント? 私に? 本当にいいのか……?

 包みを開けると、中には暖かそうなマフラーが入っていた。落ち着きのあるベージュ色で、とても素敵だった。表面はフカフカで、手に取るだけで温かさが伝わってくる。


「これ、いいのか?」

「はい! 寒そうにしていたので。ぜひつけてみてください」

「わかった……ありがとう」


 私は、マフラーを付けようと首元にぐるぐると巻きつけてみたが、シーナに笑われた。


「ミリ! マフラーの巻き方知らないんですか?」

「う、うるさいな……」

「巻いてあげます、来てください」


 シーナは優しく、そっとマフラーを巻いてくれた。嬉しい反面、少し恥ずかしい。それでも、人生で初めてもらったプレゼントは、温かくてとても幸せだった。


「似合ってますよ」

「そう? 嬉しいな……」

「喜んでもらえて良かったです」


 こうして私達は、街を出て魔法学園に帰ることにした。帰り道は雪が沢山降っていたが、寒くはなかった。それに、シーナがくれたプレゼントは、心まで温めてくれる機能がついているようだ。


 そしてふと、友達の言葉を思い出した。


「世の中は助け合い……か」

「よく言いますよね、それ。誰かの言葉でしたっけ?」

「あぁ。これを友達に言われてから、ずっと考えてたんだよ。本当にそうなのかなって。私は農民の産まれで、世の中はお金が全てだと思っていたからさ……いや、今も思ってるけど」

「ほう」

「ただね、今日のことを踏まえるとさ。やっぱり少しだけ、助け合いも大切なんだなって思ったよ」


 私はマフラーに触れて、その温もりを確かめた。

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